第11話 悪人の最期

 その瞬間、カイの目の前にいたはずの神父が突然姿を消した。



「……消えた?」


「我が前に立ちふさがる障害しょうがいき飛ばせ、『天竜の息吹ウィンド・ブレス』」 



 カイの後方から聞こえた声に振り向くまえに、背中にカマイタチを受け、前のめりに倒れてしまう。

 『魔甲まこう』で防がなければ、身体に穴が開いてしまう可能性があった。



「やはり、やはり。貴方の剣は触れた物しか破壊しないようですね」


「……いつの間に」



 教会の奥に立っていたはずの神父は、目を離した隙に教会のとびら付近に立っていた。

 あやしい笑みを浮かべながら得意気とくいげに、



「『瞬間移動』という物ですよ。初めてみましたか?」



 カイは振り返りながら起き上がる。

 その眼は決して敗北を認めていなかった。



「『瞬間移動』……いや、違うな」


「ほう、ほう。どうしてそのように思うのですか?」



 カイは目を神父から外さず逆に質問をぶつける。

 とても単純たんじゅんな話。 



「どうして逃げない?」


「はい?」


「そんな能力があるならこの状況に追い込まれるまで、この教会にいること自体、可笑おかしな話だ」



 神父は感心したように何度もうなずく。



「なるほど、なるほど。想像力はティアラ君よりゆたかなほうですね。しかし、残念です。この魔法の正体までは見破みやぶれなかったようですね」



 神父は杖を地面に2回ついた。

 教会全体にコンコンッと響くと、カイのいた空間が歪み別の場所に変わった。



「ここは、空か」



 カイのいた場所は空中であり、真下には教会が見えた。

 ものすごい勢いで教会をめがけて落下していたのだ。

 落ちたら重傷はまぬがれない。

 それでもカイは平然へいぜんとした様子で、



「やっぱりお前の使う魔法は『瞬間移動しゅんかんいどう』なんかじゃない」



 カイは『破滅剣ルーイナー』をちゅうで大振りする。

 それだけでカイのいた空間に亀裂きれつが走っていく。



「『幻影魔法げんえいまほうだ」



 崩壊ほうかいしていく空間の向こうでは神父が笑みを浮かべながらたたずんでいた。



「まさか、まさか。この魔法も破壊されるとは……、ますます興味がわいてきました」


「そもそもこの剣を握った俺には『瞬間移動』の魔法は効果をなさない、はずだ」



 カイが『破滅剣ルーイナー』を振るったのは今日が初めてだった。

 それゆえに自信もなかったが、試しに推測を口にする。



「まいりました、まいりました。そうです。私の使う魔法は『幻影魔法』。ティアラ君ですら見抜けなかったのに、まさか、ちょっとしか見せていない貴方に見破られるとは思いませんでしたよ。ですが……」



 神父の言葉の途中でカイは別のことに意識が向かう。

 その視線の先にはり落とされた右腕があった。



「クッ……!?」


「貴方の右腕が邪魔なので斬り落としてしまいました」


「『天竜の息吹ウィンド・ブレス』……か」



 敵の魔法を見抜いたことでカイに隙が生まれ、神父はカマイタチを放ったのだ。

 右手に握られていた『破滅剣ルーイナー』は消滅する。

 カイは残った左手に『破滅剣ルーイナー』を顕現しようとする。

 しかし、左腕の傷口からとめどなく流れる血に意識が行ってしまう。



「おや、おや。激痛のあまり意識を集中できないようですね。やはり、貴方の剣は『魔神器』と似たもののようですね」


「『魔神器』……?」


「おや、おや。ご存じありませんでしたか? 貴方もその剣もイレギュラーの塊。一層、興味が湧いてきましたよ」



 神父から話を引き出している間にカイは左手で右肩の切断面を握りつぶし、血が流れ出るのを止めようとしていた。



「しかし、しかし。あの剣がない今、貴方もこれまでのようですね」



 神父は杖を床に2回つくとカイの目の前からその姿を消す。

 カイは腰にたずさえたスペアの剣に手を伸ばす。

 


「……種のバレた手がもう一度通じると思っているのか?」



 カイは腰に下げたスペアの剣を左手で抜き、誰もいないところに勢い良く投げる。

 しかし、肉を穿うがつ音が教会に響き、右胸から出血した神父が姿を現す。



「まさか、まさか。その身体で、しかも『幻影魔法』にもかかりながら、私の正確な位置を当てるとは……グフッ、ゲㇹッ」


「昔からそういう修行ばかりやってたからな」



 『幻影魔法』のなかでも敵の気配けはいという物があった。

 それだけを頼りにカイは正確な位置を見抜いたのだ。

 その言葉に笑みを浮かべる神父にカイは警戒けいかいを解かない。

 


「苦痛がすさまじいはずなのに、それでも笑ってられるなんて、お前、どうかしてる」


「おや、おや、頭がいかれてる、とでも言いたいのですね」



 カイは視線を神父から離さず、質問をぶつける。



「何が目的だったんだ?」


「キリアの王子は……邪神の存在を信じていますか?」



 今まで不敵な笑みを浮かべながら、のらりくらりとした神父の口調が真面目まじめな物になる。



「邪神……?」



 魔神・神についてある程度知っているカイでも聞きなれない単語だった。



「そうですか、そうですか。ご存じではありませんか。それなら一つだけ忠告ちゅうこくしておきます」


「忠告?」


「もう外にいた私の同胞どうほうは殺されているでしょうし、あくまで私の意志を受け継いでくれる人がいないとこわいのです」



 神父が行動を起こすのをカイは止めずに警戒をさらに強めた。

 神父はふところから巻物まきもののようなものを取り出す。

 血でぬれていたが、破れてはいないようだ。



「先程の攻撃で破れてなかったのは不幸中ふこうちゅうさいわいですね」



 その巻物をカイに投げてくる。

 目の前に落ちた巻物を拾おうとしないカイに神父はやはり真剣に。



「大丈夫です、大丈夫です。わなではありません」



 巻物をとったカイを見て安心したように神父は微笑ほほえむ。



「私はこの世界の存続そんぞくのために、働き続けてきました。たとえ、神の教えにそむいたとしても。それだけこれから貴方達の前に立ちはだかる敵は強大です」



 カイには神父の言葉の真偽しんぎは分からない。

 しかし、一つだけ確かなことがあった。



「たとえ神に背くほどの理由があったとしても、お前がやってきたことがクズであることに代わりない」


「なるほど、なるほど。キリアの王子、貴方は性格が変わったのではない。人そのものが入れ替わったようですね。なら、私とは違う方法で邪神に立ち向かってください。ささやかながら、地獄じごくから応援しています」



 それが最期さいごの言葉だった。

 出血量が多すぎたのか『魔神教』の神父はその場で倒れた。



「悪人のくせして最期はすがすがしいほどの笑顔だな」



 カイは神父が死んだことを確認すると、自分の斬り落とされた右腕を拾い上げながら教会を後にした。

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