第19話 王女の心変わり

 騒動が一段落したら書類地獄、それがカイにとっての恒例行事だった。

 自室とは別にある書斎で書類の整理をして、報告書を本国・ギフテルに送り終えて、カイは自室に向かっていた

 外から夜風が吹き抜け、カイは身震いした。



「もう夜なのか。書類整理してると時間が経つのが早く感じるな」



 自室に着くと少女が扉の前で立っていた。

 猫のような耳、褐色の肌が特徴的な少女だった。

 パジャマに着替えており、欠伸あくびをしていた。



「どうしたんだ? クロ、もう夜も遅いぞ。はやく寝ろ」


「あ、カイ、やっと来たニャ! ちょっと話があるニャ」



 今、クロとラミアは城の最上階、カイの部屋で生活している。

 カイの部屋、と言っても城下町にある一般的な一軒家よりも広々としており、寝室が複数あり、彼女達はそこで寝ている。

 安全のためカイの部屋の隣には彼女達の護衛であるエルフ達が出入りしている。



「話? 部屋の中じゃダメなのか?」


「ラミアには聞かれたくないニャ」



 一瞬だけいぶかしむも、カイ達は階下にある、とある場所に向かう。

 そこは城下を一望できる広々としたベランダだった。

 先を歩いていたクロはベランダに出るとカイに向き直り、頭を下げた。



「今回の一件、カイ達の協力がなかったら解決できませんでした。私達のもめ事にご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。そして心から感謝を」



 いつもは口癖で語尾に『ニャ―』をつけたり、自分のことを『ミャー』と言ってるような少女の丁寧な口調に驚きを露わにするカイ。



「い、いや。今回も他人事では片付けられなかったしな。それよりも何だ? 違和感あるから普通の話し方にしてくれないか?」


「ニャッ……!? 頑張って練習したのにヒドイニャ……」



 ネコ耳が垂れ、落ち込むクロに慌ててカイはフォローに入る。



「別に悪くはなかったぞ。すごい丁寧な話し方だったし、た、ただいつもの口調のほうが喋りやすかったから……」



 とりとめもない言い訳をするカイは身振り手振りで伝えようとするが上手にできない。

 しかし、突然クロの口元がほころんだ。



「カイの反応面白いニャッ!! そんな慌てて……クスクス……」


「ナッ、ダマしてたのか? 今のはウソ泣きか!?」


「良い反応するニャ! ウソ泣きの練習しておいて良かったニャ」


「そっちの練習をしていたのか……」



 ため息交じりに言うカイも怒ってはおらず、楽しそうに笑った。

 クロも返すように笑っていたが。



「でも、ミャーがカイに感謝しているのは本当ニャ」



 クロは真剣な表情になり、カイの顔をしっかりと見据える。

 クロの顔には何かを決意したかのような意志が感じられた。



「ミャーは自分には何もないと思っていたニャ。ラミアと会ってからも何も変わらなかった、ずっとそう考えてきたニャ。だけど……」



 クロはいったん呼吸を挟み。



「何もできないからって、何もしないのは違うってことにも気付いたニャ。ラミアはそのことにもっと早く分かっていたニャ」



 クロは決意を宿した瞳をカイに向けた。



「ミャーはサザンに戻って国の復興を手伝ってくるニャ」



 その決意にカイは安心したようにホッと息を吐く。



「復興は大変だぞ。先輩として助言してやる」


「カイにできるならミャーにもできるニャ」


「……言ったな?」


「冗談ニャ。カイは一からこの国を立て直した。それは誰もができることじゃないと思うニャ。だから、困ったときは後輩としてカイに頼ることがあるかもしれないニャ」



 素直に褒められカイも照れてしまう。



「カイが照れたニャ。……照れたよね?」



 顔を覗き込もうとするクロから顔を隠すようにカイは視線を外す。



「本当にクロはよく笑う。ちょっと小悪魔的だったぞ」


「姉様にも親友にも言われたことニャ。ミャーは笑顔を絶やさないニャ」



 月明かりに照らされたクロの笑顔は小悪魔的で、……ちょっと魅惑的だった。



                 ※



 そのあと雑談をしてクロはベランダをあとにした。

 夜もすっかり更けてカイも欠伸をする。



「寝ようかな。だけどその前に……おい、ラミア」


「気づいていたのね」


「当然だ。下から聞いてたんだろ」



 実はカイ達のいたベランダの下にはもう一つベランダがあり、ラミアはそこから話を聞いていた。

 そして、クロが立ち去ったのを確認した後、こうしてカイの前に来た。

 長い金色の髪を三つ編みにし、肩から垂らしていた。

 パジャマの格好であるにも関わらず、その面持おももちは決して穏やかなものではない。

 


「まさか、クロがあんなことを言いだすなんてね」


「俺としては安心したな」


「とか言いながら寂しいんじゃないの? 娘の一人立ちを気にする親のようにね」


「冗談にキレがないな。何か用があったんだろ?」



 ラミアは口に出すか迷いながらも次の言葉を発した。



「アンタ達が気付かないふりをしているのか、本当に気付いていないのか、分からなかったけど、アンタの反応を見る限り理解はしているようね」


「蘇生のことか……」


「クロの親友とお姉さんの墓参りはキリアに戻ってくる前に行ったわ。そこで思ったのだけど……」


「もう一つの死体……だな」


「ええ、クロの親友は2人いた。だけど弟さんのほうの死体だけは……。そのことにクロは気付いてるはずよ」


「クロは笑顔を絶やさない。そのためにもその不安を表に出せないんだろうな」



 ラミアはカイの瞳を見つめる。

 ラミアの深紅の瞳には疑念が映っていた。



「アナタ、まだ何か隠してるんじゃないの?」



 ラミアの言葉にカイは一切表情を変えなかった。



「隠し事なんてしても仕方がないからな。もしなんかあったら、ちゃんと報告してる」



 意地でも口を割ろうとしないカイにラミアは肩をすくめ、カイがずっと隠してきたことを射抜いた。



「……例えば、ミーシャのお父さん、ダグラス=レレイ、とか?」


「……」


「……はあ、やっぱりそうなのね。ダグラスの墓参りに行った後から、カイとクロの様子が変だと思ったら、今回の件で確信したわ」



 ダグラスの死体がなかった件はカイとクロだけが知っている。

 しかも、サイラス戦のときに蘇生に近い現象を目の当たりにしていたカイだけはダグラスの死体を誰が持って行ったのかにも予想がついていた。

 カイは諦めて、



「あのときにダグラスの件を報告するのは得策じゃなかった。下手すれば、キリアとカルバの関係にも亀裂が入りかねなかったからな」


「わかってるわ。アナタも考えがあって黙っていたくらい。それで、どう対処していくつもりかしら?」



 カイは即答する。



「今は何もできない。今回の一件で目的は分かっている。だけど……」



 カイは言いよどむが、ラミアが続きを引き継ぐ。



「事を荒立てれば、結束されつつあるギフテル・サザン・カルバに問題が生じる。しかも、度重なる連戦で兵も疲弊しきってるわ。私達には休憩期間、もとい戦力補充期間が必要ね」



 カイは目を丸くしながらラミアを見ている。

 しばらくカイが口を開かないので、ラミアは落ち着かなくなって、



「な、何よ!? 変なこと言ったかしら?」


「……ラミアの事だから今すぐ邪神教潰しに行くって言ってもおかしくなかったものだから。いやーー、ラミアも成長したな」



 わざとらしく感動したふりをしていると、ラミアは白い肌を紅潮させる。



「ば、バカにしないでッ。こっちは真剣なのにッ。もういい、おやすみッ!!」


「ああ、おやすみ」



 ベランダを出ていったラミアの言葉を受け、カイは夜風に当たりながら頭を冷やしていた。



(戦力補充期間、それは敵も同じことだ。下手したら、敵から先手を打ってくるかもな。それにしても……)



 カイは手を月にかざしながら、一本の剣を顕現させる。

 光を反射し、怪しく輝く『破滅剣ルーイナー』を見つめる。

 触れた物全てを消滅させる剣。

 『破滅剣ルーイナー』に語りかけるように独り言を呟く。



「ときどき湧き上がる憎しみって、お前の感情なのか、『ルイン』?」



 剣は何も言わない代わりに、輝きを増したような気がした。

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