第7話 迷子の子猫ちゃん

 ギフテル城から外に出ようと廊下を進むカイ達一行。

 クロが不思議そうに口を開く。



「あれがギフテルの王様……、思ってたのと違うニャ」


「もっと厳格で無慈悲むじひな王だと思っていたわ。会話しただけだと近所のオジサンっぽい感じだったわ」



 ラミアの例え方はどうかと思うが、カイもずっと同じことを考えていた。

 あの厳格そうで、話してみると案外打ち解けやすい性格にカイはなつかしさすら覚えていた。

 カイ達の後ろからついてくる形でティアラとミネルバが歩いている。



「ティアラ様は今後どうなさるのですか?」


「そうね、私は顔が見られているから、表立ってこの姿で歩いていたら相手を警戒けいかいさせてしまうわ。だから、変装へんそうするつもりよ。ついでにアナタも変装しなさい」



 クロは首をかしげながら、



「ミャー?」



         ※



 ギフテル城からまっすぐ伸びるメインストリートを歩き、出店を眺めながらカイ達は歩いていた。



「この格好、慣れないニャ」


「……我慢して……」



 カイの隣を歩く幼女と獣人がいた。

 獣人の肌は白い。

 幼女のほうは背が低く、カイの腰の位の高さしかない。黒を基調とした服を着ており、目元はおっとりしている。

 幼女のほうはティアラの本来の姿であり、獣人のほうは肌色を変えたクロだった。

 クロは自分の肌を見ながら、



「カイ、どうして肌の色を変える必要があるニャ?」


「周囲を見て気付くことはないか?」



 カイの言った通り周囲を見渡して、クロは気付く。



「全員肌が白いニャ……」


「ああ、ギフテルでは肌が黒い獣人はきらわれる傾向にある。下手したら、迫害はくがいものだ」



 カイの言葉にラミアは暗い表情をする。



ひどい話。確かに、ギフテルは有色の人種と交流があるなんて聞いたことがないわ。差別する気満々なのね」


「まあ、そこにも理由があるわけだが……」



 カイの言葉にラミアは深紅のひとみり上げる。



「差別して良い理由なんてあるわけがないわ」


「ギフテルが有色の獣人を嫌っているのは、魔神の使者だと恐れているからなんだ」


「魔神……?」



 ラミアの疑問に答えたのは、出店でいろいろ買っていたミネルバだった。



(エルフの中には外の世界に憧れる者もいるって聞いていたけど、まさかここまでか……)



 カイは両手に荷物を抱えながら、ミネルバの話を聞く。



「魔神というのは、はるか昔、神と対立していた勢力です。ですが、邪神の出現でこの2つの勢力が手を取り合ったのです」


「邪神というのは聞いたことがないわ。邪神と魔神の違いって何?」


諸説しょせつありますが、一番分かりやすいのは、使のことです」



 ミネルバは出店の食べ物を買ってきてから、



「次に支配していた時期ですね。邪神達が最初に世界を支配しており、それを不服に思ったゼウスをはじめとした神々が、邪神を追放したのです。その後、兵力増強のために神々が作ったのが天使です」



 美味しそうに出店で買った食べ物を口に入れながら、



「つまり魔神と邪神は全くの別物です」


行儀ぎょうぎが悪いわよ、ミネルバ。そこにベンチがあるから、食べきってから続きを話してちょうだい」



 ベンチに座りながら、ミネルバはほほふくらませながら食べ物を口に詰めていく。

 普段、礼節れいせつをわきまえているミネルバの新たな一面にカイは驚いていた。



「ミネルバって、意外と大食漢たいしょくかんなんだな」


「一緒に過ごしてかなり長いと思うけど、こんな一面があるなんて初めて知ったわ」


「たった10年ちょっとじゃないですか。それで理解したつもりでいらしたのですか?」


「ミネルバ、なんでアナタが威張いばってるのよ? やっぱりエルフの時間感覚は理解できないわね」



 再び歩き始めたカイ達の後ろから、口元をきながらミネルバがついてくる。

 エルフの女性にじない美しさだったが、先程の光景が強烈きょうれつでカイはミネルバの話が入ってこなかった。

 


「邪神はもともと神の座にいましたが、神々にその座をうばわれ、奪い返そうと戦いを挑みましたが、神と魔神の協力で負けてしまいました。邪神のおさクロノスはタルタロスに落とされたとされています」



 エルフは文明の発展は遅いが、かわりに歴史については誰よりも理解が深い。

 話は戻りますが、とミネルバは続ける。



「邪神が神々に戦いを挑む前は、神と魔神が争っているという状況でした。その際、魔神は神に対抗するため魔獣と悪魔と呼ばれる化物を作り出しました」



 ラミアはミネルバの買い込んだ品物にドン引きしながらも、首をかしげる。



「それと有色獣人の差別に何の関係があるのかしら?」


「魔獣と人間、その他もろもろの混血が有色の獣人を生み出したというのが世間の認識です。だから、いまだに魔神の使者だと考える人々も多いのです」



 そこまで口をはさまずに聞いていたクロが口を開く。



「白い獣人が嫌われないのはどうしてニャ?」


「さっきの話とは逆です。神々が作り出したのが神獣や天使。それに人間の血が混ざって、白色の獣人ができたとされています」



 クロはうつむいてしまう。

 カイがクロの頭に手を置く。



「別に気にするな。俺達はクロのことをそんなふうに思ってないし、何か困りごとがあったら相談してくれ。力になるから」


「そうよ。ギフテルの連中に何か言われたら、私の矢でソイツに風穴開けてやるわ」



 ラミアのすさまじい発言にクロは苦笑しながら。



「ありがとうニャ」



 そこでカイのそでが引っ張られる。

 引っ張ったのは幼女化したティアラだった。



「……私……蚊帳かやの外……」



 ティアラの容姿に関心が移ったクロは彼女に近づきながら。



「この子は本当にティアラなの? ミャーよりも小さいニャ……」


「……小さい……言うな……」



 驚いたティアラはカイの後ろに隠れようとする。

 普段の余裕よゆうある姿とのギャップに困惑こんわくする一行。

 そこでラミアがまたもやトンデモ発言をする。



「幼女の手を引いていると犯罪者に見えるわね」


「……幼女じゃない……」


「というか、どっちのティアラが本物なのかニャ?」


「……こっち……」


「大人バージョンのティアラは魔神の物だぞ」



 カイの答えにクロは驚く。



「魔神って本当にいるんだ。驚きニャ。ということは、ティアラは『悪魔の僕デーモンズ・スレイブ』なの? ギフテルの人達に嫌われていないニャ?」


「……別に……嫌われてない……」


「やっぱりギフテルの魔導士ってだけで国民の考え方も変わるのね」



 ラミアの言葉にティアラは首を振る。



「……私……キリアの魔導士……」


「ティアラはギフテルの魔導士じゃないんだ。キリアに協力してくれていて、ついでにギフテルにも手を貸してくれることがあるんだ」


「へー。そうなのかニャ」



 クロが感嘆の声をらしたタイミングで。



「カイ様じゃないですか!?」


「本当かッ!? カイ様がいらっしゃるのか!?」


「一度でいいからお顔を見させてください!」



 カイ達一行にめがけて、ギフテル国民が押し寄せてくる。

 ラミアとクロは目を丸くしながら。



「この光景、どこかで見たことがあるわ……」


「ミャーもニャ……」


「……カイは……ギフテル国民に……好かれてる……」



 国民の大群にもみくちゃにされながら、ミネルバはラミアを、カイはティアラの手を引いていた。

 だが、カイのもう片方の手はミネルバの荷物でふさがれており、クロをつかむことができなかった。

 


「ニャあああアアアアアアッ!?」


「く、クロ!?」



 大群にのまれながら、クロはカイ達からどんどん離れていったのだった。



                  ※



「ここ……どこニャ?」



 クロが着いたのは全く見知らぬ場所だった。

 高層こうそうの建物が多く、全て似たような店しか並んでいないので、自身の位置が分からなかった。



「仕方ないニャ。大通りに出れば何か分かるかもしれないし」



 彼女は全身を見る。

 


「よかった。変身魔法は解けてないニャ」



 魔法が解けたか心配だったが、杞憂きゆうだった。



「大通りに出たのは良いけど、これからどうしようかニャ?」



 クロは周囲を見渡す。

 もともとギフテル帝国は城を中心にして放射状にメインストリートが伸びているので、簡単に城を見つけることができた。



「城に行けばカイ達もいるかニャ?」



 そのとき。



「強盗よ! 誰か捕まえて!」


「ニャッ!?」



 城とは反対のほうから女性の悲鳴が聞こえ振り向くと、1人の男が店から出てくる。

 有色の獣人で巨大な身体がクロに向かってきている。



「そこをどけ!? チビが!」


「ち、チビ!?」



 敵の目は血走っており、邪魔じゃますれば女でも容赦ようしゃなく殺しかねない勢いに、クロはこしが引けてしまうが。



「はいはーい。そこまでッ!!」



 1人の少女がクロと獣人の前に気配もなく立っていた。

 白い肌に、頭からは犬のような耳をらしている。



「テメエも殺されたいのか!?」



 その少女につかみかかろうとする男の手をすり抜けると、少女は跳躍ちょうやくして男の顔面に膝蹴ひざげりを打ち込む。

 


「グはッ!?」


「まだまだ!」



 さらにりをいれていくと、男は両膝を地面についた。



「これでフィニッシュだよ!!」



 再度、跳躍して宙に浮いたまま姿勢を変え、男の顔面にかかと落としを打ち込んだ。

 地面に男の顔面が埋もれる。

 少女は男の盗んだものを店から出てきた女性に返しに行く。



「ごめんね、お姉さん。ネックレス、ちょっと痛んじゃったかもしれない……」


「いいのよ、捕まえてくれてありがとう」


「クソっ! 覚えてろよッ!!」



 男は地面から起き上がると、裏路地に向かって走り出していった。

 クロも何もなかった事に一安心して城に向かおうとする。



「ちょっと待って」

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