第105話

 一昨日の『僕』のダブルピース動画も、強力な魔法が掛かっているおかげで、『僕』たち以外の人間には観ることすらできない。そうでないと『僕』が羞恥心で死ぬ。

「ダイジョーブだってば、キュート。カメラはPクンが担当してくれるし」

「そのP君がスケベ撮影するのが、問題なんですけど……ね」

「ナナルはオーケーよ? Pくん、撮るのがすっごい上手なんだもの」

 間もなく里緒奈たちは控え室のほうへ。

 予備の制服を用意してもらっておいたため、キュートの撮影にも支障はなかった。マネージャー業のついでに美玖が自分で段取りを組んでいたのかもしれない。

「そういえば……」

 『僕』はケータイでキュートではなく美玖の番号に掛けてみる。

 今回は応答があるまで二十秒ほど掛かった。

『もっ、もしもし? こんな朝から、ど、どうしたの? 兄さん』

 何やら慌てた調子で言葉を噛む、妹。

「あーいや、美玖はマネージャー、今日はお休みだったかなあ……って」

『今日は水泳部を優先するって言わなかった? もう切るわね』

「え? 美玖?」

 『僕』が言葉を付け足した時には、すでに電話は切れていた。

 疑惑と確信を半々に抱きつつ、お次は水泳部の部員にコールを掛ける。

「もしもし、ミキちゃん? うん、僕だよ。……あぁ、今から着替えるところ?」

『P先生は練習、来ないのぉ?』

「ごめん、ごめん。明日は顔出すからさ。それより、そこに美玖っている?」

『美玖ちゃん? ううん、来てな――あっ! 来てる、来てる!』

 思いっきり不自然だった。

 つまり妹の美玖は、表向き水泳部の練習に参加すると見せかけて。部員と口裏を合わせたうえで、SHINYのアイドル活動に参加しているらしい。

「ありがとう。それじゃ、また明日」

『また一緒にお茶しよーねえ! P先生っ』

 兄は思う。

 妹は意外にアホかもしれない、と。

(まあ詮索はこれくらいにして、お仕事に集中しよう。うん)

 気持ちを切り替え、『僕』はスタッフたちとともに撮影の準備に取り掛かった。

「校長先生、お願いしていたチアのユニフォーム、人数分ありますか?」

「はい。用意できております」

 校長から色のよい返事が返ってくる。

「この学校はチア部の活躍で有名ですからねー。ユニフォームも可愛いし、世界制服では是非と思ってたんです」

「よろしければ、練習もご覧になってくださいな。体育館でやっておりますので」

「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘え……へぎゃらぶっ!」

「P君っ!」

 そんな『僕』の脳天に恋姫のチョップが食い込んだ。

 校長の目には『男性の頭に手刀がめり込んだ』ように見えたのか、唖然としている。

「あ、あの……」

「ごふっ、ご心配には及びません。不死身ですから、僕」

 こういう矛盾が生じてしまうため、キュート(美玖)の言う通り、人間の姿でいるほうが賢いかもしれない。メンバーも多少は手加減してくれることだし。

「やっぱり僕も着替えてくるよ」

「へ? Pクンもセーラー服、着たいの?」

「そうじゃなくて!」

 ちゃんと誤解を解いてから、『僕』は手頃な部屋で変身を解いた。それから芸能事務所の一員として、なるべく当たり障りのない洋服を引っ張り出す。

「スーツも異次元ボックスに入れとけばよかったかなあ」

 仕上げは魔法の姿見で、着こなしを確認。

 こちらの姿は我ながら童顔で、ぱっとしない印象だった。

(ぬいぐるみだと超絶の美形なのに……)

 この顔立ちでスーツを着ようものなら、かえってチグハグな出来になる。だから『僕』としては全裸……もとい、ぬいぐるみの姿でいたかった。

 人間の恰好で現場へ戻ると、里緒奈とキュートが瞳を爛々と輝かせる。

「Pクンっ!」

「お、お兄ちゃん!」

 弾むような足取りで里緒奈は『僕』の右腕に、キュートは左腕にしがみついてきた。

「男の子のPクンと一緒にお仕事って、初めてかも!」

「今日はそのままでいてね? お兄ちゃんっ」

「う、うん……」

 『僕』は戸惑うものの、ふたりに首肯を返す。

 菜々留は自前のカメラで『僕』にシャッターを切りまくった。

「里緒奈ちゃん、次はナナルと恋姫ちゃんとでスリーショット、撮ってくれる?」

「いーわよ。並んで、並んで」

「レ、レンキも一緒に撮らなきゃいけないの?」

 そう言いつつ、恋姫も素直に近づいてくる。

 その恋姫が『僕』をしげしげと眺め、人差し指を突き出した。

「って、てゆーか……こういう恰好ができるなら、毎日ちゃんとしてください! どうしていつもは『あんな』なんですかっ?」

「え……なんで怒られてるの?」

 スタッフ一同の生温かい視線を背中に感じ、『僕』はハッキリと仕切りなおす。

「っと、私的な撮影はあとだよ、あと。お仕事しなくちゃ」

「は~い」

 それからの撮影は順調だった。

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