第52話
ラジオの収録もつつがなく終わり、『僕』たちは帰路についた。
アイドル活動のために『僕』は、S女子高等学校のすぐ隣に寮を構え、アイドルたちと一緒に暮らしている。妹の住む実家も目と鼻の先だった。
寮に着くや、菜々留はパジャマを抱えて入浴へ。
「先にお風呂いただくわね」
「次、リオナ! 上がったら呼んでー」
その間に『僕』は夕飯を支度する。
「P君、レンキも手伝います」
「休んでていいよ? 明日も早いんだし……」
「P君こそ。今日はずっと魔法を使いっ放しだったんですから」
正直なところ助かった。ぬいぐるみの『僕』では、冷蔵庫を開けるだけでも一苦労で、余計な手間(魔法)ばかり掛かってしまう。
それをフォローしながら、恋姫が質問を投げかけてきた。
「来週はCMの撮影と……いよいよ新しい企画ですね。どんなお仕事なんですか?」
「えっと……」
『僕』は言葉に詰まる。
「ふ、フツーのお仕事だよ? 今までと似たような……いずれは写真集も出せるんじゃないかな? アハッ、アハハハ……」
嘘は言わなかったが、少し声が裏返ってしまった。
恋姫は『写真集』の一言に大喜び。
「あっ、出るんですね! SHINYの写真集!」
「う、うん。期待しててよ」
今までにもステージ衣装を網羅したSHINYの写真集が検討されたものの、実現には至っていない。今回の企画にはファンも大いに喜んでくれるはず。
けれども『僕』は写真集の内訳を知るだけに、手放しに歓迎できなかった。最悪、ハイレグ衣装以上にアイドルたちの逆鱗に触れ、サンドバックにされるかもしれない。
「恋姫~! お風呂空いたよ~」
「あとはナナルが手伝うから、ごゆっくり」
「ありがとう、菜々留。里緒奈もお皿くらいは出しなさいよ?」
やがて菜々留や恋姫も入浴を終え、夕飯となった。
「今日はすっかり遅くなっちゃったね」
「食べてすぐ寝ると、牛になるのよ? Pくん」
「ひっ?」
菜々留の発言に恋姫が青ざめる。
その向かいの席で里緒奈は肩を竦めた。
「Pクンの魔法でシェイプアップできるんだから、だいじょーぶ、だいじょーぶ」
魔法を万能と思われても困るので、釘を刺しておく。
「トレーニングはしないといけないんだよ? 食っちゃ寝したら……」
しかし『僕』の『食っちゃ寝』というフレーズは、いささか思慮が浅かったらしい。そうはなるまいと、恋姫が檄を飛ばした。
「あ、明日の朝はランニングよ! 全員、早く起きること!」
「ええ~っ? レンキがひとりでやれば?」
「ナナルも朝は弱いから……Pくんと一緒に頑張ってね」
「僕の足じゃまともに走れないよ」
優等生を弄るのはほどほどにして、いただきます。
夕食のあとは『僕』もお風呂に入り、私室へ。
『僕』の部屋も人間の仕様のため、ぬいぐるみの身体では少々不便だった。例えば椅子に座っても、デスクの上のノートパソコンに手が届かなかったりする。
キーボードを叩くにしても、指が要る。
魔法を使っても構わないのだが。
「もとに戻るか……」
変身を解除すると、全身に重力の感覚が戻ってきた。
人間の男子――これが『僕』の、本来の姿。ただし今は修行中のため、魔法の一部を封印するとともに、ぬいぐるみでの生活を余儀なくされている。
まだ不慣れなせいで、変身と同時に服を着ることができなかった。
「っと、何か着ないと」
日がな一日裸も同然だから、すっかり感覚が麻痺している。『僕』は箪笥を開け、安物のルームウェアを頭から被った。
「夜はまだ冷えるなあ……さて仕事、仕事」
すぐには眠らず、パソコンで急ぎの案件を消化していく。
その途中で『僕』ははたと目を留めた。
それは来週から始まる新しい企画の概要書。『世界制服』と物騒なタイトルがつけられているが、実は一文字だけ違っている。
世界を征服するのではない。世界を『制服』する。
「はあ……」
とうとうメンバーに言い出せないまま、企画はスタートを切ってしまった。
『僕』が魔法や占星術の限りを尽くして予見したのが、このイロモノ企画なのだ。全国津々浦々の高校を巡り、制服ファッションのモードとなること。
その対象は制服に限らず、体操着や部活のユニフォーム、スクール水着に至るまで。
まさに前代未聞のブルセラ企画――にもかかわらず、マーベラスプロは大喜びでこれの採用を決定した。『僕』の正体を知る太っ腹の社長も、
『頑張ってくれたまえ! SHINYの世界制服で話題をかっさらおうじゃないか!』
と太鼓判を押している。
『僕』には過去にモデルをブレイクさせた実績があるため、スタッフ一同からの信頼もあつかった。今回の企画は大成功するものと、『僕』も予想はしている。
ただ、問題はいかにして里緒奈たちを説得するか。制服ならまだしも、さらにスクール水着だけの写真集も別に作るとなれば、大体の想像はつく。
『やっぱりPクン、水着が好きなんだ? だからって、こんな企画……』
『妹の友達にさせることかしら? これ……また美玖ちゃんに怒られるわよ?』
『スクール水着で全国行脚って、何ですか! 変態ッ!』
ステージ衣装で前科があるだけに、言い訳のひとつも許してもらえそうになかった。
それでも企画はすでに動き出している。
「撮影が始まってから説得……いや、今のうちに……うぅ~ん」
『僕』は結局、問題を先送りするのだった。
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