第71話 敵のお得意様になり損ねた僕ら


「うわあ、広い」


 『アルカディア』の食料品売り場に足を踏みいれた杏沙は、まるで遊園地を訪れた子供のように無邪気な声を上げた。


「なんだい、いつも物知りぶってるくせに、大型スーパーが珍しいのかい。確かにこんな小さな街には大きすぎるくらいだけど」


「私、子供の頃からコンビニと通販ばっかりでこういうお店ってあんまり来たことないの」


 僕らは『買い物班』と『人さらい班』とにわかれ、僕と杏沙は由利さん兄妹とともに由利さんの友人、火野真紀さんを探すことにした。


 僕らはまず、真紀さんが働いているという青果・精肉コーナーをたずねた。だが、棚の前をいくらうろついてみても若い女性の姿は見当たらなかった。やむなく由利さんが、ホットプレートで試食用の肉を焼いていた女性店員に声をかけた。


「すみません、この辺りの売り場で働いてる真紀さんっていう人、ご存じありませんか?」


「真紀ちゃん?さっきまでここで試食をやってたけど、十分くらい前に交代しましたよ」


 交代か、とマー坊が聞こえないように呟き、僕らが顔をつき合わせて対策を練り始めた、その時だった。


「あっ、あそこ……真紀だわ」


 ふいに由利さんが声を上げ、レジの向こう側を指さした。見るとポーチを手にした制服姿の女性が、同じ格好の女性と話しながらエレベーターを待っているのが見えた。


「行ってみよう」


 僕らはいったん食糧品売り場をあとにすると、早足で女性に近づいていった。


「――真紀!」


 由利さんが駆け寄って声をかけると、女性が振り返って目を丸くした。


「由利?……珍しいね、こんなとこで。買い物?」


「うん、まあそうだけど……真紀、今ちょっといい?話したいことがあるの」


「話?……急に言われてもなあ。仕事中だし、これから食事に行かなくちゃならないの」


 真紀さんは戸惑ったように言うと、隣の女性店員を見た。戸惑っている真紀さんに、女性店員は黙ったまま「だめ」と目で釘を刺した。


「……ごめん、由利。悪いけど後にして。仕事が終わったら連絡するわ」


 真紀さんはそう言うと、やって来たエレべーターに乗り込もうとした。


「お願い、聞くだけ聞いて。今の職場は危険よ。すぐ辞めてどこかに移った方がいいわ」


「……危険?何言ってるの、由利?」


 由利さんの切羽詰まった口調に、真紀さんと隣の女性は同時に眉をひそめた。


「ごめん、詳しく説明してる暇がないの。とにかく一日でも早く、このお店をを辞めて」


「無理よ。晃だっているし」


 真紀さんは急に強い口調になって言った。晃というのが彼氏の名前らしい。


「その晃さんが言ってたんでしょ?最近、おかしなお客さんが増えたって。このままだと、お店中が変な連中の巣になっちゃうの」


 口をつぐみ、警戒するような目になった真紀さんに隣の女性が「さ、早く」とエレベーターに乗るよう、うながした。


「――真紀!」


 エレベ―ターの前に取り残された僕らは、途方に暮れたようにお互いを見た。


「どうします?これから」


 僕が問いかけると、マー坊が「こうなったら、彼氏とやらの力を借りるしかないな。実際に敵と接したことのある人間なら、説得に応じてくれるかもしれない」と言った。


「確か、晃さんが働いてるのは二階の家電売り場だったはずよ」


 僕らは頷き合うと、ちょうど戻ってきたエレベーターで二階の家電売り場へと向かった。


 家電売り場は、平日にも関わらず学生やサラリーマンたちでごった返していた。


 僕らは男性店員を見つけると、ネームプレートを一人づつ確かめていった。やがて由利さんがレジの中に『晃』というプレートをつけた男性を見つけ「あの人かな」と言った。


「忙しそうだけど、話を聞いてくれるかな」


 僕が杏沙に囁いた、その時だった。商品の入った大きな箱を手にした晃が、近くの店員とレジを交代するのが見えた。


「出てくるよ。今がチャンスじゃないか?」


 僕らはレジから出てきた晃を囲むと、「お忙しいところすみません」と声をかけた。


「あっ、今、他のお客様の対応で忙しいので……」


 大きな箱を示して断る晃に、由利さんが「どのくらい待てばいいですか?」と尋ねた。


「あちらのお客様の商品を、駐車場まで運ぶので十分以上はかかると思います」


 そう言って晃が目で示した先には、家族連れらしき男女がこちらを向いて立っていた。


「行かない方がいいわ。荷物は自分で持ち帰ってもらって、先にわたしたちの話を聞いて」


 突然、杏沙が訴え始め、晃は顔をしかめて困ったなという目で僕らを見た。


「とにかく、二番目で良ければうかがいます。――それじゃ」


 晃はそう言うと、大きな箱を抱えたまま、そそくさと僕らの前から立ち去った。


「いきなり行くなっていうのは、ちょっと早まり過ぎじゃないか?


 僕が尋ねると、杏沙は「そんなことないわ」と首を振った。


「あの家族、一瞬、目が赤く光ったの。見間違いじゃないと思う」


「何だって……」


 僕らは急遽、予定を変更して駐車場に向かうことにした。最悪の場合、敵と直接、対決することになるかもしれない。それでも追いかけないわけにはいかなかった。


 二階屋上の駐車スペースはほぼ満車状態で、晃たちがどこにいるのか見当もつかなかった。僕らは車の間を縫うように移動しながら、家族連れの姿を探した。


「……いたぞ、あそこだ!」


 マー坊が小声で叫び、指さした先を見て僕は言葉を失った。車と車の間に横たえられ、例のチューリップ型の装置をはめられようとしている晃の姿が見えたのだ。


「やめろっ!」


 マー坊が大声で叫ぶと、家族連れが驚いたように顔を上げてこちらを見た。


「その人に手を出したら警備員を呼ぶぞ、このインベーダーめ」


 マー坊が口にした警告は正直、危険な賭けだった。なぜなら警備員も『アップデーター』だったら、おしまいなのは僕らの方だからだ。


「……☓◇%○#△」


 父親らしき人物が低い声で何かをつぶやいたのを合図に、家族連れは急いで装置をしまうと晃をその場に残して立ち去った。


「……ふう、危ないところだったな」


 僕らはぐったりしている晃を囲むと、代わる代わる声をかけた。


「あなたたちは一体……?」


 僕らは駐車場の待合スペースに移動すると、晃にこれまでの経過を語って聞かせた。


「……信じられない。そんなことが現実に起こっているなんて。たしかに最近、応対したお客さまの中には、どこか変だなと思われる方もいましたが」


「この店が奴らの巣になるのも時間の問題です。その前にせめて、真紀さんだけでも逃がさなきゃならないんです」


「……わかりました。僕でよければ説得してみましょう。真紀は確か……一階の食料品売り場にいるはずです」


 晃がそう口にすると、杏沙が首を振って「さっき、先輩みたいな女の方と食事に行くと言ってエレベーターに乗りました」と訂正した。


「先輩だって……」


「どうかしましたか」


「確か彼女の先輩に、近頃変だと噂の人がいるんです。もしその人と一緒だったら……」


「まずい、急がなくちゃ。……食堂ってどこにあるか、わかりますか?」


 由利が尋ねると、晃は頷いて「多分、三階の従業員食堂です。ご案内します」と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る