第63話 本物の偽物と間違われた僕ら


 風花町は細く入り組んだ小路が多い住宅地だ。真ん中に『風花通り』という小さな商店街があり、『正直トミー』のそっくりさんは通りをぶらぶらと徒歩で移動していた。


「なあ、たんに似てるだけの人の後なんかつけて、本物にたどりつけるのか?」


「そんなこと、私にだってわからないわ。ほかにアイディアがあるなら教えて」


 僕はささいな手がかりにも食らいつく杏沙の執念に感心しつつ、尾行を続けた。

 『正直トミー』のそっくりさんは交差点の角を曲がると、一軒の住宅前で足を止めた。


「あそこに住んでるのかな?」


 僕らは歩く速度を緩めると、住宅が見えそうな場所を探した。


「見て、あそに公園があるわ」


 杏沙が指さしたのは、反対側の通りにある小さな児童公園だった。僕らは通りを渡ると、公園に足を踏みいれた。ベンチにリュックを下ろして住宅の方を見ると、駐車スペースらしき場所でそっくりさんが複数の人影と立ち話をしている様子が見えた。


「若い人たちばかりね。……なんだか普通の家じゃないみたい」


 杏沙が通りの向こうに目を向けたまま、僕に囁いた。言われてみれば立ち話をしている男女はみな、二十代くらいに見えた。シェアハウスか何かだろうか。


 見続けていると、そっくりさんを含む男女は住宅には入らず、そのまま通りに出てぞろぞろとどこかへ移動し始めた。


「どうする?後をつけてみる?」


 僕が杏沙に問いかけた、その時だった。


「こんにちは」


 ふいに近くで声がした。あたりを見回すと、公園の入り口に若いお母さんと子供、そして祖父らしき男性の姿が見えた。


「このあたりだと……風花中?」


 お母さんが、子供の頭を撫でながら僕に尋ねた。


「あ……え、ええ。そうです」


 杏沙に肘で小突かれ、僕は反射的に出まかせを言った。


「ちょっとうちの子を遊ばせたいんだけど、うるさかったらごめんなさいね」


 お母さんは僕らにそう告げると、子供を連れて砂場の方に去っていった。


「……まいったな、そっくりさんたち、かなり遠くに行っちゃったよ」


 僕が戸惑いを口にすると「まだ間に合うわ、行きましょ」と杏沙が言った。ベンチを立とうとした僕らの動きが止まったのは、その直後だった。


「△%○#◇……?」


 振り返ると祖父らしき男性が、目に赤い光を宿して立っていた。


 ――『アップデーター』だったのか!しまった、眼鏡のスイッチを入れるのを忘れてた!


 僕が返事をしたものかためらっていると、驚いたことに杏沙が男性の顔を見返し、口を開いた。


「○……#%私たち……△」


 たどたどしい『アップデーター』語を操る杏沙に、男性は一瞬、首を傾げるような仕草をした後、くるりと背を向けて砂場の方に去っていった。


「一体、何を言っていたんだい?」


 僕がどきどきしながら尋ねると、杏沙は「はっきりとはわからないけど……たぶん、こう聞いてきたのよ「この子は☓☓地区のリーダーかい?」って。だから「似てるけど違うわ」って答えたの。伝わったかどうかはわからないけど」


 よく見ると杏沙も表情があまり出ないアンドロイドの顔を強張らせていた。たぶん、僕以上に緊張していたのだろう。


「リーダーと間違われたってことは、つまり……」


「本物の、じゃなくて『アップデーター』のあなたは敵の幹部だっていう事ね」


 僕は造りものの身体に、言いようのない恐怖を覚えた。僕は『僕』と間違われたのだ。


「なんてこった、『僕』があのあたりの敵のリーダーだなんて。これはうかつに動けないぞ」


「確かにそっくりで押し通すのは厳しいかもね。でも、ここまで来たら後へは引けないわ」


「そっくりさんの後をつけてたと思ったら、今度は僕はそっくりさん扱いか。参ったな」


 不安を抱えたまま通りに戻った僕らは、公園近くの交差点で足を止めた。あたりを見回していた杏沙がぎょっとしたような表情を浮かべたのは、その直後だった。


「見て、あれ。私たちのことを話してるわ」


 怯えたような杏沙の口調に振り返った僕は、公園前の通りを見て自分の目を疑った。


 いつの間に集まってきたのか、さまざまな年齢の人たちが先ほどの親子連れと一緒に僕らの方を見ていたのだった。


「きっと私とのやり取りが不自然だったから、怪しまれたんだわ」


「つまりこの辺の住人はほとんどが敵ってことか。……逃げよう、尾行どころじゃない」


 僕は杏沙にそう告げると、信号が変わったばかりの交差点を速足で渡り始めた。


 ……なんてこった、そっくりさんを尾行するつもりが、僕が『偽物』……いや、『偽物』のそっくりさんとして敵から追われるはめになろうとは。

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