第60話 まぼろしのクラスメートを消せ!
僕の頭の中に那智さんの言葉が甦った。博士を見つけだすまで、私たちは一人も助けられない――いや駄目だ、あの二人を集会に参加させるってことはつまり、この場で身体を乗っ取って『アップデーター』にするってことだ。
僕はテーブルに飲み物を置きながら、杏沙が案内している『僕』の表情を盗み見た。できすぎなくらいに自信たっぷりな『僕』は、僕から見ても鼻持ちならない奴に見えた。
「どうしよう、助けないわけにはいかないぜ」
キッチンに戻った僕は、杏沙に相談を持ちかけた。
「このままじゃ兄貴と舞彩まで『アップデーター』にされちまう」
どうする?と僕は自問自答した。片瀬の時のような『メール作戦』は使えない。なにせ、兄貴と舞彩は『僕』のことを本物の新吾だと思いこんでいるのだ。
何か名案はないか、僕は人生で一番というくらい必死で考えた。と、その時ふと、ある考えが頭の中に閃いた。……そうだ、舞彩の性格を利用してやろう。
「七森、ちょっと聞いてくれ。いいことを思いついたんだ」
僕がたった今考えた作戦を告げると、杏沙は目を丸くして「本気なの?」と言った。
「ああ、本気さ。どうせ全部『お芝居』なんだろう?ばれたらその時はその時さ」
僕は深呼吸をひとつすると、『僕』たちのいるテーブルへと近づいていった。
「……もしかして新吾君?やだ、どうして私がここで働いてるってわかったの?」
僕は声のトーンを可能な限り上げて『僕』に話しかけた。
「えっ?」
予想通り僕に話しかけられた『僕』は、あからさまに戸惑っていた。そりゃそうだろう、自分の本拠地でいきなり見知らぬ(はずだ)女の子に声をかけられたのだから。
「嬉しいっ、やっぱり新吾君、私の話に興味があったんじゃない」
僕はさらにテンションを上げ、『僕』の前でことさらにはしゃいでみせた。
「あ、あの、失礼だけど君は一体……」
仲間の視線が気になるのだろう、『僕』が事態を理解しようと必死になっているのは明らかだった。だが、どれだけで記憶をたどろうと、『僕』の知っている人間の中に僕はいない。
さしづめ今の僕は、『僕』にとって『まぼろしのクラスメート』って感じの女の子だろう。
「この間の話、考えてくれた?」
「この間の話って?」
しめた、食いついたぞ。僕は怪しまれないうちにと一気に話を畳みかけた。
「私のお家でやってるシークレットパーティーのことよ。みんないい人たちばかりだし、新吾君も秘密の儀式に参加すれば、すぐに私たち『ファミリー』の一員になれるわ」
僕はできるだけ怪しい話に聞こえるよう、あえて逆のあっけらかんとした口調で言った。
「新ちゃん、こんなガールフレンドがいたんだ……知らなかった」
舞彩が予想通り、引き気味の口調で言った。兄貴と舞彩が、僕の出まかせに異様なものを感じたことは間違いなかった。
「ちょっと新ちゃん、この子やばいわよ」
舞彩が『僕』にそっと耳打ちした、その時だった。杏沙が僕の傍につかつかとやってきて「おいサキ」と言った。
「忙しいのにいつまで油を売ってるんだ。勧誘なら後にしろ」
「なによ、今いいところなのよ。もうひと押しなんだから」
僕は『サキ』になりきると、いけすかない美少年の杏沙に噛みついた。
「ふん、お前のことだ。いつもの色仕掛けで男子をたぶらかそうってんだろう。汚い奴だ」
たぶらかす、という言葉に舞彩の表情が硬くなるの見て、僕はしめしめとほくそ笑んだ。
「僕がお前がたぶらかした『信者』たちの後始末に、どれだけ苦労したと思ってるんだ」
「やばい、やばいよ新ちゃん」
舞彩が険しい顔で言うと兄貴も「お前、主演女優の子はどうしたんだ。気が変わるのが早すぎないか」と尻馬に乗って『僕』を攻め立てた。
「ええと、悪いけど僕は君のこと……」
明らかに動揺している『僕』に、先に来ていた仲間の一人がすっと近寄って何やら耳打ちをした。恐らく僕のことを、入ったばかりでまだ『仲間』になっていない人間だと説明したのだろう。ラッキーだと僕は思った。
やがて『僕』は観念したように舌打ちをすると「くそっ、時期尚早だったか」と小さな声で漏らした。
「兄貴、舞彩、行こう。僕のことを知ってる子みたいだけど、どうも話が噛みあわない」
『僕』はそう言って僕と杏沙を睨み付けると、兄貴と舞彩をうながして店を出て行った。
それにしても、と僕は思った。『アップデーター』たちも悔しがったりするのだ。どうやら僕が思っていた以上に敵は人間らしくなりつつあるようだ。
最大の危機をまぬがれた僕はほっとしつつ、この後、家での僕のイメージがどうなるかを想像してがっくりと肩を落とした。
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