第50話 敵だらけの街角に佇む僕ら
「あった、これ多分そうだわ。そっくりだもん」
杏沙が上ずった声でリビングに飛び込んできたのは、僕が四家さんから借りたさび取りでバギーを綺麗にしている時だった。
「同じって……これと?」
僕がテーブルの上のタンブラーを指さすと、杏沙は「とにかく見て。絶対に同じだと思うはずよ」と言ってタブレットをローテーブルの上に置いた。
杏沙がこれ見よがしに示したのは、一般の人が書いたと思われる食べ歩きブログだった。
杏沙は画面を手早くスクロールし、陶器のカップが写っている写真のところで止めた。
「どう?そっくりでしょ?」
「本当だ!ちょっと色合いが違うだけで、あとは同じだ」
「お店の名前と住所も書いてあるわ」
「ええと……『カフェ・フィニィ』か。場所は……あっ、この辺りなら知ってるよ。親戚がやってるお店があって、小学校の頃よく自転車で走りまわっていたんだ」
「ここからだとバスで二十分くらいね。明日にでも行ってみましょう」
僕と杏沙が興奮した会話を交わしていると、大きな紙袋を下げた四家さんが姿を現した。
「あなたたちの外出着を用意したわ。もっと色々あればいいんだけど、これが精一杯なの」
そう言って四家さんが広げたのは、シャツやジーンズ、地味なジャンパーなどのカジュアルな衣類だった。
「それからこれも」
四家さんは硬い口調でそうつけ加えると、テーブルの上に眼鏡を置いた。
「敵がいそうな場所に近づく時は、できるだけこの眼鏡をかけるようにして。サイドのスイッチで一時的に『アップデーター』になりすますことができるわ」
「わかりました。使わせて頂きます」
僕らが頷いて、『カフェ・フィニィ』の話をすると四家さんは「私も行ければいいんだけど、明日はどうしても外せない用事があるの」と眉を寄せた。
「大丈夫です。僕らだけでもなんとか目的を果たしてきます。……こう見えても場数は踏んでるんで」
僕が『大丈夫』の部分に力を込めると、杏沙が「なに、偉そうなこと言ってるの」と呆れたような顔になった。
「いいじゃないか。一度、言ってみたかったんだよ」
僕が膨れてみせると四家さんが「じゃあお願いね。何かあったらすく、連絡してね」と言った。
「明日のために、今夜はゆっくり休んでね。狭い寝室だけど、パジャマとシーツだけは洗いたてを用意したわ」
僕は四家さんの気遣いに一瞬、自分がアンドロイドであることを忘れて暖かい気分になった。
※
「四家さんはこの辺には『アップデーター』はいないって言ってたけど、油断は禁物よね」
目的地に行くため最寄りのバス停目指して歩き出した途端、杏沙が言った。
「そうだね。五瀬さんのところに現れた二人組を見る限り、もう奴らは人間と見分けがつかないくらい、街に溶け込んでるみたいだ」
僕らが停留所で四家さんからもらった回数券を分けあっていると、目的地方面に向かうバスが目の前に滑りこんできた。
バスに乗り込んだ僕らは空いている席を探し、並んで座った。僕が窓の外を眺めていると、ふいに洟をすする音が聞こえた。隣を見ると杏沙が口を押さえ、目尻に涙を浮かべていた。
「どうした、七森?」
「ごめんなさい。幽霊だった時、バスにも乗れなかったことを思いだしたら嬉しくて……」
僕は頷きながら、自分が隣に座っている杏沙に強い絆のような物を感じていることを意識した。僅か一週間足らずとはいえ、普通では考えられないような試練を二人で分け合ってきたのだ。
「……なによ、あなただって半べそかいてるじゃない」
杏沙はそう言うと、からかうような目で僕を見た。
「こんな人工の身体だだけど、人間と認めてもらえるってこんなに心強いことなんだな」
僕はそう呟いて、バスの車内に目をやった。運転手も乗客も誰一人、僕らを幽霊だとは思わない。僕らは再び現実の、街の住人に戻ったのだ。
「次は姿見一丁目――」
目的地のバス停を告げるアナウンスが聞こえ、僕らはバスを降りてネットで調べた地図を手に、『カフェ・フィニィ』を求めて歩き始めた。
「自分の家から離れているからといって安心はできないわよ。この街にいるかぎり、どこかで本物の『自分』に遭う可能性は常にあるわ」
僕ははっとした。たしかに土地勘のある場所に行くということは、『僕』と出食す可能性もゼロではないということなのだ。
「気をつけるよ。なにせあいつにとっても僕は最も危険な存在だからね」
僕らは頷き合うと、数少ない味方がいるというカフェを探して歩き始めた。
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