第57話 伊藤菜恵②

「なるほど。じゃあそのワクシリルというのがこの町に迷惑をかけていて、ターニャさんに呪いをかけたと」

「ま、そういうことだね。ターニャのことは召喚とは関係ないけど、とにかくワクシリルってのが今回の話の元凶なんだよ」

「…………」


 ナエは顎に手を当て思案顔をし、一瞬で真っ青な顔になる。


「そ、そんな化け物みたいな奴を私に倒せって言ってるんですか?」

「……ってことかな?」

「ムリムリムリムリ! 絶対無理ですよ! 私なんて能も無ければ可愛さの欠片も無い、本当に平均以下のできそこないなんですから! 犬に頼った方が私より役に立つと思いますし、カエルの方が可愛いまであるぐらいです!」


 なんて自己評価の低い女の子。

 役に立つかどうかは知らないけど、容姿に関しては平均値を余裕でオーバーしてると思うけど。


「と、とにかく! 私には無理ですから!」

「だってさ」


 俺はターニャに抱かれたまま、みんなの方を見て肩を竦める。


「でもさ、さっきの偉そうな人も召喚された段階で優れていないことないって言ってたじゃん」

「そ、そんなの買い被りすぎですよ、ターニャさん! 私よりかはワカメの方が優れてるぐらいなんですから」

「私のことはターニャでいいよ」

「タ、ターニャ……要するに私は何かの手違いで、この世界に召喚されたんです。だから……私にできることなんて、何もありません」

「あのぉ……」


 自分を卑下するナエに、そーっと声をかけるチェイス。


「ここから北西に、ミリアルド大聖堂というのがあるんですけど……よければご一緒お願いできませんか?」

「ミ、ミリアルド大聖堂……ですか?」

「はい。ミリアルドとは、300年前に存在した勇者の名前で、その方の名前をつけた教会なんです。そこに、聖剣に埋め込まれていた宝石――聖魂石せいこんせきという物があるんです」

「聖魂石……」

「ええ。それが今回あなたを召喚した目的の一つなのです。あなたならその聖魂石から聖剣を復活させて、死霊王を倒せるのではないかと、そう考えているみたいです」


 聖魂石……

 魔王ニーデリクが折ったと言われている聖剣。

 その聖剣に埋め込まれていた宝石か……


 それを復活させ、死霊王を倒してもらおうというのがナエを召喚した目的。

 

「ついでにそのまま魔王も倒してほしい……なんて国王様もおっしゃっていましたけど……そのことはまだ考えなくていいと思います」

「……ムリムリムリムリ! 魔王どころか、聖剣復活とかもできませんから!」


 全力で否定するナエ。 


「だけど、なんでワクシリルを倒すことに国王はそんな躍起になってるんだろう? 別に他にも大変な町なんかもあるだろうに」

「あ、このアンボートは他の大陸の方々がやってくる、大切な場所らしくて、なんとしてでも守りたいと考えているみたいです」

「ふーん。なるほどね」

「…………」


 ナエはチェイスに何か言いたそうに、視線を送っていた。


「な、なんですか?」

「あの、悪者を倒すのはいいとして……いや、倒せっこないしよくはないんですけど……そんなことよりも私はどうやって元の世界に戻ればいいんですか?」

「あ……それは……その」


 ナエの言葉に、青い顔になるチェイス。


「す、すいません……帰す手段が無くて……今分かっている範囲で、元の世界に戻す古代魔術が無いんです」

「じ、じゃあ私……この世界で死ぬまで生活しなきゃいけないんですか?」

「す、すいません……そういうことになります」


 ふらふらと膝をつき、頭を抱えて呆然とするナエ。

 そりゃ帰れないって言われたらそうなるよな。

 というか、呼ぶんなら帰してやる手段ぐらい考えておいてやれよ。


「ちょっと君! どういうことなの!?」


 ターニャがプンプン怒りながら、チェイスを責める。


「僕ももっと考えて召喚をするべきでした……言われるがままに古代魔術を使って……無責任ですね」

「チェイス……」


 落ち込み、今にも泣き出しそうな顔をするチェイス。


 そうか。

 上からの命令で、ただ召喚を実行しただけなのか。

 詳しいことなんて何も聞かされていなかったんだな。


「すいません……本当にすいません……」


 自責の念に、過呼吸を起こしそうになっているチェイス。

 そんなチェイスにも視線を向けずに呆然としたままのナエ。


「きっとチェイスは、利用されていただけなのでしょう」

「俺もそう感じる。チェイスはまだ子供だ。こんなことになるなんて、まだ判断できるわけがない」


 チェイスどころか、俺だってこうなるなんて予想もしていなかった。


 ナエを放って出て行ったこともあるし、他の大人たちは無責任なんだ。

 勝手に召喚だけしておいて帰りは知らないなんて、そんなバカなことがあるか。


 俺は苛立ちを覚えつつも、これからどうすべきかを考える。


 だけどだ。

 もう召喚してしまったことは仕方がない。

 問題はこれからだ。


 これからの問題を――


 俺が解決してやればいいんだ。


「ナエ、チェイス。俺がなんとかしてやる」

「「…………」」

 

 二人は俺の方に視線を向ける。


「何としてでもナエを元の世界に戻してやる。だからナエも安心しろ。チェイスも気にするな。後は俺に任せとけ」

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