第20話 脱出

 地面を大量の血が濡らしていた。

 その上に平然と立つケイト。


 さも当然のように、ケイトはその場に立っていた。

 どれだけ血を失おうとも、自分は死ぬことはない。

 こんなこと、どうということはないのだ。

 そんな風に絶氷のように冷めた表情をしている。

 俺はケイトが世界に絶望しているように思えた。


「ほら。さっさと行こう。私のことは気にすることない」

「気にするに決まってるだろ。俺の命の恩人でもあるし……それにもう、大事な仲間だ」

「仲間……か。仲間だったら、私の呪いを解くのを手伝ってくれるかい?」


 自嘲気味にケイトは言う。

 俺は間髪入れずに答える。


「当然だ。ケイトの呪いは俺が解いてやる。約束する。だから……そんな悲しそうな顔をするな」

「悲しそう……? ふふっ。悲しいなんて感情、もうとっくに忘れてしまったよ。250年以上死ねない体。最初の頃は悲しいと思っていた。だけど今は、そんな感情なんて抱いていない。ただ失望しているだけさ。世界と自分に」

「だったら、俺が希望になる」


 俺は自分の胸に溢れる熱い想いを、純粋に感じるままケイトに伝える。


「俺は周りの人が落ち込んでるのが嫌なんだよ。だから、ケイトが元気になれるように俺が全部なんとかする。呪いは俺が絶対に解いてやる」

「そんな安請け合いしていいのか?」

「安請け合いなんかじゃない。これは決断だよ」

「……決断?」

「ああ。俺は絶対にケイトのことをなんとかする。そう決めた。それが死の世界からここまで俺を導いてくれたケイトへの恩返しだ。それに俺といると、願いが叶うって言われてるんだろ? それって呪いのことだよな? だから俺は確信している。その占いは間違いないんだって。だって俺は、ケイトの呪いを解くと決めたんだから」

「…………」


 ケイトは嘆息して、少し柔らかい表情で俺を見た。


「なんだかお前がそう言うと、不思議と真実のように聞こえてくる」

「それは、真実そのものだからだ。俺を信じてくれ、ケイト」


 俺は気持ちを込めて、ケイトの手を強く握り締める。

 ケイトの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。


「…………」

「ど、どうしたんだよ?」

「い、いや……なんでもない……期待してるよ」


 上目遣いでそう言うケイトは、出会ってから一番の可愛さを誇った。

 

「の、呪いを解くために、ここをさっさと出よう。こんな所にいても何も始まらない」

「ああ。ケイトの呪いを解く手がかりを探しに、外へ行こう」


 俺は手を離して、部屋の向こう側に見える扉へと向かおうとした。

 だが、ケイトが俺の手を離さない。


「ケ、ケイト?」

「……人と触れ合うのは200年以上ぶりだ……もう少し、手を繋いでいていいか?」

「あ、ああ……」


 乙女チックな顔でそんなこと言われたら断れるわけないでしょ。

 今のケイトに頼まれたら、星だって取って来てみせる。

 いや、それは無理だろうけど。

 でも気持ち的にはそんな気分。

 どんな願いだって叶えてやりたい。

 と言っても、手を繋ぐだけなんだけどね。


「…………」


 しかし200年以上ぶりって……単純に計算してもケイトは200歳を超えてるってことだよな?

 200年以上生きて、200年以上人と触れ合ってこなかった。

 そんな彼女の人生を思い、鼻の先がツーンとなる。

 

 寂しかっただろう。辛かっただろう。

 せめてこれからは、俺がそばにいてやろう。

 200年分、幸せにしてやろう。


 って、なんか嫁にするみたな言い方になってしまった。


 ゆっくりと扉まで近づき、左手でケイトと手を繋ぎながら、右手で扉を開く。


 開いた扉の先には――モンスターがいた。

 そのモンスターというのは、デュラハン、サイクロプス、ケルベロス。


「あれ?」

「……見覚えがあるな。半年ほど前に見た気がする」


 見たことがあるモンスターがいると言うことは……入り口まで戻ってきたってことか? 


 火を遠くに放り込み、周囲の様子を視認する。


「……アレン。あそこを見ろ」

「……崖だ。崖がある」


 なんてことだ。

 俺がヌールドたちに殺された場所……それはゴーレムが待ち構えていた扉のすぐ近くだった。

 後もう少し進んでいたら……あいつらも殺されていたんだな。

 ってか、俺もゴーレムに殺されてあの部屋でお陀仏してたら、ケイトと出逢うこともなく、仲良くあの世に行ってたところだ。


 ほんの少し何かが違ったら死んでいた。

 そのことを考えて、ブルッと震える。


「私たちが出逢ったのは……運命、だな」


 ケイトは俺が考えていることを悟り、手を離し、微笑を浮かべながらそう言う。


「ああ……そうだったな」


 もしも……なんて考えるだけ無駄か。

 俺はケイトと出逢い、そしてケイトの呪いを解く運命がある。

 だから、これで良かったんだ。

 扉をくぐる可能性なんて、最初からなかった。

 それだけのことだ。


 それから俺たちはデュラハンらを倒しながら先へ進むことにした。

 先に進むというか、ここまで来たら戻る感覚の方が強くなっている。

 入り口は、もうすぐそこだ。


 デュラハン、サイクロプス、ケルベロスたちを余裕でなぎ倒して進んでいると、ほんのりと明かりが見えてきた。


 外だ。

 とうとう、迷宮の外に到着したんだ。


 俺ははやる気持ちを抑えきれず、外に向かって駆け出した。


「おい、アレン」


 目の前だ。

 入り口はもう目の前だ。

 

 裏切りもあった。

 出逢いもあった。

 猫にもなった。

 自分の新たなる可能性も手に入れた。


 数日のことだったが色々なことが起こった迷宮。


 俺はようやく、今――


 ――ここから脱出する。


「…………」

「……美しいな」

 

 リバイロード迷宮を脱出するとそこには――



 煌めく幾千の星と、満天の月が空に浮かんでいた。


 まるで俺たちの生還を祝福してくれているように夜の空で輝いていた。

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