第95話 休日

「冒険……ですか?」

「ああ。それで失敗したら、次に同じ失敗をしなけりゃ良いだけだ。そうして学んだことが、冒険者になった時に役に立つんじゃないか? お前みたいに危険を知らずに避けてばかりだと、いざ危険が目の前に迫ってきた時にどう対処していいか分からず戸惑って全滅ってことも有り得る。失敗はできる時にしておいた方が良いと思うぞ」


 だからこその実習だ。ここでは上手くやる必要なんかない。まだ何も知らない者たちに、多くの経験を積んでもらうことが目的なのだから。


 故に失敗という経験は何よりも大きい。成功することよりも、失敗の方が学ぶことが多いのである。


「アオスさん……」

「思いっきり突っ走ってみろ。失敗したって一人じゃないんだ。みんなで乗り越えていけばいい。俺たちもそうして〝攻略戦〟に臨んだじゃないか」

「! ……そう、ですね。何で忘れてたんでしょうか……。私、多分……周りに頼もしい人がいっぱいいてくれるから失敗したって大丈夫だって思ってたのに」

「それでいいんだよ。俺だってリーダーだったけど、お前たちがいたから良い結果が残せたと思ってる。それに思い出せ。最初なんて俺たちも最悪だったろ?」

「あ……ふふ、そうでしたね」


 初めての四人でのダンジョン実習を思い出したようで、楽しそうに九々夜は笑う。


「ありがとうございます、アオスさん! 少し勇気が出たような気がします!」

「そうか。それは良かったよ」


 ここに来た当初の表情の陰りは消えていた。どうやら本当に心の靄が晴れたようだ。

 実際九々夜はとても優秀だと俺は思う。


 召喚魔法というのは万能性に特化した強みでもあるし、それなりに使い訳もしっかりしている。それは実習で十分に理解できた。


 また彼女は確かに引っ込み思案で、あまり自分の意見を前に出すタイプではないが、それでも周りをよく見ているし、俺が指示を出さずとも的確な対応だってしていたのだ。


 考え過ぎというのも、そのまま欠点になるわけじゃない。大切なのはその時々に必要な思考ができるかどかだ。


 彼女はしっかり考えることができる人物で、あとはその中から正しい選択を選ぶ自信をつけるだけ。

 そうすれば、俺なんかよりも立派なリーダーになれるかもしれない。


 まあ俺は、たまに力技で押し通すこともあるしな。


 それは自分がそうできるだけの力があるからだ。しかし誰もが超常的な力を有しているわけではなく、その都度、乗り越えるための策を考える必要があるだろう。


 そういった平均的な力を持つ者たちが、どうすれば現状を打破できるか、各々に見合った能力を発揮させ、障害を乗り越えていく。それに関していえば、勉強家である九々夜の方が上のような気がする。


 この話をした翌日の実習で、九々夜は見事苦手を克服し、アリア先生からも称賛されるような実績を残すことに成功したのであった。


 ちなみにシン助もトトリも、九々夜のそんな姿を見て、何か思うところがあったようで、俺やアリア先生に話を聞いてきて、自分たちもクラスメイトをちゃんと導けるように努力する姿を見せたのである。

    









 今日は授業が休みということで、一日中オルルのところで遊ぼうと思っていたが、彼女は彼女で私用があるらしく、その希望は叶わなかった。


 何でも【妖精樹・ティターニア】に、祈りを捧げる日で、その日は朝から晩まで続くのだという。


 確かに一年に何度かそういう日があるのは知っていた。本当に一日中、【妖精樹】のもとで祈りを捧げているのだから凄い。俺だったら暇でどうにかなりそうだ。


 だから晩にオルルと会う時に、疲れているであろうオルルに何か甘いものをプレゼントしてやろうと思い街へと出てきた。


「アオスさん、アオスさん! あっちからおいしそうなニオイがしますよ!」

「はぁ~。このあまいかおり……うっとりしますねぇ」

「やっぱりかんみはサイコウだな! よしアオス! われらにかんみを10キロぞうていせよ!」


 妖精さんたちは甘いものが大好物だ。一日に一度は口にしないと我慢できないらしい。


 ただ角砂糖でも嬉しそうに食べるのだから驚きだ。まあ安上りではあるが。あ、もちろん10キロ贈呈しても食べ切れないから絶対に贈呈はしない。


「ここらへんはスイーツ街っていって、甘いものがたくさんあるみたいだよ」


 俺の説明に、妖精さんたちは「「「おお~!」」」と言って目を輝かせている。


「……ん? ここは……」


 その建物はどこか周りとは違っていて、変わった造りをしていた。

 木造で屋根には瓦が敷き詰められている。また〝和〟という文字が刻まれた暖簾が、客を出迎えていた。


「確かこの造りって、【日ノ本】の……?」


 小さな島国。シン助や九々夜の故郷だ。


 その国には、独自の文化が広がっていて、そこにしかない食べ物もたくさんあるらしい。


「ここにあるってことは、甘いものを売ってるってことだよな」


 興味がそそられ、立ち寄ってみることにした。


 引き戸を開けて、涼し気な店内に入ると、棚やガラスケースには、思わず見入ってしまうような美しい造形のものから、面白い形をした商品が置かれている。


 へぇ、これ全部スイーツなのか。綺麗だし、まるで芸術品みたいだなぁ。


 特に箱に入れられたスイーツだが、六つに区切られた区画には、それぞれ別のスイーツが配置され、どれも色とりどりで美しい。本当に食べて良いのかどうか迷うほどだ。


「む? もしかしてアオス……くん?」


 不意に声をかけられ、思わずそちらに意識を向けると、そこには見知った顔があった。


「……確か」

「む、忘れたのか? オリビアだ。オリビア・トーネイド」




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