第89話 校長の語り

 現在俺は校長室へとやってきていた。ただ一人ではなく、傍にはアリア先生もいる。


「ごめんなさいね、後日話を聞かせてもらうことになっていたけれど、少し遅くなってしまって」


 椅子に腰かけながら柔和な笑みを浮かべつつの校長の発言だ。


「いえ、気にしないでください」


 恐らくはケガレモノによる事件を調査するために時間を費やしていたはずだ。特にカイラに対しての事情聴取だろう。彼がまだ生きていたならば、覚醒するまで待っていたはずだから。


「そういってくれると助かります、アオス。それでさっそくですが、前回のドラゴンによる襲撃についてですが、あなたの知っている範囲でいいので聞かせてはもらえませんか?」

「そうは言われても、アレはジェーダンが引き起こしたものだと思いますが」

「はい。ただ残念ながら彼からはまだ話を聞けていないのです」


 聞くところによると、今もまだ病院のベッドの上らしい。想像以上に危険な状態のようで、いつ死んでもおかしくないとのこと。


 常人ならば確実に死んでいるような衰弱に陥っていると校長は言う。


「衰弱……ですか」

「ええ。それに加えて魔力枯渇がいまだに続いているようです」


 魔力枯渇――文字通り、体内の魔力が失われている状態のことだ。当然魔法は扱えないし、精神力と同義でもあるので、心の疲労がまったく回復していないということになる。


 俺なら導術で治すことはできるだろうが、無論そんなことをするつもりはない。


「ジェーダンが目覚めるまで待つつもりだったが、その見込みは薄いということで俺に話を?」

「……まあキツイ言い方をするとそうなりますね」


 つまりマジでカイラは死の淵にいるということだ。できればそのまま……と思ってしまうのは残酷だろうか。


「ですが俺の知ってることといえば、試合中にジェーダンが薬のようなものを服用したことしか知りませんよ?」

「薬……確かに何かを飲むような仕草を彼はしていましたね」


 そう告げるのは、傍に控えているアリア先生だ。


「一応彼の所持品を調べたのですが、コレが出てきました」


 そう言いながら、校長がテーブルの上に例の小瓶を出した。しかし中には何も入っていない。


「それです。その小瓶に入っていた赤い塊をジェーダンは口にしていました」

「なるほど。アオスの言う通りだとするならば、その薬のようなものが今回の事件の引き金になったと考えて良いかもしれませんね」


 校長の見解は正しいだろう。あの塊を服用した直後に、カイラの魔力が跳ね上がったり、ケガレを生み出したりしたのだから。


「急激にジェーダンの魔力量が増えておかしいと感じましたが、ドーピング的なものだったというわけでしょうか?」


 アリア先生の推察に、校長は小さく頷きを見せる。


「しかしただのドーピング剤ではなく、極めて危険な副作用があったのでしょう。あのドラゴンを生み出すような凶悪な」

「ですが校長、ドラゴンを生むような薬なんて本当に存在するものなのでしょうか? そもそもドラゴンは実在する生物です。人間の発したエネルギーがドラゴン化するなど、聞いたことも見たこともありませんが」


 アリア先生でもそんな現象を引き起こすアイテムは知らないようだ。

 ただ校長は険しい顔つきのまま押し黙っている。そんな表情を見て、俺は尋ねた。


「もしかして校長先生は、何かご存じなんですか?」

「! それは本当ですか、校長?」


 俺たち二人からの追及に対し、校長は軽く溜息を吐いたあと、静かに語り出した。


「これは私が幼い時に亡くなった祖父から聞いた話です。祖父は冒険者であり、数々の実績も残した優れた人物でした。いろいろな世界を見て回り、そこで体験したことをいつも楽しそうに私に語って聞かせてくれました。私も祖父からそんな冒険譚を聞くのがとても楽しみだったのを覚えています」


 校長は懐かしそうに目を細め、俺たちが見守る中、話を続けていく。


「ある日、いつものように祖父から冒険譚を聞いていましたが、少し奇妙な話でした。それは…………人がモンスターに変貌する黒い霧の話です」

「黒い霧……?」


 それはもしかしてケガレのことを言っているのだろうか。


「祖父はある時、旅の途中で黒い霧に包まれた小さな村に立ち寄ったそうです。村人に聞けば、黒い霧は突如出現したらしく、そのせいか体調を崩す者が出てきて困ってるようでした。祖父は霧の正体を掴んで、村人たちを救おうとしました。そして見つけたのは一つの遺跡。その奥には夥しいほどの人骨が放置されていました。そこから黒い霧は発生していたのです」


 遺跡……人骨……か。


「祖父は村人の手を借りて人骨を集めて埋葬しました。土に埋めてしまえば大丈夫だと判断したようです。しかし次の日、土の中から黒い霧は現れ、またも村を覆い、そして驚くべきことが起きたのです」


 アリア先生の喉がゴクリと鳴ったのを俺は聞いた。見ればどこか顔が引き攣っている。もしかしてこういうホラー的な話は苦手なのだろうか。


「黒い霧が一人の村人に吸収され、その直後に姿が変貌したというのです。見た目はゴブリンのようだったらしいです」

「ゴブリン? ドラゴンじゃなくて?」

「はい。ただゴブリンだけではなく、黒い霧は他の村人もオークやスケルトンなどのモンスターに変えてしまったのです」

「こ、校長のお祖父様はどうされたのですか?」


 震えた声でアリア先生が尋ねる。


「祖父は襲い掛かってくる村人……いえ、モンスターを討伐せざるを得ませんでした。結果、一つの村が壊滅したのです」

「そんな……!?」


 どうやら村人全員がモンスター化してしまったようだ。

 放置はできずに、已む無く校長の祖父はモンスターとして処理したらしい。


「ただ奇妙なのは倒しても倒してもモンスターとして復活してしまうことでした」

「それって先日の……!?」


 アリア先生も気づいた。先のドラゴンも、どれだけ傷つけても再生していたのである。




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