第87話 打ち上げ
「そんじゃあ、カンッパーイッ!」
シン助の掛け声により、冒険者学校一年A組の全生徒が、その手に持っているコップを、天井に向けて突き上げる。
ここは【食事処・ハウス】という大衆食堂の一つであり、現在は俺たちの貸し切りになっていた。
各々のテーブル席には、数々の料理が並び、生徒たちが目を輝かせながら食事している。
この度、〝クラス代表戦〟と〝ダンジョン攻略戦〟で素晴らしい成績を収めたとして、アリア先生の奢りで招待を受けたのだ。
「シン助! 一気飲み、行かせてもらいやすっ!」
大きなコップになみなみ注ぎ込まれた酒を一気に呷るシン助。
「んぐんぐんぐ……っぷはぁ! どうだぁぁぁ!」
数秒で飲み干したシン助が、空になったコップを天高く突き上げる。
「おおー、いいぞシン助っ! もう一杯イケーッ!」
「一気、一気、一気!」
「男だぜっ、シン助! こうなったら倒れるまで飲め飲めーっ!」
クラスメイトに煽られ、さらに乗り気になったようで、シン助がさらにたっぷり酒が注がれたコップに口をつけていく。
そしてそんな兄を心配してか、九々夜が心配そうに見守っている。
「すみません、マスター。騒がしくしてしまって」
カウンター席の向こうで楽しそうにグラスを磨いている白髪の男性がいる。彼はこの店のマスターで、彼に向かってアリア先生が申し訳なさそうに言葉を発した。
「ははは、いいよいいよ。アリアちゃんの教え子たちなんだから。それにおめでとう。勝ったんだって?」
「あ、はい。ありがとうございます。とはいっても生徒たちが頑張った結果なので」
あのケガレモノの事件の後、正式に最後の〝クラス代表戦〟の勝利者として俺は称えられることになった。
これで晴れてA組が完全優勝をしたことになったのである。
「けどお姉ちゃん……本当に大丈夫なの? お店貸し切るなんて……」
チビチビと目の前にある料理を啄みながら聞くのは、アリア先生の近くに座っているトトリだ。
「問題ないですよ」
「けどあのバカ、さっきから結構高い酒を浴びるほど飲んでるわよ?」
トトリが指差すのは、もちろん浮かれまくっているシン助だ。いつの間にか上半身裸になって酒樽ごと抱えながら楽しそうに笑っている。
「…………大丈夫です……多分」
「はは、今年の生徒たちも面白いメンツが揃ったようで何よりだよ。それに……初めてだからね、アリアちゃんが受け持ったクラスが優勝したのって」
「へ? お姉ちゃんが今まで受け持ったクラスって勝ったことなかったの?」
「ああ、そうだよ。といっても君たちが二度目なんだけどね。前の時はもう少しというところで負けちゃったんだよね?」
「……はい。あの時は私も新任で、生徒のために何もしてあげられませんでした」
「そうそう。それで終わったあとに店に来て悪酔いしてたなぁ」
「ほほう、お姉ちゃんが悪酔いねぇ」
「なっ、マスター! そのことは秘密にしてほしいと言ったはずですよ!」
真っ赤な顔でマスターに怒鳴るアリア先生。こんな慌てた表情もするらしい。
「ごめんごめん、でも本当に良かったじゃない。その時の経験があったからこそ、今この光景があるんじゃないのかな?」
「それは……はい。いいえ、私は適度なアドバイスしかしていません。優勝を勝ち取ったのは、この子たちが自ら考え奮闘した結果ですから」
「お姉ちゃん……」
「……そうだね。けれど気分は悪くないだろう?」
「そう……ですね。今日は……気持ち良く酔えそうです」
アリア先生がそう言いながら、グラスに入った酒を美味そうに飲む。
「……ただ」
不意にアリア先生が、横目で一人カウンター席に座って食事している俺に向かって言う。
「今回の一番の功労者であるあなたは、何故一人寂しくカウンター席で食事しているんですか? 何だか哀愁さえ漂ってきているんですが?」
失礼な。これでもまだ十代だというのに。ああでも精神的には百を軽く超えているので何とも言えないかもしれない。
「俺にあのバカ騒ぎに突入しろと? 勘弁してください」
せっかくの奢りだし、美味いものが食べられると聞いたから来ただけだ。そうじゃなかったら、今頃オルルと一緒に過ごしている。
「そういえば君が噂の『竜殺し』かい?」
マスターが俺に興味深そうな目を向けてくる。
あのケガレモノ――ドラゴンを討伐したことで噂が広がり、巷では俺を『竜殺し』と呼ぶ者が増えた。
ドラゴンを討伐した冒険者が、まず名付けられる登竜門的な二つ名らしい。ただ珍しいのは、それを冒険者学校に通う生徒である俺がやってのけたこと。
何でも学生中に『竜殺し』の二つ名を与えられた生徒は、これまでたった三人だという。
そもそも普通の冒険者ですら、準備も無しに遭遇すれば逃げの一択になる相手を、まだ候補である学生が討伐したというのだから盛り上がる話題としては十分。
しかも名のある冒険者たちが倒せなかったドラゴンを倒したという事実もあり、あれから最近ひっきりなしに多くのギルドからの勧誘が後を絶たない。
「まあ優秀な人材はギルドにとって大きなステータスになるからね。これからも勧誘は続くだろうし、もっと多くなるだろうね」
マスターの言葉を聞いて辟易する。どれだけ誘われてもギルドに所属するつもりがないので、ハッキリ言って面倒なのだ。
それを校長に言うと、ある程度は学校の権限で抑えるつもりではあるが、さすがに全ての勧誘に目を行き渡らせることはできないので、多少のことは目を瞑ってほしいとのこと。
「アオスは変わってるわよね。普通大手のギルドから声をかけられるなんて大喜びすることでしょうに」
「それはお前に言われたくないな、トトリ。聞いたぞ、お前だって上級生から分析班として、夏に行われる実習補佐に誘われて断ったそうじゃないか」
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