第81話 ケガレ

 カイラが取り出したのは小瓶。今度はハッキリと確認することができた。

 その中には、何やら怪しい赤光を放つ石みたいなのが複数入れられている。


 まさかと思ったが、カイラは小瓶に口をつけると、そのまま飲み物のように呷って石を口内へと流し込んだ。


「……んぐ…………んぁがっ!?」


 石を飲んだであろうカイラだったが、すぐに苦悶の表情を浮かべて四つん這いに倒れた。


「……カイラ?」


 呼びかけてみるが、カイラは苦しそうに唸り声を上げ続ける。

 直後、彼の身体から先程とは比べ物にならないほどの魔力が一気に放出した。


 それはまるで火山が噴火したような、天にも昇る勢いだ。

 凄まじい魔力量だな。それにこの嫌な感じ……。


 魔力には何か不純物でも混じっているようで、どんどんどす黒く変色していく。


「アオスさん、あのヒトからケガレがふきでていますです! このままでは〝ケガレモノ〟になっちゃいますよぉ!」

「ケガレ……ヒトのふのかんじょうがぎょうしゅくしたものですね」

「そしてケガレモノってのは、ケガレがじったいかしたものだ! おぼえておけー!」


 ケガレモノ……恐らくは穢れた存在ってことなんだろうが初めて耳にする。


「このまま放置するのは危ういか。あのバカ、一体何に手を染めたのやら」


 俺はいまだ蹲っているカイラに向けて大気の矢を放った。

 カイラを気絶でもさせればケガレの放出も止まるだろうとの判断だ。


 しかし矢がカイラに当たる寸前、噴出していたケガレがカイラの周囲を覆い、大気の矢を防いでしまったのである。


「ちっ……今のじゃダメか」


 もっと強力な一撃でなければ、ケガレの壁を突破できないようだ。


「僕は……僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は」


 カイラが虚ろな表情のままブツブツと言葉を吐き出している。その口や目からは、鮮血が流れており、明らかに尋常ではない様子だ。


 それに徐々に痩せ細っていっている感じから、魔力のみならず生命力も放出しているらしい。このまま放置すればカイラは数分後には冷たくなっていることだろう。


「まさか結末が自滅か。カイラ、お前……意識はあるのか?」

「ウギギギ……ガガッガッガガガ………」


 どうもすでに意識すらどこかに飛んでいるようだ。


「このまま放置すれば俺の勝ちだが……それだと何だか味気ないな」


 カイラには後悔してほしかったのだ。俺の強さを見せつけ、お前よりも強くなったのだと知らしめたかった。


 それなのにこの結末はハッキリ言って面白くない。自滅で死ぬのはいいが、これでは事故にでも遭って突然死するようなものだ。

 せめて死ぬなら心の底から後悔して死んでもらいたい。


 こんなふうに考えてしまうのは良くないことなのだろうが、それだけのことを俺はされてきた。


「だから…………悪いが俺の手で決着はつけさせてもらうぞ」



     ※



「あ~らら、やっちゃったよ、君の弟くん。どうするんだぁい、グレンくん?」


 観客席の一角、そこに座っているのはカイラの兄であるグレンだ。そしてその隣に座っている白衣を着込んだ病的なまでに白い肌をした男がいる。男は棒付きのキャンディーを口の中で転がしながらグレンを横目で見ていた。


「どうするも何も、これで研究データは取れるじゃないですか?」

「わお、怖ぁい。ま~さか、データ収集のために実の弟を利用したのかなぁ?」

「利用だなんて人聞きの悪い。俺はただ選択を与えてやっただけですから。アレを使うのも使わないのも、カイラの意思に委ねた。こうなったのはカイラの自業自得でしょう?」

「クカカ、や~っぱ君はいいねぇ。実に研究者向きだよぉ。真理追究のためには、たとえ家族だって利用する。あ~でも、あのままだと君の弟くん、死んじゃうよぉ?」

「俺はちゃんと忠告しましたよ。複数を服用してはいけないと。それを守らなかったんです。知りませんよ。ただやはりまだ未完成ですね。竜の力が器から溢れ出して暴走してしまってますし」

「まあねぇ。一粒じゃ安定はするけど出力が心許無いし、かといって一気に数粒を服用すれば肉体と精神が耐えられない。まだまだ改良の余地はありそうだねぇ」

「カイラほどの強靭な肉体でも耐えられないか」

「それはしょうがないよぉ。何せドラゴンの力だよぉ? 人間がおいそれと制御できるもんじゃあない。けど気になるのはもう一人の方。一粒とはいえ、あらゆる能力を底上げした弟くんをものともしないなんてさぁ。……何者なのかなぁ?」

「……さあ、俺には分かりませんよ」


 この会場でカイラと同様に知り尽くしているはずのグレンは嘘を吐いた。

 そんなグレンの顔をじ~っと見ていた男は、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ま、そういうことにしておこうかなぁ。ただ彼には是非とも実験体になってほしいものだねぇ。魔力も無しにあれだけの強さを発揮できている理由には非常に興味がそそられるよぉ。君はどう思う?」

「オダゴラさん、俺はあんな奴に興味なんてないですよ」

「ふぅ~ん……そうかいそうかい。お、その彼が動くみたいだよぉ」


 オダゴラと呼ばれた男は、食い入るように、カイラに駆け寄って行くアオスに視線を向ける。


 カイラもフラフラとしながら立ち上がり、アオスを迎え撃つような様子を見せた。

 だが今もカイラの周囲はケガレの壁が立ち塞がっている。


「生半可な力じゃ、その壁は突破できないよぉ。さあ、どうするのかなぁ」


 オダゴラが目を光らせながら口にした瞬間、アオスが手に持っていた弓を剣のように振るった。

 すると壁がいとも簡単に切り裂かれ、カイラへと通じる道を作ったのだ。


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