第41話 アリアの想い

 本日、冒険者学校の雰囲気がいつもと違っていた。

 その理由は明白だ。


 今日は兼ねてから予定されていた〝クラス代表戦〟が行われるからである。

 学校の敷地内にある円形の闘技場にて、一年、二年、それぞれのクラスの代表が模擬試合をするのだ。


 俺たち一年にとっては、クラスそれぞれのトップの実力者を示すと同時に、上級生に今年のレベルを知らしめるためでもある。


 そしてそれは当然逆もまた同じであり、一年上の先輩の実力を自らの目で確認することができる良い機会でもあった。


 闘技場では、生徒たちや教師で観客席が次々と埋まっていく。

 さらに言うなら、現行の冒険者たちもまた数多く顔を見せている。


 一年はともかく、二年は今年で卒業ということもあって、卒業と同時にスカウトする人材に目を付けるためだ。

 模擬試合が始まる三十分前だが、誰もが開始はまだかと期待に溢れた表情をしている。


 そして俺はというと、控室でアリア先生からの説明を受けていた。


「あなたの実力ならば油断さえしなければ問題ないかと思いますが、相手は前評判の高かったジェーダン家の天才児です。決して気を抜かぬように」

「天才……ですか」

「信じられませんか?」

「いえ、それどころかよーく知ってますよ」


 痛いほどに、二回の人生に渡って、その才を身近に感じていたのだから。


「結局あなたは実技や実習では全力を見せてはいませんでしたが、今日の模擬試合では出し惜しみしない方が良いです。冒険者として大成したいのであればなおさら」

「へぇ、どうしてです?」

「ギルドに所属している冒険者たちの目的のほとんどは二年生に集中していますが、一年生も決して例外ではありません。優れた人材には、この〝代表戦〟や〝攻略戦〟が終わった直後から良い話が舞い込んでくることも珍しくありませんから」

「でもスカウトされたからって、卒業しなければ冒険者になれないんですよね?」

「資格を取るということでならそうですね。しかし仮所属という形で、ギルドに入って現役の冒険者たちと一緒に仕事ができることもあります。これは何よりの経験値になり、将来必ず役に立つでしょう」


 なるほど。確かに事前に冒険者と一緒に行動できるのならば、学校で学ぶより格段に成長率が高いだろう。


 ただ残念ながら、俺には何の魅力も感じない。あくまでも冒険者としての仕事をこなしたいわけじゃないからだ。


「故に冒険者たちに高評価されるような戦いをする必要があるということです」

「……理解しました。まあ……負けるつもりはないのでご心配なく」


 しかも相手は因縁というか、あのカイラなのだから。当然勝つことしか考えていない。


 オルルにも頑張ってきてくださいとエールをもらったし、彼女の想いに応えるためにも『導師』として負けるわけにはいかない。


「……アオス、どうもあなたは才能があるというのに、日頃の授業態度から見るに、あまり積極的ではありませんね。冒険者になるためにココに入学してきたのではないのですか?」

「そうですね。資格を得るために入学したのは間違いないですよ」

「資格を得る……? それは冒険者になりたいという気持ちの表れ、ではないのですか?」


 どうやら俺の返答に引っ掛かりを覚えたようだ。


「俺は冒険者の資格が欲しいだけですよ。別に冒険者になって何かを成したいわけじゃありません」

「! ……あなたもあの子と同じことを言うんですね」

「……トトリですか?」

「……どうやら私とあの子の関係はもう知っているようですが、あの子もあなたも、どうしてその才を十全に活かそうとしないのですか? その気になれば、きっとあなたたちは勇名を馳せるような冒険者になれるかもしれないのに」


 ……初めてだな。こうしてこの人が俺に向かってちょっと感情的に言ってくるのは。


「それは本人の勝手だと思いますよ? 誰にだってやりたいこと、したくないことがあって、それを他人に押し付けてほしくないですし」

「……しかし私には、せっかく手にしている巨大な宝石を、そのまま道端に投げ捨てているようにしか見えません。勿体無いとは思わないのですか?」

「アリア先生、あなたの言いたいことは分かります。他者から見れば勿体無いと思うのも当然でしょう。何よりもその宝石を心から欲していた人物なら尚更に」


 俺の言葉にハッとなって、若干目を細めて俺を睨みつけるような仕草を見せる。


「あなたには冒険者としての才能がなかったんじゃないですか? だから僅か三年で辞めて、後進育成という道を選んだ」

「…………」

「あなたはきっと誰よりも努力したんでしょう。才能がないのに頑張って頑張って、そしてその努力が実を結び冒険者の資格を得ることができた。けど……足を踏み入れた世界は、想像以上に過酷で、そこで生き抜いていくには、とてもじゃないが自分の力は足りなかった。だから……諦めた」

「まるで見ていたかのように言うんですね。あなたに無能と呼ばれる人種の嘆きは理解できないでしょう」

「分かりますよ」

「え?」


 分かるに決まっている。何せ俺ほど才能に人生を振り回された奴も珍しいと思う。

 家族が持っている才能。何故か俺にだけは存在しなかった。


 父や兄には見下され、弟には常に劣等感を覚える。母には弟の出涸らしと蔑まれ、一族の恥だとずっと軟禁されていた。


 無能、無価値、落ちこぼれ、ガラクタ。


 人生を否定されるような言葉を毎日投げつけられていた。

 自分なりに努力しても、それが実を結ぶことはなかったのだ。


 無論今はオルルのお蔭で、俺にも価値があったことが分かったが。

 それまでは、まるで地獄の中で生活しているようなものだった。


「……分かるわけがないわ。あなたには才能があるもの。しかも特待生にまで選ばれるほどに」

「…………」

「私が心から望んだものを持っているというのに……。その価値が分からないのなら、私が教えるしかない。いいえ……教えたいから教師になったのよ」


 何だ。ただ単にこの人は冒険者が好きなんだな。一度足を踏み入れた世界だからこそ、その素晴らしい価値を知っている。


 そしてその価値をトトリにも分かってほしいから厳しく接するし、彼女に冒険者になってほしいとも思うのだ




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