第20話 試験終了

 正直、さすがは現行の冒険者だと思った。

 俺の矢をあれだけまともに受けたのにもかかわらず、大したダメージはないし、連撃を繰り出し壁にまで追い込んでも、平然とした様子で立っている。


 むしろやる気に満ちていて、少々面倒だと思った。


 しかも……だ。


 あの男の身体から滲み出てる白いものは何だ?

 まるで炎みたいにユラユラと揺れているようだが、初めて見るので正体はよく分からない。


 分かっていることは、まだまだ試験は続きそうだということ。

 ただその時だ。


 観客席の方から制止の声が響き、全員がそちらに意識を向けた。

 そこには杖を持った老婆が一人立っている。年相応に色抜けした白い髪を丁寧に頭の上に束ねていて、立ち振る舞いからも上品そうな気質を感じた。


 しかしその視線は鋭く、彼女の視線は俺……ではなく、男の試験官へ向けられている。


「どうしてあなたが受験者と戦っているのですか、オブラ」

「ちっ……何で校長がこんなとこに」


 校長? 確かにオブラはそう言った。


 あの老婆が、この冒険者学校の長というわけだ。


「答えなさい、オブラくん。しかも魔法まで使って戦おうとしてましたね。どういうつもりですか? あなたは試験管としての義務を放棄するつもりだったのですか?」

「うぐ…………ちょっと熱くなっちまっただけだし」

「『流浪の叢雲』を代表する人物が、そんなことでどうしますか。また私が直接指導しましょうか?」

「げっ、わ、悪かったよ先生!」


 どうやらオブラも校長には頭が上がらない様子だ。


「それにあなたたちもです。すぐに止めるかと思いきや、黙って見守るとは……」

「申し訳ありません。反省します」

「すみませんでしたぁ……もう! こうなったのもオブラさんのせいですからねっ!」


 すると校長の身体がフワリと浮き、ゆっくりとこちらに向かって降りてくる。


 ……今のは風属性の魔法か。


 簡単に空を浮遊したように見えたが、実はとんでもなく高度な魔法の一つ。

 腕利きの魔法士でも、自分の身体を浮遊させるほどの魔法を扱えるのは一流の証と言われている。


「いきなり現れてごめんなさい。私はこの冒険者学校の校長を任されているカトレアよ」

「……アオス・フェアリードです」


 名乗られたからには名乗り返しておこう。


「ところで校長、今回の試験はどのような判断を致しましょうか?」


 そう尋ねたのはオリビアである。


「判断も何も、結果を見れば明らかでしょう」


 校長が俺を見据え、スッと目を細める。


「……やはり。アオス・フェアリードと言いましたね」

「あ、はい」

「あなた――――『魔力無者むしゃ』ですね?」

「「「!?」」」


 校長の言葉に、三人の試験官たちが顔色を変える。


「おいおい先生、噓だろ? そいつはただ魔力が極端に少ねえ『魔力弱者』じゃねえのか?」


 この世に住まう者たちには、必ずといっていいほど魔力が備わっている。 

 ただ人によってその量は様々であり、魔法を扱えないほどの量しか持たない者を『魔力弱者』と呼ぶのだ。


 そして俺のように魔力を一切持たない存在のことを『魔力無者』という。


「いいえ。私の目は誤魔化せません。彼には一切の魔力がない」

「っ……マジかよ。いやまあ、戦ってる時にも魔力を使ってねえのは分かってたけどよぉ。だったらあの攻撃とか、俺の蹴りを受け止めた絡繰はどう説明するってんだよ」

「それってぇ、単にこの子の地力が、オブラさんの力を上回ってるってだけなんじゃないですかぁ?」

「んだとコラァ?」

「ひゃっ、怖い目つきですぅ。助けてくださーい、オリビアさーん!」


 わざとらしく声を上げ、オリビアの背後に隠れるシンクレア。


「『魔力無者』……存在するとは聞いていたが、その確率は百万人に一人いるかいないか。まさかこうして目にするなんてな。しかしだったらなおさら疑問だ。あの力は一体……」 


 賢そうな見た目のオリビアでも、さすがに俺が導力を使って戦っていたなどと分かるはずもないか。


 俺や妖精さんたち以外には、基本的に導力を目にすることができない。だから俺が導力を使って身体能力を向上させていたことも分からないのだ。


「皆さん、気にかかることは理解できますが、いつまでも彼を放置するのは頂けませんよ。試験官としての仕事を全うしてください」


 またも校長に注意され、三人を代表してオリビアが一歩前に出る。


「おほん。アオス・フェアリード」

「はい」

「此度の試験、文句なく合格とする」

「ありが――」


 例を言おうとした直後、


「ちょっと待てよ」


 オブラが制止をかけた。


「む? 何か問題があったか、オブラ殿?」

「別に問題なんかねえよ。そいつの実力は誰よりも俺が分かってる。正直、冒険者学校に通う必要もねえほどだ」


 そこまでの評価をもらえるとは、頑張った甲斐があったというものだ。


「おい校長」

「先生をつけなさい」

「……校長先生」

「はい、何でしょうか?」

「『流浪の叢雲』のオブラとして、アオス・フェアリードを特待生候補に推薦する」


 いきなりのことに、狙っていた俺でさえつい言葉を失ってしまった。


 校長は「……ほう」と興味深そうに眼を軽く見開く。

 少々驚いている俺を見てか、オリビアが丁寧に説明してくれる。


「実はな、三つある試験会場のうち、それぞれ一人ずつ特待生候補を選抜することになっていたのだ。無論、その資格がある人物がいれば、だがね」


 そしてその三人から、今年の特待生を決めるのだと彼女は言った。


「最初コイツらを見た時は、どいつもこいつもパッとしねえし、その資格を持つ奴はいねえって報告するつもりだった。けどまさか……一番資格がねえって思った奴を推薦することになるとはよぉ」


 えぇ、何で資格がないって判断されたんだ? ……ああそっか。魔力が無いから、だな多分。


 この世界でやっていくには、どうしても魔力の有無は必要であり、一定以上の量もまた求められる。


 魔法自体が苦手でも、『魔法闘士』として一流になる人物だっているからだ。

 ただ一流になるには当然魔力量の多寡が重要になってくる。少ないよりは多い方が絶対的に有利だから。


 しかし俺は魔力がゼロ。つまり魔力強化すらできない弱者だと認識されたわけだ。


「けど良い意味で期待を裏切られた。俺はコイツを特待生候補の資格が十分にあると思う。ってか、コイツが無けりゃ、他の奴なんてもっと有り得ねえだろ。何せ俺をここまでした奴だ。それに……まだお前には何かありそうだしな」


 見透かすような目つきで俺を見つめてくる。先ほどの戦闘だけで、ずいぶんと目を付けられてしまったようだ。


 校長がオブラの意見を受け、他の二人に視線を送る。二人もまた頷いたのを見て、校長が俺へと視線を移す。


「……三人の意見はどうやら一致しているようですね。ではアオス・フェアリード」

「はい」

「あなたを今年の――――特待生として受け入れることを決定します」

「ありが…………え?」

「「「……は?」」」


 俺もそうだが、試験官たちも唖然とした。

 それもそのはずだ。だって今、校長は確かに〝特待生として〟と口にしたのだ。


「あ、あの……特待生候補……ではなく?」

「ええ。特待生として、ですね」


 一応聞き返したが間違っていないようだ。


「ちょ、ちょっと校長先生! 特待生って、ここで決めて良いんですかぁ! 他の候補生はどうするんですぅ!?」


 さすがに黙っていられなかったようで、シンクレアが大声を張り上げた。


「他の試験会場にもちゃんと足を延ばし様子を見てきましたよ。その上での決断です」

「「「「…………」」」」

「確かに他の会場にも将来が楽しみな子たちがいましたが、この子と比べると明らかに見劣りがしました。いいえ、この子のような有望株を見たのは初めてです」


 ……何だかよく分からないが、これって……俺が特待生になったってことでいいん、だよな?


 するとそこへ――。


「やったです! アオスさんがみとめられましたー!」

「さすがはわたしのしょうらいのおむこさんですぅ。きょうはおいしいものをごよういしておいわいしましょうねぇ」

「とーぜんだ! アオスはこのわたしがそだてたのだからな! さあものども、ひざまづくがよいわー!」


 妖精さんたちも俺の身体に戻ってきて、嬉しそうにはしゃいでくれている。その様子を見ているだけで嬉しさが込み上げた。




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