第9話 そして時は流れていく

 俺は悔しそうに何も言い返せないグレン兄さんを見て内心でほくそ笑む。


 ああ、その通りだグレン。この状況はすべて俺と……オルルが作り出した虚像のようなもの。


 オルルがこの家に帰る際に提案してくれた。それは俺の自室への直接転移である。

 外から乗り込めば、誰かしらに注目される危険性が高い。そうなれば父との約束を破ったとしてキツイ仕置きが待っている。


 しかし直接自室へ転移し、あとはもっともらしい言い訳を構築すれば何とかなるのだ。

 何せグレンは自分が連れ出したということを決して言えないから。父の自分への評価を貶めたくない彼は、絶対に不利になることはしない。


 だから連れ出す際にも、メイドたちにはバレないようにしたのだ。


 それにしても誰も彼も俺が一年間成長したなんて気づきもしない。どれだけ俺に興味がないか簡単に想像できる。


 頭の良いカイラも、この状況はさすがに予想外だったのか口を閉ざしたまま立ち尽くしているだけだ。

 一応嘘といっても身体を張っているのだから上手くいってもらわないと困る。わざわざたんこぶまで作り、成長したせいで少し小さくなっている服だって我慢して着ているのだから。


「とにかく外出はしていないようだから別に良い。ただし屋敷の者に迷惑をかけたのも事実だ。罰として夕食は抜きにする」


 その程度何てことはない。そもそもこっちに戻って来る際に食べてきたから。


「はい、申し訳ありませんでした。今後は気をつけます、父上」

「うむ。ではすぐに部屋に戻れ」


 俺は「はい」と言って立ち上がると、そのまま兄さんたちの脇を通り抜けて自室へと向かう。

 しかししばらくすると、後から兄さんたちが追ってきた。


「待てよ、アオス!」


 ……はぁ。やっぱ来たか。


「何か用、グレン兄さん……と、カイラもか」

「どういうことだ? 一体どんな卑怯な手を使いやがった!」


 本当に自分のことを棚に上げて言ってくれる。

 俺の周りにいる妖精さんたちも、グレンやカイラのことが嫌いなので、さっきからブーブーと野次を飛ばしていた。


「卑怯な手? 何のこと? 僕はずっと自分の部屋にいたんだけど?」

「嘘つけ! お前は俺が部屋から連れ出したんだぞ!」

「それ、父上に聞かれたら大目玉だと思うよ?」

「あっ……くぅぅ!」


 見下してきた相手に言い負かされて本当に悔しそうに震えている。

 そこへ、一歩前に出たカイラが会話に入ってきた。


「アオス兄さん、噓は人としての格を下げる行為だよ? 今からでも遅くない。本当のことを伝えるべきだ」


 よくもまあ言えることだ。この家の住人は、自らの噓は正当化されるらしい。


「本当のこと? ならカイラが言ってきたらどうだ? グレン兄さんが、父上との約束を破って僕を外に連れ出したって」

「っ……!」


 カイラもまたキッと俺を睨みつけてくる。

 悪いがここまで来たらもうどうにもならないぞ、カイラ。


 それにしても逆行して思うが、この二人は本当に俺を兄弟だと思っているのだろうか。いや、絶対に思ってないな。

 今までだって俺が父上に怒られる姿を見て笑っていたのだ。彼らにとっては、俺は家族じゃないんだろう。


 家族の中に入り込んでいる異物程度にしか見ていない。だから情け容赦なく排斥することができるのだ。


「…………やっぱ無理だったか」

「は? 何だ? 今何言いやがった?」

「別に何でもない。用が無いなら僕はもう行くよ。これ以上引き留めてると、父上の評価が下がるぞ兄さん?」


 俺はそれだけを言うと、踵を返して自室へと進んでいく。そんな俺をまるで親の敵を見るかのような視線をぶつけてくる二人。


 ……オルル、無理だったよ。コイツらは…………もう俺には必要ない存在だ。


 ほんの少しだけ期待した。まだ俺が彼らと仲良くなれる隙間があるのでは、と。 

 だが接してみて痛感した。父も兄弟たちも、仕えているメイドたちでさえ、俺を蔑んでいる。この屋敷には必要のない存在だと認識しているのだ。


 特にあの目……。


 俺を見る瞳には温もりなど微塵もない。ただただ氷のような冷たさが宿っているだけ。

 あれは家族を見るような目つきじゃない。


 もしかしたらやり直せる可能性もあるかもしれないと少しばかり考えたが、どうやらすでに彼らとの絆は断ち切られていたようである。


 ではもっと幼い時期に逆行していれば、認められる未来もあったのでは?


 いいや。この世界において、たとえ最初から導術が扱えていても、剣の才があっても、きっと彼らは俺を認めなかっただろう。

 そもそも才能が無いからといって、実の息子や兄弟を排斥する者たちを家族と呼べるわけがない。


 逆行したとしても、彼らの性格が変わるわけがなかったのだ。

 期待する方が間違いだった。


「ごめんな妖精さんたち。気分が悪くなっただろ?」

「べつにかまわないのです! わたしたちにはアオスさんがいてくれるだけでオールオッケーなのです!」

「うんうん、アオスさんにはわたしたちがいればそれで……キャッ、いっちゃった。はずかしいですぅ~」

「くそぉ、あのバカきょうだいめぇ、つぎにあったときは、わたしのこのジャブがひをふくぞぉ! シュッシュッシュッシュ!」


 そう言ってくれるだけで嬉しい。それにアイツらに認められなくても、今はもう本当にどうでも良いと思えるし。

 俺は自室に入り、待機していたメイドに鍵を閉められる。


 今すぐにでも【ユエの森】に帰りたいところだが、期待できない家にいるといっても、衣食住はここにある。

 最低限のルールさえ守れば、あとはどうとでもなる。それだけの力を蓄えることだってできたから。


 だからこんな家でも利用価値はまだあるのだ。

 だったら出来る限りまで利用させてもらい、俺の夢への糧にするだけである。


「さあ、これから忙しくなるぞ」


 俺は初めて、この家で希望に満ちた言葉を発することができたのである。


 それから俺の日々は、前の人生と違って格段に変化した。

 一日中部屋に軟禁されているのは変わらないが、俺をハメようとしてくる兄弟たちを逆にハメてやるのは楽しかった。


 例を挙げれば、またもグレンが俺を連れ出そうと鍵を開けようと扉に触れた直後、強力な静電気を放出させ悶絶させたり、俺に用意された食事に下剤などの劇物を混ぜたカイラに対して、導術を使ってカイラの食事にも同じような効果をもたらすようにしてやった。当然俺の方は、術を使って劇物を取り除いて美味しく頂いた。


 そんな感じで、彼らの度が過ぎる悪戯を逆にし返して暇を潰したのである。


 そして夜はオルルに【ユエの森】に転移してもらって、楽しく会話をしたり修練を積んだりした。

 夜だけでもここへ来られて、オルルと話せるだけで十分に楽しかった。


 前の人生も妖精さんたちが傍にいたから別に楽しくなかったわけじゃないが、グレンたちに好き勝手されていたので、やはりストレスは溜まっていた。


 しかし今は、下手なことをしなければ平和そのものだ。父の怒りさえ買わなければ、そこらの庶民よりはずっと良い暮らしができている。腐っても貴族の息子なのだから当然といえば当然だろうが。


 そんな感じで毎日を過ごしていき、俺は十五歳になった。



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