第2話 妖精さん
「けが、だいじょーぶですか?」
「いたいのいたいのとんでけーってしますか?」
「んなもんツバつけときゃなおるぞー」
相変わらずの可愛らしさである。見ているだけで癒される。妖精さんたちにもそれぞれ個性があって、体格や顔立ちは似ていても、髪色や目の色、喋り方が違っていたりする。
ただ妖精さんたちには名前という概念はないようだが。
「ん、大丈夫さ。それにしても……」
彼女たちを見ていると、やはり胸が熱くなってくる。
こうして傍で触れられるのは一体何十年ぶりだろうか。私が流刑に処されてからだから、もう七十年以上は経っていると思う。
私はそっと彼女たちを手の平に乗せる。
「……ただいま、妖精さんたち。それと……すま……ない……っ」
彼女たちのことを思って拒絶したつもりだったが、結局は彼女たちを傷つけただけだった。
それは死ぬ直前の、彼女たちの悲痛な表情で理解させられた。
誰が何と言おうと、彼女たちとともにあることを選択すれば良かったのだ。そうすれば私の人生はまだ救いがあった。
あんな地獄のような孤独な時間を費やすことなどなかったのである。
「なんでないてるんですか?」
「やっぱりいたいんですね。それはタイヘンですぅ! じゃあいたいのいたいのとんでけー」
「だからツバつけときゃいーんだ!」
何も変わらない。そんな彼女たちの反応が、物凄く嬉しかった。懐かしく、愛おしく、喜びに満ちていた。
だから自然と涙が流れ、妖精さんたちをギュッと胸に抱えてしまう。
「わぷ! も、ももももしかしてチューですか! チューするんですか!」
「はぅ……てれくさいですが、ここはがんばってみよーかとおもいます!」
「ツバじゃたりないのかぁ。このロリコンめー」
はは……本当にこの子たちは面白い。傍にいるだけでこんなにも心が温かくなる。
「っ……あはは、すまないな、急に泣いて。でももう……大丈夫だから」
もう二度と彼女たちを拒絶するようなことはしない。何があっても絶対にだ。
ようやく自分の気持ちに素直になれた私は、彼女たちに満面の笑みを浮かべる。
「なんだかわからないですが、わらってるのはいいことですね!」
「わたしたちはー、いつもミカタですよー」
「そうだそうだ。だからごほうびにあまいものをしょもうする」
私は彼女たちを肩に乗せると、そのままスッと立ち上がる。
「あーとりあえずこの汚い服を何とかしないとなぁ。顔も洗わないと」
貴族の息子としてはしたないと分かりつつも、私は服を脱いで川で洗う。ついでに顔も頭も泥団子などで汚れている部分を綺麗にしていく。
幸い今は暖かい季節で太陽の光も強い。すぐに服だって乾くだろう。
前は汚いまま家に帰ったので、余計に怒られたのを覚えている。
こういうところは記憶が残っていて助かる部分だ。
「……未来の記憶かぁ」
本当にこの世界が過去の世界だとするなら、この知識は強い味方になってくれるはずだ。
上手く立ち回れば、あの悲惨な過去を避けることができるからである。
少なくともまた流刑に処されるようなハメにはならないだろう…………多分。
――――え……か?
その時、不意に頭の中に誰かの声が響いた。
「え? ……妖精さんたち、何か言った?」
「なにもいってませんよ?」
「はい。いまのはわたしたちじゃありません」
「そんなことよりもおなかがすいた。あまいものをしょもうする」
どうやら彼女たちではないようだ。それより三人目の妖精さん、近いうちに用意するから待っててね。
……って、あれ?
「今、自分たちの声じゃないって言ったよね? それって今の聞こえてたってこと?」
二番目の子がそう言ったはず。つまり幻聴ではないということ。
――――こえ……すか?
「! まただ……また聞こえた。誰? 誰かいるのか?」
この直接頭の中に届く声は一体何なのか。何故妖精さんたちにも聞こえているのかが分からない。
するとその時だ。
――――今度は…………間に合い……そうです……。
間に合う? 一体何が……?
そう疑問を思い浮かべた直後、突如足元から眩い光が放たれる。
「「「おお~」」」
傍にいる妖精さんたちも驚いているようで……。
「めっちゃひかってますね!」
「ピカピカです。わたしいま、かがやいてるんですねぇ!」
「こうなったら、これからはアイドルようせいとしてうりだしていくしかない!」
…………うん、別に驚いてなかったわ。嬉しそうだし。
しかし妖精さんたちが危険を感じていないということは、この光には悪意などはないのだろう。そういうのが敏感な子たちだから。
だが光はどんどん強くなっていき、思わず目を瞑るほどの強烈な発光現象が起きる。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
つい情けなく叫び声を上げながら反射的に腕をクロスさせて顔面を守る。
しばらくして、恐る恐る瞼を上げてギョッとした。
目の前に飛び込んできた光景が、先程まで私がいた場所とは異なっていたからである。
周りは見たこともない木々や草花に囲まれ、完全に見知らぬ場所だった。
上を見上げても星空のような天が広がり、足元に咲く花は自ら発光して周囲を照らしている。
また綿毛のようなものがあちこちにフワフワと浮いていて、その上にはそれぞれ妖精さんたちが座って俺を見つめていた。
その数は数えきれないほどで、これほどの妖精さんたちを見るのは初めてだ。
そして極めつけは、目前にある円形の泉の中央に聳え立つ大樹であろうか。一体どれほどの高さか分からないほどの巨木である。見上げるだけで首が痛くなってしまう。
こんな神秘的というか幻想的な場所があるなんて、思わず興奮して心臓が高鳴っているのが分かる。
すると大樹の幹から、すり抜けるように何かが出てきた。
そこから現れた存在を見て私は反射的にギョッとしてしまう。
何故なら――。
「――――お久しぶりです。覚えていますか?」
――その人物こそ、私が死ぬ直前に傍にいた女性だったのだから。
「……あ、あなたは……!?」
「驚かれるのも無理はありません。ですが今のあなたが感じている疑問の答えを、わたしはすべて持ち合わせています」
「!? ……私が過去に戻ってることも?」
「当然です。あなたの現状を作り出したのは、他でもないわたしなのですから」
またも驚きだ。いや、もしかしたらという考えはあった。
最期……あの場にいたのは彼女と妖精さんだけ。この現状が誰かの仕業であるなら、どちらかの力が働いたと考えるのが普通だからだ。
「まずは自己紹介から致しましょう。わたしはここ――【ユエの森】を守護し、妖精たちを統べる女王のイシルロスと申します」
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