刀工、金を借りる・1

 リュッセンベルク東端、商工業区画。身分評議会サードスターの居酒屋『ワシの台所』。

 夕刻が過ぎ、都市内の職人や商人達が仕事終わりに集う、大衆食堂的な店だった。まぁまぁ、繁盛していて酔っぱらい達が騒いでいる。

 端のテーブル席で、ギレイは目の前に座った男に少し緊張していた。

 同年代のその男は恰幅が良く、顔もゴツく四角い……戦士と言われた方が納得の外見だ。ただ分かる人間にしか分からない、仕立ての良い服を着ている。縫製がしっかりしているから、ギレイは自分のそれと違って長持ちするだろうと感じていた。

 服の職人の良い仕事に少し思いをはせかけたギレイは首を振って、まず、詫びた。


「すまん、ハサン。金を――」

 ハサンは無言で手の平ほどの革袋を、テーブルにゴン、と置いた。革袋は重く、じゃら、と音を立てている。中身はきっと金貨だろう。

「ハサン……僕は」

「金ならいくらでもあるさ。なら、いくらでも貸す。それも俺の商売だ」

 口の端を歪めるように、ハサンは笑っている。

「商売って……ハサンは、」

「肉屋だが? 別に金貸しに手を広げてもいいんだとよ。フィフススターのギルド長だからな」

「さすが……もうギルド長になったんだ」

「おう、任せろ。つーか、俺が出しといて何だけどよ、それ、しまえって」

 言われて、ギレイは革袋を手にとり、ベルトに結びつける。と、ハサンが言った。

「ま、その辺の盗賊くらいなら、お前さんには問題ないだろうがな」

「でもないよ。僕はもう、刀工だ。戦闘はしない」

「嘘つけ。袖口にナイフ、腰に短刀か? 変わらないな、刃物を仕込むトコ」

「……」

「ははっ、褒めてんだぜ? ンな顔すんなよ。つーか頼もしいよ、相変わらずでさ。お前さんがいりゃ、大金持ってても護衛を雇わずに済む」

「そんなに期待しないでくれ……」

「するさ。お前さんが短剣を振り回さなきゃ、俺は……」

 ハサンが皮肉げな笑顔を作りながら、左肩を叩いた。

「この辺から氷漬けにされて、カッチカチな氷像になっちまってたンだからよ。今頃はアレか、魔族共の冷凍食品にされてたかもしれねぇーんだ」

「だからって……その、」

「俺への借金が貯まり続けてるってか?」

「ごめん」

「価値」

「ん?」

「俺が思うに金なんて人族が共有可能な価値を、数字にして分かりやすくしてるだけさ」

「……はぁ」

「ま、聞けよ。俺にとってお前さんは命の恩人で得難い友だ。その絆の価値は他の人間とは分かち合えんが、俺にとっちゃ金では買えん価値がある。友情の維持費くらいは都合するさ」

「……よく分かんないよ」

「なら、別の言い方をしよう。お前さんは面白い……投資の対象としてもな」

「僕で儲けようってこと……買いかぶりだと思うけど。ハサンのそういうとこ、変わらないね。昔、道具屋で買い占めしたアイテムを高値で捌いてたっけ」

「おい、そりゃ、お前さんが良い武器と防具を皆に買ってあげたいとか言い出したからだろ?」

「……だっけ?」

「これだよ、お前さんは物忘れ激しいぜ。既に、じじいなんじゃねぇーの?」

「や、ごめん」

「俺としちゃ面白いからいいさ……つーかよ、昔から俺は金で、お前さんは武器か、結局……」

「うん、今、思えばなんで僕とハサンは傭兵やってたんだろうね」

「お前さんはまだ向いてた方さ。俺が傭兵をやってたのは」

 ハサンは左肩……魔族の魔法による後遺症で上がらない……を見つめて、吐き捨てた。

「金がなかったからさ、どうしようもねぇくらいにな」

「……」

「……で? 俺がくれてやった金、何に使うんだ?」

「ハサンの金を貰うつもりはないよ、借りてるんだ」

「分かったよ、じゃ、利子代わりに金の使い道くらい聞かせてくれよ」

 と、居酒屋の給女がテーブルに二つのジョッキを置いた。直ぐに飲み始めたハサンは言った。

「まさか……娼館通いを始める、とか言わないよな?」

「言わないよ……材料費だって」

「またまた鍛鉄の自主練習……剣の試作か?」

「や……ちゃんとした依頼だ」

「ほうッ! 良かったじゃねぇかッ!」

 ゴンとテーブルにジョッキを叩きつけるハサン。手を鳴らして喜んでくれている。

「うっしゃ、もっと呑むぞッ! 祝いだ、この野郎ッ!」


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