■#失敗世界のやり直し(中村尚裕の場合)■【SFエッセイ】出張版 (C)Copyrights 2020 中村尚裕 All Rights Reserved.

中村尚裕

01.

 急に視界が暗転した。

 ああ、これはヤバい、ここんとこ仕事が煮詰まってたからなぁ――などと考える間もなく。

 中村はそのまま意識を手放した――はずだった。


『済まんのォ』見えたのは初老の困り顔。

「は?」間の抜けた声だったのは否めない。否めないが――違和感。

 跳ね起きた。

 暗くない。どころかむしろ明るい。しかも無機質な今どきの光ではなく、温もりを思い出させる白――と。

「いや、あれ、れ……!?」

 胃痛、腰痛、肩こり、偏頭痛……早い話が身体の不調、それが根こそぎごっそりスッキリ。

『ワシの話を聞く気になったか?』

「……えーと、整体師の資格とかお持ちで……?」

 中村が問いに苦笑が返る。それも道理、中村自身も冴えた冗談とは思えない。

『まぁ、気分が良ければそれで結構』相手は寂しそうな笑みを浮かべて、『その代わりと言っては何じゃが、ちと知恵を貸してはくれんかね?』

「あぁ、そういえばご挨拶がまだ」中村が頭を下げる。「私、中村と申します」

『礼儀正しくて結構結構』鷹揚に相手。『私は――まぁ君に発音できるものでもない。仮にアルマカンとでも呼んでくれたまえ』

「アルマカン?」怪訝に中村。「――って単なる逆読みじゃないですか!」

 アルマカンを英字表記すればARUMAKAN、早い話がNAKAMURAの逆読みに他ならない。

『名無しでは何かと不便じゃろ?』相手――アルマカンはしたり顔。

「まぁ、あなたがそれでよろしければ」言葉を濁して中村。「で、知恵を貸すというのは?」

『うん、まぁ、それなんじゃが……』アルマカンの歯切れが悪い。『……失敗しない世界創りというものを……』

 しばし、抜けた間。

「……は?」ようやく中村。

『そなたは作家というではないか』きまり悪そうにアルマカン。

「まぁ、非商業作家を名乗ってますが」中村が首を傾げつつ頭を掻く。「それがどういう?」

『つまりだ』しびれを切らしてアルマカン。『世界を創るのは得意であろう?』

「え?」中村は自らを指差して、「私が? ……あぁまぁ、世界観の構築とか考察とかは好きですが」

『そこじゃよ』アルマカンが身を乗り出して、『一つ、その知恵を借りたいのじゃ』

「非商業作家の知恵を?」中村が片眉を踊らせる。

『そう、』アルマカンが頷いた。『失敗しない世界創りに』


「てことは何ですか」中村がやや声を低めて、「失敗、したんですか?」

『あー、』言葉を濁しつつアルマカン。『まぁ始末がつかなくなったというか、の……』

「ほー、」中村からジト目。「始末が?」

 咳払い一つ、アルマカン。『ま、収拾というか、の……』

「何を、やったんです?」

『返事をまだ聞いておらんが?』

「そりゃまあ、頼っていただけるってんなら、」中村は腕組み、「突っぱねる理由もなさそうです――ってか何をやらかしたんです?」

『滅びたんじゃよ』アルマカンは溜め息一つ、『ワシの創造した世界が』

「神様なのに?」怪訝に中村。

『まぁ、ほれ、』アルマカンは気圧されながら、『〈弘法も筆の誤り〉というじゃろう?』

「それは滅多に失敗しない方を指していうもんです」中村は何やら察した顔で、「で、何件目なんです? 滅亡」

『まぁそう突っ込みなさんな』歯切れ悪くアルマカン。『……まだ60億にも届いとらんよ』


「前科が60億回!?」中村が眉をひそめる。「そんなに世界を!?」

『たったの56億7千万回じゃ』苦るアルマカン。『そう大げさに騒ぐでない』

「〈たった〉の基準って一体……?」中村は口を塞がない。

『まぁさすがに、』アルマカンが頬を掻く。『ちっとばかり、こたえたがの』

「よく懲りませんでしたね」中村は呆れ半分。

『懲りたから相談しておる』しれっとアルマカン。

「あ、自覚あるんですか」言いつつ中村の視線は白い。

『いちいち突っかかるでない』アルマカンの声はヤケ含み。

「じゃ、まぁ」中村はこめかみを押さえつつ、「手順を伺いましょうか。あなたの世界創造の」

『うむ、これから次に取りかかるのでな』アルマカンが踵を返した。『悪いところがあれば助言をくれれば助かる』

 そこでアルマカンが左の掌を掲げた。その中へ光が凝縮、輝きを帯びる。

「まずは何を?」中村から問い。

『うむ、』鷹揚にアルマカン。『まずは闇を払って光をだな……』

「ちょい待って」いきなり中村。

『何じゃ?』アルマカンが振り向いて、『何ぞ問題でも?』

「いきなり〈闇を払って〉って、」中村が頭を掻く。「それじゃ闇はどこ行っちゃうんです?」

『決まっておろう』さも当然とばかりにアルマカン。『光でくまなく焼き払……』

「待った!」語尾をぶった切って中村の声。「駄目でしょ闇を消そうとしちゃ!」

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