第12話 愛しのピヨリィちゃん


 西の森に馬車が到着した。


 街道が途切れて狩猟用らしき小道が二方向に伸びている。


 特に表札などもないため、現地の村人たちが便宜上、西の森と呼んでいるらしい。


 おもちに着席して意識を飛ばしていたベンジャミンが馬車の座席で目を覚まし、

「すみません! 寝てしまうなんて……」と顔を真っ赤にしてヒルネに謝罪した。

「“よく見えーるアイズ”」


 ヒルネは聖魔法を使ってベンジャミンの目の下付近を確認した。


(クマが消えてるね。さすがおもちです)


 ちらりと下を見ると、お持ちが足元でぷるりと揺れた。


 すっきりした顔つきに戻ったベンジャミンに満足して、いいんですよ、と笑う。


 おもち着席で新たな犠牲者を出した一行であるが、ホリー、ジャンヌ、ワンダしか見ていないため、ベンジャミンは羞恥を広げずに済んだ。


 ジャンヌはベンジャミンがわずかに垂らしたよだれに瞬時に気づき、「御髪が乱れておりますよ」と髪を触りながら、空いた手でハンカチを巧みに使って、本人に気づかれないように口元を拭き取った。


 あまりの速さに誰も気づいていない。


「聖獣さまは凄いのですね。眠気が吹き飛びました……」


 ベンジャミンは白目を剥いていたことはつゆ知らず、しげしげと興味深くおもちを眺めている。おもちは役に立てて嬉しいのかぷるりんぷるりんと縦に揺れた。


 馬車から降りると、大教会の浄化チームとマネーフォード商会の集めたハンター、素材屋が集まってきた。ピヨリィ羽毛布団の専門家として、飛ぶ鳥を落とす勢いで王国と南方に店舗拡大をしている寝具店ヴァルハラのイケオジ店長トーマスも参加している。


「トーマスさん、調査をお願いします」


 ヒルネが親指を立てると、トーマスが大きくうなずいた。

 それを見ていたワンダがヒルネの肩を叩いた。


「浄化の調査を忘れてはなりませんよ。マネーフォード商会の方々の安全も確保せねばなりません。並行して行います」

「そうでした。身の安全は大事ですね」


 森の入口に馬車を停め、そこを拠点にする。


 ジャンヌが誰に言われるまでもなく、持ち込んだ簡易テーブルや紅茶セットを取り出してあっという間に設置した。マネーフォード商会の面々も手伝って天幕を作る。


 休憩後、大教会の浄化チームは瘴気の調査を開始。


 ヒルネは現場がはっきりするまで待機となり、ホリーが聖職者たちと森の中へ向かった。


 一方、ベンジャミンが的確な指示を出して、魔獣狩りの専門家であるハンターとトーマスの補助を受けてこちらも調査を開始。ピヨリィの生息地域を特定してデータを集め、捕獲する予定だ。


 ベンジャミンも皆と行ってしまい、ヒルネは拠点に残された。


「暇ですね。昼寝でもしますか」

「そうですね」


 ヒルネはきっかり三十分、ジャンヌの膝枕で昼寝をした。

 おもちをフットレスト代わりにして、安眠である。


 起きてからもやることがないので紅茶を飲んで、ひな鳥のようにジャンヌからシュガーマスカットを餌付けされていた。


 じゃりじゃりと結晶化した糖と果肉を噛みながら、爽やかな甘味とマスカットの香りを楽しむ。


「あむ……おいひい……。それにしても、何も起きませんね。瘴気の気配は多少しますが……許容範囲といったところですし」

「ヒルネさまがそうおっしゃるならそうなのでしょう」


 ジャンヌがにこにことヒルネの世話をしている。


「このままのんびりとした時間が過ぎるといいですね。あと五時間くらいお願いしたいです」

「目的が変わっていますよ、ヒルネさま」

「ふああああぁぁああぁぁっ……。もう一眠りしましょうか」


 ヒルネがそう言ったところでピヨリィチームが帰還した。


 トーマスは調査と平行してピヨリィの羽を回収していたのか、背負い籠を持っている。難しい表情で表情でヒルネに近づいた。


「トーマスさん、どうされました?」

「近くにはぐれピヨリィがいる。捕獲を試みるらしいが……見てみるかい?」

「見たいです! 行きましょう!」


 ヒルネは椅子から立ち上がった。ジャンヌがすぐにティーセットを片付ける。


「ワンダさま、いいでしょうか?」

「いいでしょう。トーマスさまの指示をしっかり聞きなさい。私はここでホリーたちの報告を待ちます」


 ワンダがトーマスに一礼する。


 ヒルネとジャンヌはトーマスの後に続いて森の中へと入った。

 道は踏み固められているのか、意外にも歩きやすい。


「トーマスさん、方角はどちらでしょうか?」


 ヒルネが聞くと、トーマスが進行方向やや右を指さした。


「それでは早く行きましょう。――浮遊の聖魔法」


 トーマス、ジャンヌ、ヒルネが浮き上がり、森の中を進んでいく。


 トーマスは驚いたが、数分で慣れてきたのかヒルネに進む場所を細かく指示出ししてくれた。小道を逸れて、森深くへと進んでいく。浮遊していなければ登るのも一苦労な岩なども軽々飛び越える。


 十分ほどで、ベンジャミンとハンターが茂みに隠れている姿が見えた。


 ヒルネは低空飛行に切り替えて静かにそばへと着地した。


 ヒルネを見つけたベンジャミンが聖印を切って、小さく口を開く。


「そっと覗いてくださいませ。前方に見える大きなカシの木の奥にピヨリィがおります」


 ベンジャミンが丸メガネをくいと指で押し上げる。


 茂みの間から覗くと、白いもこもこが動いている姿が見えた。後ろ姿なので全体像は見えない。


(おおおお〜! あれが愛しのピヨリィちゃん!)


「ハンターが罠を仕掛けました。一つは落とし穴。もう一つは頭上から網を落とす仕掛けです」

「なるほど」

「当社が開発した特殊塗料を使用しております。周囲に同化するママカメレオンの素材から作ったものですね」


 魔道具で隠蔽されているのか、罠は目を凝らさないと見えない。


「ピヨリィは警戒心が強く、人を見ると逃走します。知能も非常に高いです。ですが、この罠なら大丈夫でしょう。捕獲は成功します」


 ベンジャミンと屈強なハンターのリーダーが頼もしくうなずく。


 ピヨリィに詳しいトーマスは懐疑的な顔つきだ。


 警戒心の強いピヨリィは捕獲が難しく、年中生え変わる羽を拾い集めることで羽毛布団の素材にしている。過去に何度かハンターたちが捕獲を試みたが、危険を察知すると群れごと縄張りから移動してしまう。


 おそらく風に関する魔法を使えるようで、人間の匂いや空気の流れを敏感に感じ取っているようだ。


 縄張りから忽然と姿を消しているのはよくあることだ。


 ピヨリィは一年を通して羽が何度も生え変わる性質である。縄張りを見つければ羽の回収はできるが、ピヨリィを刺激しないこと、羽が軽いのでその場にとどまっていないことが問題だ。放っておくとふわふわと空に舞い上がってどこかへ消えてしまう。風のない日に大人五人が丸一日稼働して、羽毛布団半分の羽を収集できる。こういった様々な事情で希少性が増していた。


 今回のように単独行動しているのは非常に珍しい。


 トーマスは好奇心の強い個体なのでは、と予想していた。


「動いています」


 ヒルネに顔をくっつけるようにして覗いていたジャンヌが声を上げた。


 ジャンヌはヒルネの加護を毎日受けているので視力も高い。平原の狩猟民族並の視力で即座にピヨリィの動きに気づいた。


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