エピローグ
大聖女の儀式は無事終了した。
王都は新しい大聖女の誕生に飲めや歌えの大騒ぎで、街から笑い声が途絶えることはなかった。
「やっと終わりました。無事、大聖女になれましたよ」
ヒルネが目をこすって大きなあくびをした。
儀式は一日がかりだった。眠気が全身を包んでいる。
夜空には月が出ており、本教会の大聖女専用部屋にヒルネ、ジャンヌ、ホリー、ワンダ、ゼキュートスが集まっていた。
安心できるメンバーにヒルネの気は完全にゆるんでいた。
(これで私も大聖女! ふかふかお布団、美味しいもの食べ放題、三食昼寝付きホワイト企業!)
ふわぁぁぁっ、とヒルネが大きく伸びをすると、大司教ゼキュートスがぽんとヒルネの頭に手を置いて、そっと撫ででくれた。
「あ……ゼキュートスさま?」
「よく頑張ったな。ヒルネが倒れているのを見つけてから二年半か。まさかこんなに早く大聖女へ昇格できるとは思いもしなかった」
「ゼキュートスさまのおかげです。ありがとうございます」
ゼキュートスがヒルネの頭から手を離したので、ヒルネが笑顔で一礼した。
「私は何もしていない。女神ソフィアのお導きだ」
真面目な顔でゼキュートスが聖印を切る。
「あくびをして大聖女になったのはあなただけよ。でも、あなたらしいわね」
ホリーが大きな吊り目を横にして、面白そうに笑う。
それを見ていたジャンヌがうんうんとうなずいた。
「こんなに危なっかしい子は放っておけないわね」
ワンダが背筋を伸ばして、ヒルネへ視線を向け、ゼキュートスへと滑らせた。
ゼキュートスがおもむろにうなずく。
「ヒルネに話しておくことがある。ジャンヌ、ホリーも聞くように。ヒルネ、世界に大聖女が三人いるのは知っているな?」
「はい、知っています」
「大聖女は東、西、北の三方の都市で瘴気を食い止める役割を担っている。この世界を守るためだ」
ゼキュートスが心配そうな目を一瞬だけ作り、すぐに無骨な表情へと変化させた。
「ヒルネには……南方地域へ行ってもらう運びとなった。ヒルネ専用の大教会を建て、過疎化してしまった南の土地を浄化してもらう。十歳であるヒルネにはつらく険しい道のりになるであろうが、おまえならできると信じている」
「行きますっ。自分の教会作ります」
かぶせぎみにヒルネが答えた。
ゼキュートスは「そうか」と眉間のしわを深くして、重々しく首を縦に振った。
「ジャンヌとホリーはヒルネとともに南方へ行き、ヒルネを補佐してほしい。できるか?」
言われたホリーがピンと背を伸ばした。
「もちろんです。女神ソフィアさまの名において、精一杯頑張ります」
「私も、ヒルネさまをお助けいたします」
ジャンヌも肯定した。
ゼキュートス、ワンダが二人の言葉に安心したのか目配せをした。
先に口を開いたのはゼキュートスだ。
「ワンダには引き続きヒルネ、ホリーの教育係になってもらう。十歳のおまえたちにはまだ知らない世界のことがたくさんあるからな。わからないことはワンダがすべて教える。そのつもりでいなさい」
「これからも厳しくいきますからね。ヒルネ、よろしいですか?」
ワンダの優しくも厳しい視線を受け、ヒルネはあくびを噛み殺した。
「――はい。ワンダさま、よろしくお願いいたします」
「よい返事です。ホリーも、いいですね?」
「はい。ワンダさまが一緒なら心強いです」
ホリーが嬉しそうに首を振った。
二人にとってワンダは教育者であり、母親代わりでもあり、年の離れた姉のようでもあり、誰にも代え難い存在であった。
「それからもう一つ。ヒルネが南方地区を浄化する大聖女になるとの噂が広がっていてな……」
初めてゼキュートスが言葉尻を濁らせた。
「ヒルネとかかわった寝具店ヴァルハラのトーマス殿、串焼き屋台の店主殿、ピピィのパン屋店主ピピィ殿、家具屋のリーン殿が――ぜひ一緒に南方へ行きたいと仰っている。報告によればその他の店も手を挙げているそうだ。ヒルネがいるなら南方の開拓は進むだろうとのことで、皆が支店を出したいと考えているらしい」
(皆さんが……!)
ヒルネは過疎化が進む南方に不安を感じていたので、その申し出に未来が開けたような心持ちになった。
「貴族からはボン・ヘーゼル伯爵殿が立候補されておいでだ。伯爵殿が経営する建築商の支店進出が決まっている。ヒルネよ、これは我々にとっても、おまえにとっても追い風だ。南方はまだまだ女神信仰が不足している。これを機にメフィスト星教は本腰を入れて南方開拓へ乗り出したいと思う」
現実主義のゼキュートスらしい言葉だった。
(色んな人が私と一緒に南方へ行ってくれるの?)
段々と事が重大になってきてヒルネは気が遠くなってきた。あと、眠くなってきた。
「……ふあっ……素晴らしいことですねぇああっふ……ふぁあわっ……」
「こら、あくびをしながら話すんじゃありません」
ワンダがヒルネをたしなめる。
「すみません、一日中儀式で眠くって……あっふ」
今日は朝早くから活動している。そろそろ限界だった。
ジャンヌが一歩前へ出て、眉尻を下げた。
「恐れ入ります……このご様子ですとヒルネさまはすでに活動限界を超えております。早くベッドにお連れしないと明日の業務に差し障るかと存じます」
ジャンヌがスカートに両手を置いて、一礼した。
薄々察していたゼキュートスとワンダがそれもそうだとうなずいた。
「では、また明日、詳しく話そう。今日は三人で眠りなさい」
ゼキュートスがジャンヌとホリー、頭をぐわんぐわん揺らしているヒルネを見た。
「聖女二人が同じ部屋で寝るのは規則違反ですが……ゼキュートスさまの許可が出ました。今日は特別に許しましょう」
ワンダが笑みを作って三人を見る。
「それではな」
「おやすみなさい。女神ソフィアのご加護があらんことを」
ゼキュートス、ワンダが部屋から出ていった。
「……ベッドぉ……おふとぉん……」
ヒルネがジャンヌに寄りかかった。
「はいはい。ヒルネさま、ベッドで寝ましょうね」
「……むにゃ」
「やだ、もう寝ちゃったの?」
「そうみたいです」
ホリーとジャンヌがヒルネの寝顔を見て、笑顔になった。
二人は協力してヒルネをベッドへ寝かせ、寝る準備を整えると、ヒルネを挟んで川の字になった。ピヨリィの羽毛布団が気持ちいい。ジャンヌとホリーはもぞもぞと身体を動かして一番しっくりくる位置に移動し、ヒルネの手を握った。
「……自分の教会は……さいこぉですねぇ……」
手を握ると、ヒルネの口から言葉がもれた。
可笑しな寝言にホリーがくすりと笑う。
「どんな夢を見てるのかしらね?」
ホリーはピヨリィの布団を首まで上げて、ジャンヌをちらりと見た。
「きっと楽しい夢ですよ」
ジャンヌが優しい目でホリーとヒルネを見つめる。
「ふふっ……きっとそうね」
「はい……きっと……そうです……」
少女たちも一日中動いていた。眠気が一気に押し寄せる。
「……むにゃ」
「……すぅ……すぅ……」
「……んん……」
いつしか部屋には可愛らしい三人の寝息が響いていた。
(……自分の教会……全室冷暖房完備、人をダメにする椅子設置……三食昼寝付き週休四日……残業なしのホワイト企業……)
ヒルネはこれからやってくる幸せな未来を夢見て、すやすやと眠るのであった。
第一章おわり
――――――――――――――――――――――――
読者皆さま
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
第一章はこれにて終了です。
無事にヒルネが大聖女になることができて作者自身もホッとしております。
癒やしがほしくて書き始めた本作ですが、書いていて眠くなる作品は初めてです。この作品、夜は本当に筆が進まないです・・・笑
第二章はプロットを組んでから書き始めたいと思っておりますので、少し期間が空くかもしれません。
もしよろしければフォロー、いいね、★など、応援よろしくお願いいたします。
とても励みになります・・・!
それでは引き続き、おねむな大聖女によるのんびりな冒険を見守ってくださいませ。
よろしくお願い申し上げます。( ˘ω˘)スヤァ
作者
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