513話 のち、晴れ。(アイリーンの婿取物語 9)




テンコと共に相合傘でバーガーウルフへと帰って来たアイリーンは、店を見て驚いた。


(滝!?)


まわりは相変わらずのお天気雨なのに、店の上空にだけ黒雲が浮かび、そこからドオドオと地に雨を打ちつけている。


バーガーウルフを包み込む集中豪雨。


「……何、コレ」


滝のように落ちる雨がカーテンの様になり、店の様子がよく見えない。

奥に人影がゆらいでいるのが見えた。

調理台にむかう後ろ姿はヒナのようだ。


数人の客と、ヒナがいるのがわかったが、あとは、、誰?


ぴょこんと長い耳が揺れている。


(ウサギ?)


しかし、ミディらしき姿も、ロージーも、テアの姿もなさそう。

代わりにカウンターには ローブをまとったウサギが乗っかっていて、その隣に立つのは派手な帽子をかぶった人物、背の高さから言って男だ。


(どういうこと?)


″ザバン、、ぽふん″


眺めていると、薄いの玉に包まれた客が 水柱の中から出てきた。

出てきた、というか、排出された。


客が外に出ると、薄い膜は消え、代わりに水柱のこちら側に立ち眺めていた客が 玉に包まれた。


膜の玉に包まれた客は すうっ、と、水柱の中に吸い込まれる。

薄い膜の玉のおかげで客は濡れずに豪雨の向こう側、店に入ることが出来ている。


「ヒナじゃな」


「え?」


「あれは鬼雨きうじゃ。鬼の呼んだ雨。ヒナに何かあったようじゃな」


「ヒナ!?」


アイリーンは ヒナの事が心配になり、バーガーウルフに駆け出そうとした。

が、テンコに腕をつかまれ止められる。


「待つのじゃ、アイリーン。雨はヒナの仕業じゃが、あのの魔法はヒナではない。何かる」


そう言ってテンコはアイリーンに傘を預けると、手刀で邪を破らう九字を切った。


″臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前″


唱えながら刀印で横に五、縦に四の格子を描くように切っていく。

その姿は 凛としていて、いつものどこか子供っぽいテンコではなかった。


「邪悪なモノではなさそうじゃな」


警戒を解かないテンコの真面目な横顔。


(守られてるんだ///アタシ)


テンコは両の手を合わせ合掌すると、指を絡ませ、印を結び、ぶつぶつとを祝詞のりとを唱える。





陽神ヲかみ唯一ゆいいつにして御形みかたなし  きょにして有霊れいあり


天地開闢あめつちひらけ此方このかた 国常立尊くにとこたちのみことはいまつれば


てん次玉つくたま 次玉つくたま ひと次玉やどるたま 豊受とようけかみながれを なが神納成就しんのうじょうじゅ なさしめたまへば


てん次玉つくたま 次玉つくたま ひと次玉やどるたま御末みすえしんずれば


天狐てんこ 一霊いちれい


一狐いっこしんの ひかりたまなれば  だれしんずべし 心願しんがんって


空界蓮來くうかいれんらい 高空こくうたま 神狐やこうしん 鏡位きょういあらため 神宝かんたからをもって


七曜九星しちようきゅうせい二十八宿にじゅうはっしゅく 當目星とめぼし 有程あるほどほし


年月日時ねんげつじつじ 災無わざわいな


まもり まもり大成哉おおいなるかな 賢成哉けんなるかな


つつしもうす″





テンコの瞳が金色に輝いたかと思うと、ふつり、雨が止まった。


(う、わ///)


雨が止んだのではない、停止したのだ。

雨粒はそのままの場所で水の玉となり ふよふよと空に浮かんでいる。


それが日の光に輝いて、水晶の玉をぶちまけたように漂い、なんとも幻想的な空間を作っていた。


アイリーンは息をのむ。


(キレイ……)


その中心で 術を成しているテンコは 凛とした真剣な姿で、とても美しかった。



″蒼天″



言葉と共に テンコは組んでいた手を天へと返した。



″ぶわっ″



すると、停止していた雨粒の玉が テンコの願いを聞き入れたように、空へと降っていく。


(凄っ///)


地にではなく 天に注ぐ雨――


人 成らざる者の所業。


空に雨が帰って行った後は 青空が広がっていた。

アイリーンは 初めて如鬼ニョッキの力を目の当たりにした。


「アイリーン?」


アイリーンはテンコに名前を呼ばれて ハッとする。


「どうしたのじゃ?顔が赤いぞ?」


心配そうにアイリーンを見つめるテンコ。

まっすぐにアイリーンを映す金の瞳にドキドキする。


「アイリーン、何やら、、一段と可愛いな」


(っ///)


無邪気なテンコの指先がアイリーンの頬に触れた。

そっと撫でられて 胸が高鳴る。


「アイリーン?」


「どうもしないわよっ///」


アイリーンは気持ちを悟られないようテンコをかわし、バーガーウルフに向かって歩きだした。


(テンコのくせにぃぃっ///)


アタシの動揺を誘うなんて!


「待て、アイリーン!我が、先に」


テンコがアイリーンを追いかけてきて 庇うように先に立つ。

アイリーンはそんなテンコの後ろ姿を見つめながら歩いた。




テンコならアイリーンが寄りかかっても倒れない。

テンコなら気を遣わず素のままの自分を受け入れてくれる。

テンコは人の道理がわからないことも多いが、そんなの教えていけば良い。

自分も狐の道理を学べば良い。


何より、、





自分がテンコの事を好きになり始めているから――













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