96話 君の名は。







アイリーンは やっちまった!と 大きなため息を吐く。

今さらも仕方ない。


「サクラの怪我は アタシが確認するから」


「……お願いします」


アイリーンは サクラを連れて 会館の二階の空き部屋へ移動した。


テトとララは 先程の戦闘を見て大興奮だった。

サスガは戦士ドワーフの子……

恐れることを知らないのか。

ギルロスが抱き抱えて銀狼亭へと 連れていく。


ギルロスは銀狼亭の前で、馬を引くシャナとすれ違った。


「何かあったんですか?」


シャナがギルロスに話しかけた。

珍しい。初めての事だ。


「ちょっとな」


「あの、イシルさんは……」


「一緒に帰ってきたんじゃないのか?」


ギルロスはイシルがシャナを置いてきたのかと驚く。

そんなにサクラが大事なのかよ!

さっきの動揺も酷かったな、と 苦笑する。


「今取り込み中だ。馬はあそこに繋いどいてくれよ」


「……わかりました」


シャナは銀狼亭から少し離れた場所にある馬留めに 馬をつなぐ。

馬は 疲れたのか 備え付けの水を うまそうに飲んだ。


「ありがとうね」


シャナは馬を撫で、労うと 治療院へと向かった。

こんなはずではなかったのに。

組合会館の前を通る。

……血の匂い


「!!」


広場に三羽のシャモアが横たわっていた。


首の骨が折れ曲がり死んでいる一羽。

あれは獣による噛み傷だ。従魔がいたのか。


真っ二つに切り裂かれた一羽。

剣によるもの。かなりの力がある。地面にまで跡がある。

魔法は効かないはずなのに シャモアの断面が焼け焦げている。

血の海になってないのは そのためか。

ラハの剣は本物だ。剣そのものに力が宿っている。


矢が刺さり 裂傷を負った一羽。

素早いシャモアに矢を射れるとは、先読みの力がある者か?


(誰も、いない)


一陣の風が 舞う。

シャモアの胸から が 取り出された。





◇◆◇◆◇





ギルロスが銀狼亭から戻ると イシルとランが 後処理をしていた。


シャモアの血抜きをし、羽をむしり、解体する。

イシルは 黙々と解体作業をしていた。


(あいつ……どうしたんだ?)


ただならぬイシルの雰囲気に ギルロスがランに こっそり聞いてきた。

ランは 笑いを噛み殺して ギルロスに答える。


(あいつ、サクラにフラレたんだよ)


(?)


襲われた後だというのに、サクラは仕事に行くと言う。

もちろんイシルは大反対。

家に監禁する勢いだった。


(サクラ、なんて言ったと思う?)


(なんだ?)


といたほうが 気が休まるから』


そう言って アイリーンとバーガーウルフに行ってしまったのだ。

実際は、家でじっとしてるより 動いていたほうが気が紛れるという意味だったのだが。


(それで、拗ねてんのか)


(くくくっ……)


ラルゴが町から帰ってきて以来 イシルはサクラとゆっくり過ごせていないというのもある。


「楽しそうですね、ランディア。聞こえてますよ?」


「わっ!」


すぐ後ろにイシルがいた。


「解体、しましょうか?」


無表情でランに話しかけるイシル。

目が据わってる……


「シャモアだろ?シャモアの事だよな?な?」


ランは飛び退き、目の前のシャモアをイシルに譲る。


″ザクッ……″


シャモアに、イシルが刃を入れる。

手際よすぎ……


″ビチャ″


イシルの顔に シャモアの血が跳ねた。


「血抜きが不十分でしたかね」


そう言って ランディアに笑顔を向ける。


「怖ぇーから血まみれで笑うなよ!!!」


案外いいコンビだな とギルロスは思う。

ランが変わったのは サクラのせいだけでなく、イシルの存在も大きいのかもしれない。


「そういやさっきシャナに会ったぜ?お前、置いてきたのかよ、ひでぇな」


「ちゃんと馬に乗せましたよ」


「女一人でか?」


「別に森に置き去りにしたわけでもありませんし、普通だと思いますが……」


イシルが言葉を止める


「どうした?」


「シャナは治療院に戻ったんですよね?」


「だと思うが」


を通った……」


「ん?」


イシルが険しい顔をする。


「シャナに会ってきます。後おねがいしますね」


「おい!イシル」


そう言って メイの治療院に行ってしまった。


″ピンポンパンポーン″


木琴のような 少し調子の外れた音が鳴る。

ド♪ミ♪ソ♪ド~と 音階を上げて。


″え~、ドワーフ村の皆様。村長のドルトフです。

本日、門前広場にて シャモア鍋を振る舞います。

村のモンは鍋に入れる野菜、酒を持ち寄るように。

旅人の皆様も どうぞお越し下さい。

……これでいいんか? え? 切れ?何を? ゴソゴソ……ぶちっ″


「襲撃されたってのに……のんきな村だな」





◇◆◇◆◇





″ピコーン……ピコーン……″


″ガガガガガ……ザザサ……″


「また、失敗、か」


男は忌々しげに呟く。


に従魔がいた、だと?」


では、はじめに邪魔した魔獣は 彼女の使い魔だったのか。


「ふむ……少し、情報を集めよう。暫くはなにもするな。村人の信用を得るんだ。吸魔装置は回収したんだろう?」


今回のは試作品だ。

吸収するだけでなく、己の力に効率よく還元するよう作り替えた。


「ほう、シャモアに進化を……」


どうやら成功のようだ。

しかし、進化をさせるほどの魔力……

相手の魔力は 質がよさそうだ。気を付けねば。


「して、彼女の名は?」


(……)


「サクラか。いい名前だ」


サクラ……早く会いたいものだ。

その名の通り 私の元で美しく咲くがいい……



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