第81話 シベル大森林
■シベル大森林近郊
~第7次派遣2日目~
宴会による二日酔いも無く、タケルは朝の冷気で日の出前に目が覚めた。
立て付けの悪い木の扉を開けて外に出ると、遠くの山が明るくなっている。
井戸は村長の家の横に見つかった。
手桶に水を移して顔をあらう、冷たい水で一気に眠気が吹っ飛んだ。
昨晩から燃えている魔法石の炎を消して、納屋に入れた馬にも水を持って行ってやった。
魔獣に襲われることも無く、温かい納屋で過ごした馬は桶に注がれた水を上手そうに飲んでいる。
朝食はパンと干し肉で簡単に済ませ、早々に馬車で出発した。
ワグナーの小屋までは昼までには着くはずだ。
今日も御者席にロブと並んで座っている。
昨日の事もある。タケルは槍を持ち、ロブも炎の刀を差したままだ。
荷台の二人にも、常に備えるように伝えてある。
やはり、備えは必要だった。
村を出てシベル大森林の中の細い道に入ると、すぐに狼達が現れた。
まだ50メートルぐらい離れているが、右にも左にも何頭かいる。
「タケル殿、馬車を止めましょうか?」
「いえ、このまま進んでください」
全部戦っているとキリが無い。
タケルは右手に炎聖教石を握って、左の狼へ向ける。
「ファイア」「ファイア」「ファイア」
-キャン!- -キャン!- -キャン!-
炎に顔を包まれた狼達が、飛ぶように逃げていく。
御者台で立ち上がり、ロブの頭越しに右の狼も同じ要領で追っ払った。
-やはり、魔法だとやっつけた感が全然無い。
「タケル殿、あれ程遠くに炎を放たれて、お体には影響は無いのでしょうか?」
「大丈夫ですよ、神に愛されているので」
笑顔でロブに返事をしたが、確かに50メートル先は過去最長かもしれない。
だが、聖教石も使っているので、疲労感は全く無い。
追い払った狼と同じかは判らないが、遠い距離にいる狼を何度も見かける。
狼以外でも綺麗な鹿を見ることが出来た。
朝日のなかで氷獣化した鹿は怖さよりも気高い彫刻のように見えた。
もっとも、彫刻のようにはおとなしくしていなかったので、タケルは炎で追い払った。
今日は小屋に着くまでは無駄に戦わないと決めている。
森の中の細い道はしっかり踏み固められていて、馬車は背の高い木の間を滑らかに進んでいく。
ロブに聞いたところでは、シベル大森林の北にある山では良好な石材が産出されるそうだ。
この道は石材や木材等の運搬に使われていて、タケルが想像していたよりも多くの馬車が通っているらしい。
2時間ぐらい進んでから、馬と人を休憩させるために馬車を止めた。
太陽の位置はまだ低いが、木々の間から差し込む日差しが温かく感じられる。
ナカジーとアキラさんも荷台から降りて背伸びをしている。
風の無い森の中は静かだった、足元にある雪を踏む音が聞き取れる。
タケル達以外にはこの森には何も存在しないぐらいの静寂が支配していた。
だが、今回はアキラさんが最初に気づいた。
「タケル!」
アキラさんが見ている方向を見ると、日のあたらない森の奥から白い固まりが動き出している。
-大きい! 熊だ!
アキラさんは躊躇せずに熊の方へ走り出した。
「ナカジー、俺の後ろについて来て!」
熊は見る見る大きくなっていく、かなりの速度でこっちに突っ込んで来ている。
前を走っていたアキラさんが足を止めて、右拳を真っ直ぐに突き出した!
-バッキィーン!! - フグォーォー!!-
氷が割れる音と、熊の雄たけびが森の中に響き渡る。
5メートルの距離から風の拳でカウンターを熊の顔面に叩き込んだが、致命傷は与えられなかった。
熊は後ろ足で立ち上がり、前足でアキラさんへ跳びかかろうとする。
立ち上がった熊は3メートルぐらいの高さになった!
「ファイア!」「ファイア!」
タケルは1メートルぐらいの炎を顔と腹に放った!
-ジュゥー! - ググォーォー!!-
熊は顔の炎を嫌がって、後ずさりしながらまた四足になる。
タケルは槍を持ち直して、穂先に炎を灯した。
(でかい、距離感を間違えれば、こっちが死ぬな)
だが、恐れを感じていたタケルの横をロブが駆け抜けて行った!
「ハァァーッ!!」
一気に距離を詰めると、気合と共に炎の刀を袈裟切りで熊に振り下ろす。
炎に包まれた刃が大きく伸びた!!
-クハァ!‐
熊の左肩から入った炎は胴体から、頭と右半身を切り飛ばした!
熊の口からは絶命する呼吸音だけが聞こえた。
(さすが、教会武術士)
「タケル殿、この剣があれば恐れるものはありません。氷魔獣は私にお任せください」
「では、これからはお願いします」
そうは言ったものの、ロブはこの刀を返してくれるだろうか?
この切れ味なら、病み付きになるだろう・・・
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