少年は少女の為に命を賭す

 身体が熱い、身体が痛む程熱を帯びている。だが、それと対に思考はいつになく冷静で、頭の中は澄み切っていた。


 アレクに教わった【覇王剣術】の応用技。戦士の職に就き、一定の魔物を狩ることで“狂戦士”という職業に就くことが出来る。狂戦士の職業スキルは【狂化バーサーク】。これを【覇王剣術】と組み合わせて戦うのだ。


 ただ、狂戦士はあまり好まれる職業ではない。狂戦士は筋力値が伸びやすく、全体的に能力値が高くなる傾向にあるが、他の職業に比べて取得するのも中々に骨が折れ、その職業スキルも欠陥だらけとあれば成り手が少ないことも頷ける。


 狂戦士の職業に就く条件は確かに魔物を一定数狩ることだが、ただ討伐するだけでは条件を達成することは出来ない。

 第一に魔物を近接攻撃で倒すこと。

 第二に倒した魔物を喰らうこと。

 この二つの条件を達成したうえで、魔物を合計百体討伐する必要があるのだ。


 そして何よりも職業スキルの欠陥があげられる。他の職業の職業スキルというものはどれも強力な効果を発揮するものだが、狂戦士のそれは群を抜いて強い。

 ただし、狂戦士の職業スキル【狂化バーサーク】を使用すると、全身に激痛を伴い、激しい破壊衝動に駆られる。この効果は【狂化バーサーク】を使用している限り続き、使用後も反動で身体がボロボロになるため安静にしている必要がある。


 だが、それを補って余りがあるほど一時的に強大な力を手に入れることが出来るのだ。


「オ、マエ。ソノチカラハ、ナン、ダ」


 腕を斬り飛ばされた皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーは自らの傷口を抑えながら僕に問いかけてきた。

 だが、その問いに今の僕は答えられない。意思の力で何とか破壊衝動に飲まれずに済んだが、それでも気を抜けば即座に僕の意識は刈り取られ、頭の中を破壊衝動で塗りつぶされるだろう。


「HAaaaaaaaaaaaaaaaa……」


 大きく息を吐き出す。僕は皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの方に向き直ると大剣を肩に担いだ。


「FUUUUUUUUUUUUUUUUッ!!」


 吠声ほえごえをあげながら僕は猛然と奴の懐に飛び込んだ。今の僕と皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーでは僕の方が断然速い。


 車輪のように大きく回転しながら大剣を振り回す。大剣の刃が皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの右足を軽く両断し、勢いそのまま左足まで切り飛ばせるかに思えたが寸前のところで回避される。


 右手に続き左足まで切断された皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの顔には焦りが見えたように思えた。

 左足を切断されたことによって二足で立つことが出来なくなった皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーはその羽を振動させてその場に浮き上がる。


「ニン、ゲン、オマエ、ハ、ツヨイ。ダガ、ワガドウホウタチ、ノ、ムネン。ワレガハタサナク、テハ、ナラナイッ!」


 それまで拳を主体に戦ってきた皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの動きに変化があった。左腕の前腕部が裂け、そこから鋭利な一振りの剣が姿を見せる。

 剣は松明の光を浴びて黒く鈍く光沢を放っている。その剣を左手に握った皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーは羽を激しく振動させて全速力で突貫してきた。


 先程までに比べれば速くなったが、それでも【狂化バーサーク】を使用している僕には追い付くことはない。

 しかし、どういうわけか皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーが目の前まで接近するまでその存在を察知することが出来なかった。


 眼前で鋭刃が振りかぶられ、鋭い斬撃が繰り出される。そのどれもが流麗で思わず見惚れてしまうような剣技。とても魔物が扱っているとは思えない技だった。


 迫りくる刃を下から斬り上げることで弾き、弾かれた衝撃によって生まれた隙をつく。動作を途切れさせることなく、斬り上げた勢いを殺さずに斜め上段から黒輝剣アーテル・ニテンスを振り下ろした。


 しかし、皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーは振り下ろされた大剣を最小限の動きで回避し、猛然と鋭い連撃を繰り出してくる。

 僕はその迫りくる斬撃の雨のことごとくを弾き、防ぎ、回避した。


 皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの強さはそのLVからくるものだけではない。戦ったことで理解した、この魔物は人間と同じように技術を持っている。それは身のこなしであり、剣術であり、そういったものが相まったためにこの魔物は強力なのだ。


 だが、強さの最大の要因は別にあると思う。

 普通の魔物にも生きるために殺し、喰らうという目的はあるだろう。しかし、それはあくまでも生きるためであり、本能的なものだ。

 対して皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーがの目的は同胞の仇を討つためだ。


 負けられない理由があり、その思いのために戦っている。だからこそ手足が切り落とされようと戦う意思を灯し続けることが出来た。

 それこそが皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの真の強さだと僕には思えた。


 だけど、皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーに負けられない理由があるのと同じように、僕にも負けられない理由がある。

 僕がここで負ければ、大切な友達と好きな女の子が死んでしまう。それは絶対に看過かんか出来ない。


 ガンッ、と鈍い音を立てて僕の大剣と皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの黒刃が拮抗し、鍔ぜり合う。単純な筋力値であれば【狂化バーサーク】を使用した僕の方が上、だが皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーはその翼によって得た推進力を刃に加え、本来以上の力を発揮している。


「グッオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」

「Ooooooooooooooooooooooooooooooooooッ!!」


 僕と奴の力が頂点へと達した瞬間、僕は身を屈め、瞬時に後ろへと下がった。力を強く加え続けていた皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーは石畳に深々と切っ先を突き刺した。

 即座に飛び上がり、隙を見せた皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの頭部目掛けて回転切りを繰り出した。


「FUuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuッ!!」

「ッ!?」


 僕の行動に気が付いた皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの姿が目の前から消える。

 だが、おおよその検討はついている。僕はそのまま皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの身体があった場所へ向けて全力で大剣を振り下ろした。


「……ッ」


 何かを断ち切った感触と、どさりと何かが石畳の上に落ちる音が聞こえてきた。すると、消えたはずの皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの身体と、切り離された皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの頭がその場に転がっていた。


「Uoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooッ!!」


 勝った……。

 僕の身体は【狂化バーサーク】の影響を受けているためか、勝利の興奮で高ぶっていることが分かった。でも、僕自身はこの掴み取った勝利を素直に喜ぶことは出来なかった。


 僕に負けられない理由があったように皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーにも負けられない理由があった。それは彼の同胞を殺した僕を討つこと。

 もし僕が皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーと同じ立場にあれば、間違いなく同じ行動をとっただろう。


 沈んだ心持ちで呆然と立ち尽くしていると、しゃがれた声が背後から聞こえてきた。


「ジン……やった……な……」

「ッ……!」


 僕は声が聞こえてきた方へ向かって駆けだした。床に倒れたグレイは力なく笑みを浮かべた。


「これで……エミリーは助かる……ありがとう……ジン。お前のおかげだ……」


 グレイが倒れている周りにはおびただしい量の血液が流れ出ている。顔色は悪く、全身の肌が青白く変色していた。

 このままでは不味い、僕がそう思っていた時にグレイが胸元からペンダントを取り出し、僕に押し付けた。


 一体これは何なのか? 僕がそう疑問に思っているといつの間にか現れたアレクが僕の横に立った。


「それは転移の魔法が込められた魔道具だ。恐らく王族が持っている物だから使用すれば王城に転移するはずだ。魔道具に魔力を籠め、その坊主に当てろ」


 魔道具に魔力を籠めると、中心に埋め込まれた空色の宝石が輝きだし、言われたとおりにその魔道具をグレイに触れさせた瞬間、グレイの姿が虚空へ消え去り、手に持った魔道具は粉々に砕け散った。


「よし、これであの坊主は助かるはずだ。王宮の魔法使い達は皆一流以上の選りすぐりだ、必ずや命を繋いでくれるだろう」


 僕はその言葉に頷くとその場に倒れそうになる。

 ふらついた僕の身体をアレクの逞しい腕が支えてくれた。


「よくやった、ジン。お前はお前の大切なもののために戦い、そして守りきったんだ。それは誰にでも出来ることではない」


 そうか……僕はエミリーを助けることが出来たのか。


 そう分かるとそれまで張りつめていたものが消え、身体と精神のどちらにも重い疲労が顕著に表れた。【狂化バーサーク】を解除すると、僕はアレクに体重を預け、意識を失った。


 ♢♢♢


「本当によくやった」


 眠りについたジンの頭をそっと撫でるとアレクは事切れた皇帝酸蟻アキドゥス・アント・エンペラーの死骸に近づき、空間魔法を使用し亡骸を回収した。

 壁に寄りかからせていたジンを抱きかかえると再び魔法を唱えた。


「【転移テレポート】」


 ♢♢♢


 気が付くと僕は純白のベッドの中で横たわっていた。上半身を起こすと辺りを見回す。

 カーテンの隙間から陽気が差し込み、窓の外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。どうにも記憶が混濁していて何故ここにいるのか理解できない。

 すると、部屋の扉が開きツヴァイ様が部屋の中に入ってきた。

 部屋に入るなり、僕と目が合うと少し驚いたような顔を見せ、すぐにいつものように笑みを浮かべた。


「おはよう、ジン君。目が覚めたみたいだね」

「おはようございます、何故か記憶が曖昧で……」

「そうか、まあ起きたばかりだし仕方ないさ。それじゃあ僕が君の身に何が起きたのか教えてあげるよ」


 そうしてツヴァイ様の話を聞いていると次第に記憶が蘇ってきた。


「ツヴァイ様っ! グレイは、グレイは無事なんですかっ!」

「ああ、無事だよ。流石に肩に大きな穴を空けて、血塗れの状態で帰ってきたから驚いたけどね。優秀な魔法使いが丁度王城に来ていてくれたおかげで何の後遺症も残らず元通りさ」

「そうですか……良かった……」


 僕が続けてツヴァイ様に質問しようとしたら唇に指を添えられた。首を傾げるとツヴァイ様はいつも浮かべている笑みを消し、真剣な表情を浮かべた。


「ジン君、よく聞いてね。君とグレイがしたことは確かにエミリアを助けるための行いだったのかもしれない。でもね、それで君達が死んでしまっては元も子もないんだよ。今回は上手くいったから良かった。でも、次もそうとは限らないんだ」

「……」


 ツヴァイ様の言う通りだ。一歩間違えていれば僕たちは死んでいた。

 今回は運が良かった、だが次もそうだとは限らない。


「僕もエミリーは大切な娘だ、勿論助けるための手立てはあった。一刻も早くエミリーを助けたかったんだけど、そうもいかなかったんだ」


 僕はエミリーの様態を聞いた瞬間に飛び出してしまったから分からなかったが、どうやらツヴァイ様もいろいろと動いていたらしい。


 この国の強大な戦力の騎士団は冒険者達と共に新しく表れた迷宮ダンジョンの探索に出向いていて、今王都には強力な力を持つ者が少ない状況だった。

 さらに王の盾と呼ばれる王都最強の四人のうち二人は隣国との戦争に、二人は絶対にツヴァイ様達を守らなければならず、動かせない。

 最悪ツヴァイ様自身が出向くつもりだったそうだが周りがそれを許すはずもない。


 そしてツヴァイ様が救援を求めたのは数日後に王都へ帰還するサルフォード学園の学園長だった。その人の力は凄まじく、例え魔人が出ようと問題無いらしい。

 そして学園長が急いで戻ってきて王都に到着したのが今日だったらしい。


「ジン君、もっと僕達大人頼ってくれないかな? それとも僕達はそんなに頼りなかったかい?」

「いえ、僕はそんなつもりじゃ……」

「ごめんごめん、意地悪だったね。君の気持ちも分かる、実際僕もそうしたい気持ちで山々だった。だからジン君、エミリーの父親として言わせてもらうよ、ありがとう」


 にこにこと笑みを浮かべるツヴァイ様に礼を言われ少し照れていると、部屋に設置された時計の時間を見たツヴァイ様が慌てた様子で部屋を退出しそうになったので、僕はそれを呼び止めた。


「すいませんっ! エミリーは、エミリーは無事なんですかっ!」

「ははっ、多分もうそろそろ分かるころだと思うよ! じゃあ、僕行かなくちゃいけないからっ!」


 嵐のようにツヴァイ様が部屋を去ると部屋の中が嘘のように静けさを帯びた。ツヴァイ様が部屋を後にしてからほんの少し後、扉がコンコンとノックされた。扉は僕が声を出すよりも先に開き、部屋の中に一人、入ってきた。


 部屋に入ってきたのは僕が助けたいと、もう一度会いたいと、胸に募る思いを伝えたいと、そう願った相手、エミリーだった。

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