少年は再び迷宮の門を潜る

 あれから三日が過ぎた。毎日朝から晩まで大剣“アーテル・ニテンス”を振り続けた。肉刺まめが出来、それが潰れてもなお剣を振ることを辞めなかった。

 アレクの指導を受けながら休む間もなく大剣を振るい続け、ようやく新たにスキルを会得した。


 スキル【覇王剣術】を獲得しました。


 伝説級レジェンダリースキル【覇王剣術】。このスキルを習得するために僕は大剣を振るい続けていたんだ。これでようやくエミリーを助けるため、迷宮ダンジョンに向かうことができる。


「やったよアレクっ! ようやく【覇王剣術】を覚えた!」

「やはり早かったな。本来であれば【覇王剣術】の取得に一月以上掛かるのだが、ジンは三日で己がものにしてみせた。よくやったな、ジンッ!」


 アレクにわしゃわしゃと頭を撫でられ、髪の毛がぼさぼさと乱れる。でも、そうやってアレクに褒められることが少しこそばゆかったけど、とても嬉しかった。


「アレク、これで僕は迷宮ダンジョンに行けるんだよね?」


 僕が真剣な声音で尋ねると、アレクは僕の頭から手を離し、僕の目を真っすぐ見つめた。


「いや、まだだ。ジンが覚えたのはあくまでも我の剣術の基礎的な動きに過ぎない。それだけでも大抵の有象無象相手であれば難なく切り抜けられるだろうが、迷宮ダンジョンとは一切の油断がならん所だ。それも迷宮変異ダンジョングローリアによって新たに生成された区画に現れる魔物であるならば尚更な。最深部に現れる守護者ガーディアンを相手取るならば、まず間違いなく今のままでは勝てん」

「……」


 経験のあるアレクが言うのならその通りなんだろう。今の僕の実力では迷宮ダンジョンに潜っても返り討ちにあうだけだと。そうなってしまえばエミリーを助けることも出来なくなってしまう。今は着実に力を付け、確実に迷宮ダンジョンの魔物に勝てるようにすべきだと頭では分かっている。それでも、やはり歯痒い気持ちは抑えられない。


 拳を爪が皮膚に食い込むほど強く握りしめ、僕はアレクに向き直った。


「それならアレク、僕はどうすれば守護者ガーディアンに勝てる?」


 僕がそう言うとアレクはニヤリと笑みを浮かべた。


「それを今から教えてやる。大剣を貸してみろ」

「うん」


 大剣を持った瞬間、アレクの纏う雰囲気が鋭くなった。一呼吸ついたと思ったら、瞬き一つしている間に全てが終わっていた。アレクの目の前にそびえていたはずの大岩が粉々に砕け散る。

 速く、何よりも凄まじい破壊力を持った一撃。確かにこれなら必殺の一撃になり得るかもしれない。


 アレクに大剣を手渡されると、酷使し疲れ切っていた身体に力が再び漲ってくるのを感じた。

 エミリー、もう少し待っててね。僕が必ず、君を救ってみせるから……っ!


 ♢♢♢


 静かな森の中、響くのは魔物の断末魔。巨躯をよじらせ、死の恐怖に怯える赤熊レッドベアに容赦なく止めの一撃を振るう。


「GRAAAAAAAA……」


 土煙を舞わせながら三メートルを優に超す巨大な熊が地に倒れ伏した。


「見事だ、完璧とは言い難いが我の技を使いこなしている」

「ほんとっ!? ありがとうアレク! それじゃあこれで……」

「ああ、迷宮ダンジョンに向かうぞッ! ジンッ!」


 遂にこの時が来た、これでようやくエミリーを苦しみから救うことができる。

 大剣を背のホルダーに付け直し、アレクに声をかける。


「それじゃあ今すぐ向かおう、少しでも早くエミリーを助けてあげたいんだ」


 駆けだそうとしたところ、背後からアレクに肩を掴まれる。びくともしないその力強さに驚きながらも振り返る。


「そう焦るな、まずは迷宮ダンジョンに入るためにもグレイだったか、あの小僧に会いに行くべきだろう」

「……そうだね、ちょっと頭に血が上りすぎてたのかもしれない。ありがとう、アレク」

「気にするな、お前は我の相棒だからな」

「ただ、僕は何も言わずに王城を抜け出してきちゃったから、ツヴァイ様達に申し訳ない思いもあるというか……」


 僕が目を逸らすとアレクに溜息をつかれてしまった。なんというか、アレクにそうされると少し腹が立つかも。


「まったく、やはりジンもまだまだ子供だな。だがまあ、そういうことであれば我に任せておけ」

「どういうこと?」

「あの城を建築させたのは我だぞ? 無論隠し通路も用意している」


 悪戯っ子のように無邪気な笑みを浮かべるアレクに連れられ、僕たちは王都へと戻った。


 ♢♢♢


 王都の中に入ると、アレクは裏路地の中を進み続け、どんどん王城とは反対に向かって進んでいってしまう。何度も道があっているのかと聞いたが、「間違いない」の一点張りだった。

 僕は溜息を洩らしながらもアレクの後を追っていると少し開けた場所に出た。そこには水が枯れ果ててしまった噴水が設置されている。


「ここだ」

「え……?」


 アレクが指し示したのはその枯れ果てた噴水だった。一見何の仕掛けもないように見えるが、これが隠し通路の入り口なのだろうか。


「水魔法でこの噴水を水で満たせ。そうすれば隠し通路が出現する仕組みだ」

「へぇ……」


 そんな仕組みが作れるのかと感心しながら、僕は【ウォーターショット】を最大出力で放出する。勢いよく溢れ出た水によって瞬く間に噴水の中に水が溜まっていき、遂には噴水の水が噴き出した。すると――。


「うわっ!」


 噴水の隣の石畳が横に割れ、地下へと続く階段が姿を見せた。先導してアレクが進んでいったので僕もそのあとを追い階段を降りていく。すると来た道は閉じ、辺りは暗闇に包まれる。


「【エンバース】」


 炎の光源を出し、進んでいくと鼻をつくような悪臭が漂ってきた。まるでヘドロのような強烈なその匂いに思わず鼻を抑える。


「あ、アレク、この臭いってもしかして……」

「下水道だ」

「やっぱりっ!」

「そのくらい我慢しろ、直に鼻が慣れる」


 アレクは僕の襟をつかみ、引きずるようにして先へ進んでいく。次々に現れる角を右に左にと曲がり続け、元来た道すら分からなくなるほど歩いた頃、これまで見ることがなかった木製の扉が視界に入る。


「あの先が王城に繋がっている」

「やっぱり」


 扉の先は延々と伸びる螺旋状の石階段だった。LVが上がったことによって前よりも体力がついたとは思うけれど、これほど長い階段は流石に疲れる。まだかまだかと登り続けること数分、ようやく終わりがやってきた。


「この先は王城の中に繋がっている、巡回している警備兵達も多くいるだろうから隠密行動を心掛けろ。それと、その明かりは消しておくのだぞ」

「うん、わかったよ」


 僕は【エンバース】を解除し、【気配探知】を発動させる。アレクは天井を取り外すと、僅かな音すら立てることなく地上に出た。僕は伸ばされたアレクの手につかまり、地上に這い出る。

 出た先は王城のエントランス部分であり、どうやらこのタイルをどけることで隠し通路に進める仕組みになっているらしい。アレクは外したタイルを元に戻し、静かに僕の先を歩いていった。


 兵士達の跫音が響く静かな廊下を進んでいき、三階に存在するテラスに出ようとした。そこは王城の中とは異なり、月明かりが直接差し込むため姿が露見する危険性も大きくなると思い、僕はアレクの肩を掴んだ。



「アレク、テラスは少し危険なんじゃない? 【気配探知】に三人分の反応があるし、隠れるところも王城の中より少ないよ?」

「案ずるな、我に追従していれば問題ない。それにグレイの部屋に侵入するとなれば外からしか出来ん、王城の中はジンも見た通り常に兵士が徘徊しているからな」


 この国の初代国王様がそう言うのだからそうなのだろう。

 僕はアレクの後に続いていく。アレクはその大きな身体からは想像も出来ない身軽な動きで構造物をうまく利用して軽快に屋根に登ってしまった。

 僕もそれを真似るようにして何とか屋根へと這い上がる。


 こうしているとついこの前まで運動がてんでダメだった自分のことを忘れてしまいそうになる。それだけこの世界で僕が成長することができた……ということなんだろうか。


「ジン、早くついてこい」

「あ、ごめん……っ!」


 僕たちは屋根伝いに進んでいき、遂に城の最上階にまで達した。アレクが言うには王族は全員が王城の最上階に寝室を持っているらしい。


「それで、これからどうやってグレイの部屋に入るの?」

「まさかここまできてまだ分からないのか?」

「う……」


 図星をつかれ、僕は返す言葉も見つからずに黙る。その様子を見ていたアレクは肩をすくめた後、小声で僕に説明してくれた。


「お姫様にこっそりと会いに行くため、王子様は夜、どこからお姫様の部屋に入るんだ?」

「どこからって、そりゃあ……ああ……!」

「つまりそういうことだ。グレイの部屋の位置は……どうやらあそこの部屋のようだな」


 どのような方法をとったのか僕には分からなかったが、アレクはグレイの部屋を特定すると、最も右端の部屋の小さなバルコニーへと音を立てずに着地した。

 どうやら窓に鍵はかかっていなかったようで、すんなりと開いた窓から部屋の中に侵入する。


「不用心な奴で助かった」

「多分窓から部屋の中に入ってくるとは思ってなかったんじゃないかなぁ……」


 ずかずかとベッドに近づくと掛け布団を胸のあたりまでしっかりと掛け、綺麗な態勢で眠っているグレイの姿が見えた。僕はグレイの肩を揺すりながら声をかける。


「グレイ、グレイ起きて……っ!」

「んぁー……」

「グレイってば……っ!」

「んぅ……? こんな真夜中にいったい誰だぁ?」


 ようやく目を覚ましたのか、ゆっくりと瞼を開いたグレイが眠たげな目を擦りながら僕のことをじっと見つめてくる。


「ジン……? お前ジンなの……!!」

「ちょっ! 静かにして……っ!!」


 突然大声で叫びそうになったグレイの口を咄嗟に押え、僕の状況と何故グレイの部屋を訪れたのかを説明した。


 ♢♢♢


「なるほどな……。そういうことなら、別に俺のところまで来る必要は無かったぞ」

「え?」

「前俺たちがジンのために確認を取りに行ってたのは規則でそう決められてるからだ。でも別に確認を取らなくても迷宮ダンジョンに入ること自体であればできるんだよ」


 まさかの僕とアレクの行動は無駄足だったらしい。あれだけ歩いて登って隠れて……。正直結構疲れたというのにそれがすべて無駄だったとは少し悲しくなってくる。


「そっか、ごめんねグレイ、こんな夜中に起こしちゃって……。それじゃあ僕はもう行くよ、一刻も早くエミリーを助けてあげたい」


 僕が窓から出ていこうとしたら背後からグレイに声をかけられた。


「俺も一緒に行く」

「な……!? だ、駄目だよ! 迷宮ダンジョンの中に前回入ったときは死にかけたじゃないか!」

「でもお前はその危険な迷宮ダンジョンに一人で挑もうとしてるんだろ?」

「それは……」


 グレイは一歩、僕の方へと踏み出した。


「俺だってお前と同じ気持ちだ、エミリーのことを助けてやりてえ。それに友達がこれから危険な目に合うかもしれないってのに助けてやれないなんて絶対に嫌なんだ」


 窓から差し込んだ月光がグレイを照らす。

 月明かりに照らされたその瞳は真っすぐにこちらを見つめ、その顔は覚悟を決めた人間のものだと思えた。


「……分かった、一緒に行こうグレイ」

「おうっ! なんとなくさ、今日何かが起こるんじゃないかと思って――」


 グレイはさらにもう一歩僕の方へと踏み出した。それまで薄暗くて見えなかったグレイの身体が月光によって露になった。

 グレイが身に着けていたのは寝間着ではなく、戦闘服だ。しかもその拳には以前迷宮ダンジョンの中で見せた籠手ガントレットが嵌められている。


「もう準備は出来てるんだよな」

「うそぉ……」


 呆然としていると、グレイは僕よりも先に窓から飛び出し、ひょいと飛び上がって屋根に登るとそのまま屋根を駆けていく。

 慌てて追いかけていき、先を走っていたグレイに追いつく。


「城から抜け出すのには慣れてんだ」

「ガハハッ! どうやらグレイは我の子孫のようだな、我と同じで城から抜け出しているとは」


 屋根伝いに城の城壁に飛び移り、城壁から今度は民家の屋根へと飛び移る。夜の住宅街、静寂な夜闇の中屋根の上をグレイと二人駆けていく。

 歩いて向かったときは十分ほどかかった学園までも、ものの三分ほどで到着してしまった。

 正門から入るわけにもいかず、こっそりと塀を飛び越えて学園内に侵入する。

 向かうは大門、迷宮門ダンジョンゲート。学園の敷地内は王城とは違い、巡回している兵士等もおらずあっという間に迷宮門ダンジョンゲートに辿り着いた。


「グレイ、準備はいい?」

「ああ、もちろんだぜっ!」

「それじゃあ行こうか、エミリーを助けるためにっ!」


 僕たちは再び、迷宮門ダンジョンゲートの光の中へと突き進み、大門を潜り抜けた。二人が大門を潜り抜けると鈍い音を立てて迷宮門ダンジョンゲートは閉じられた。

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