第17話 実々:新しい日常の始まり
2018年11月19日(月)
「朝はパンッ!パンパパンッ!!」
何年かぶりにスッキリ起きられたので思わず歌いながら布団から起き上がってしまった。
隣の布団の方を見ると、あーちらしきシルエットの人物が羽布団を頭の天辺まですっぽり被って寝ていた。
……髪の毛が少し羽布団の隙間から溢れているのがホラーで軽く怖い。
まぁ、まだ7時前だしもう暫くは寝かせていてあげようと思い、高らかに歌ってしまった後で今更感が強いが…そっと寝室から出た。
給湯器の電気を入れて洗面台へ向かう。
なんかテレビで冷水で顔を洗うと肌が引き締まるとかやっていたが……無理。
水が温かくなるまでの間に手を洗い、口をゆすぐ。
おっ!ジワジワ水が温かくなってきた!!…よし、顔を洗うか。顔に冷水とか拷問だろ。
私は何回かぬるま湯で顔を洗ってから新しいタオルで拭きつつ、今日の朝ご飯のホットサンドに何を挟もうかなぁ〜と考え始める。
ふと、手を拭きながら洗面台の鏡を見ると、指に2つの指輪がキラッと光っていた。
一つは右手中指の昨日多神さんから貰った小さい梅の花っぽいモチーフのピンクゴールドの指輪。
そしてもう一つは左手薬指の結婚指輪だ。
細身の少しリングが捻れたデザインで、その捻りにそってリングの上半分にささやかな大きさの0.0なんカラットかのダイヤが3つ並んでいる。シルバーのその指輪は当初はツルツルだったのに今となっては自然にマット加工が施され、曇った感じになっている。
………両手に指輪とか邪魔だな。
実々の小話 指輪物語
あれは社会人1年目の夏のことだった。
亮とデートの最中に某有名コーヒーチェーン店でお茶をしていた時のこと。
コーヒーチェーンには良く行くが、私はコーヒーが全く飲めない。
味も無理だし、砂糖とミルクをこれでもかっ!と入れれば飲めなくは無いが、そこまでしてまで飲まないといけない飲み物なのだろうか。……答えは否。
しかも飲んだら飲んだでお腹がギュルギュルしてしまう。
もう心身共にコーヒーとは相入れない関係である。なので私はまごうことなき紅茶党だ。コーヒーに浮気はしません!紅茶大好きッ!
一方で、亮はコーヒー党だ。
ブラックでイケる口という奴だ。
辛い食べ物も大好きで、麻婆豆腐とかも四川風の『地獄の色ってこういうのじゃない?』っていうヤバい色をしているのも食べられる。
……食べた後暫くはトイレから出てこないが。身体に合ってないだろ。
私と亮は食べ物飲み物においても好みが違う。
そしてこの日に私たちは『あ、コイツとは相入れないわ』と、改めてお互いに認識し合うことになる。
最初は他愛のない話から始まり、まぁ主に私が仕事であった出来事やら、テレビで観た雑学とかを話し、亮がそれに相槌を打つ、といった感じだ。
そして私の会社の女社長が「小澤さん、付き合ってる相手に『私に5カラットのダイヤの指輪を頂戴』と聞いてみればその人の性格が分かるわよ。今度聞いてみなさいな」と、言っていたことを思い出し、亮にそのことを話した。
亮は冷めた眼差しを私に向け、「馬鹿か?」と言ってきた。
馬鹿は私じゃない………社長だ。
因みに、社長の引き出しの中の金庫には2000万円のイエローダイヤの指輪が入っている………5カラットの。
そしてそこから『婚約指輪は必要か』というテーマで話すことになった。
私は必要に一票。
何も給料の三ヶ月分の指輪を用意しろとは言わないが、口約束だけだと味気ないと思う。……信用もならないし。
それに何より『結婚を申し込みましたよ!』っていう物的証拠が欲しい。
………あれ?
私ってもしかして冷めてる?
『跪いてプロポーズの言葉を言って貰うのが夢なの♡』とか言わなきゃダメ?………やめてよ、吐いちゃうじゃん。
まぁ、そんな感じで亮に指輪は大事な証拠でアイテムだと言った。
一方で、亮は不必要に一票を入れた。
口約束で十分だし、その指輪のお金で良い家具とか家電を買ってその後の生活を充実させた方が良い、とのことだ。………こいつも夢ないな。
因みにこの時私が22歳、亮が23歳。
以前に『結婚するなら何歳くらい?』というテーマでも話し合い済みで、お互い27歳くらいが世の中の風潮的にも丁度良いよね、というので纏まっていた。
今のところ別れる理由もないのでこのまま付き合えばいつかは結婚になると思うが、この男と結婚する時は婚約指輪が用意されないようだ。……ケチか。
そしてあまつさえこの男はスマホでググり出した!
『婚約指輪 必要か』と。
スマホは亮の性格を分析済みなのか、はたまたご機嫌を取ってるのか亮の都合の良い意見ばかりが載っているサイトを出してきた。
亮はニヤニヤしながらどんどん偏った世論を私に読み上げてきている。…くそっ!私にとって不利な空気になってきた。
そもそも、2人のディベートなのに不特定多数の第三者を入れるのはフェアじゃないだろ!名を名乗れ!
しかもこの第三者達は『指輪を欲しがること自体が罪』みたいな言い方をしてきている!あれだ、『リア充爆発しろ!』って思っている口だろ。
まだドラマやCMとかでもプロポーズする時に指輪を渡すシーンがあるってことは需要があるってことでしょうがッ!
……私みたいに物的証拠として欲しがるというシーンは観たことはないけど。
結局、最後までお互いに譲らずこの話はお終いになった。…あのヤロウ。
私達がヒートアップしているのを周りのお客さんがチラチラ見てきていたのはこの際気にしないことにする。
……きっと亮がググり出したことに私同様に多くの方がドン引きしたことだろう。ほんっと信じられませんよね〜。
しかしながら、何だかんだその年の冬にプロポーズされた際に指輪を貰った。勝った。
………end.
*****
おっといけない!
顔が渇きを訴えてきている。
私はズボラなのでもっぱらオールインワンジェル派だ。
適当に指にとって顔に塗って行く。
昨日買い物の時に一緒に買っておいた普段から使っているやつだ。ひんやりして気持ち良い〜。
洗顔は温かい水が良いが、オールインワンジェルは冷蔵庫で冷やしている。
なんかオールインワンジェルは冷たい方が肌に染み込んでる!って感じがするからだ。
…我ながらこだわりが面倒臭い。
肌のお手入れが済んだので洗濯機を回し、電気ケトルでお湯を沸かしスープの準備をする。
そして早くホットサンドが食べたいし、片付けもあるのであーちの布団を無理矢理剥いでおく。……なんかゴニョゴニョ言っていたが気にしない。
朝に温かいスープがあるだけでなんだか幸せな気持ちになる。
……皆もそう思うよね?と、目に見えない世論に問いかけてたらお湯が沸いた。
今日はオニオングラタンスープにする。……大好きすぎて顔が絶対ニヤけてる。
ニヤけ顔でスープにお湯を注いでいたらあーちが起きてきた。
……ヤバっ!
視力が良くなってるからニヤけ顔見られたかも?!と、内心焦りつつもあーちを見つめてみる。
あーちは何も言わずに一つ頷くと洗面所の方へ消えていった。
………どっちだ!?
暫くしてあーちが戻ってきた。………セーフという判定にしておこう。
朝食のリクエストはピザソースとチーズとパセリを挟んだホットサンドということなので準備する。
私はこの家で餡子を発見したのでバターも乗せちゃうハイカロリーな餡バターホットサンドにする。
オニオングラタンスープの『しょっぱい』と、餡バターホットサンドの『甘い』で無限ループに陥りそうな ヨ・カ・ン★
朝食が出来上がり、テーブルに向かい合って食べ始める。
オープンサンドも良いけど、ホットサンドメーカーでプレスするだけでまた違う。お洒落さも加わって美味しさが当社比1.5倍増していた。
オニオングラタンスープも最高!この美味しさが毎日味わえるなら太ったって構わない!これで太るなら本望です!
『我が生涯に一片の悔いなし!』とは言い切れないが後悔はしません!
ニコニコして食べていたらあーちが話しかけてきた。
なんでも、『夜中に一度も起きてない?』と、もうかれこれ食べ始める前に2回は聞かれている。
そしてその都度答えているのに、またあーちは、
「本っっっっっ当に1回も起きてないの!?」
と、本日3度目の同じ質問をぶつけてきた。
あーちは同じこと3回繰り返されるのが嫌いって前言ってなかったっけ?
自分がやっちゃってるじゃん。
「だから言ったじゃん。あーちがいつ布団に入ったかも知らないし、一度も目を覚まさなかったって。しつこいなー」
「大事な事だから聞いてるの。みーちの精神面的に!」
短時間で3回も同じことを聞かれること以上に精神面をやられること以上のことは今のところ思いつかない。
あーちは尚も食って掛かろうとしてきていたが、私の『しつこい』が効いたのかもう聞くことは止めたようだ。
そしてホットミルクを一口飲んでから急になんの脈絡もなく話し出した。
「じゃあうちの質問に対する多神さんの答えを言ってくねー」
「ん」
私も『ん』とは返したが、あーちの『じゃあ』って何だよ!
話の前振りが私が起きてないかの確認だったの!?…日本語正しく使おう?
「まず、まとめ方はうちに一任してるから初心者でも分かりやすい感じにするのはOKだって。で、USBにデータ保存すれば元の時間に持って帰って良いって!凄くない!?」
「え?良いの?多神さんサービス良過ぎだね」
多神さん太っ腹だ。アフターサービスが手厚すぎる!
「ねっ!まさか多神さんがUSBメモリを知ってるとは思わなかったけど!『フロッピーディスクならば良い』って言われなくて良かったよねー」
あーちは弾む声で嬉しそうに加えて報告してきた。
まぁ喜ぶ気持ちは良くわかった。
しかしガッツポーズが何だか鼻に付いたので思わず嫌な顔をあーちに向けてしまった。……あ、止めた。
そしてまた話し出した。
「でね、そのまとめに対してチェックしてくれる神様って誰かって聞いたら、万引きGメンみたいにうちの妥協とかサボりを分かる神様が居るんだってよ」
「…その万引きGメンって単語は絶対多神さん言ってないでしょ」
「むむっ…みーちに分かりやすく言ってあげただけなのに。多神さんは『その道』って言ったんだよ?分かんないでしょ」
思わず突っ込んだら『むむっ』って……川平慈英か!
八百万の神様が居るっていうし、ズルとかを見抜ける神様が居てもおかしくはないでしょ。
だから、「まぁ何となくは分かるよ」と、答えたらあーちは不機嫌そうな顔を私に向けながら、
「もーっ何となくが命取りになるんだよ。……そうだ!多神さんに命取られるとこだったの!」
と、サラッと爆弾を落としてきた。
「あーち何やらかしたの…」
マジで何やったの!?
多神さんは理不尽に命を奪ったりはしない神様だということは少ししか話してないけど分かっているつもりだ。
よっぽど腹に据えかねることをやったか言ったとしか思えない!
私は顔色がみるみる青ざめていった。
せっかくの幸せな時間がたった今終了を迎えたようだ。……短い。
ここはあーちをこの世界で面倒を見るものとして聞かないといけない。
目も据わってしまうのも仕方ないだろう。
「何にもやってないって。ただ『神隠しってどうなるんですか?消滅するんですか?』って聞いただけ」
「本当にそれ聞いただけー?」
……本当にそれだけ?
私と同じ質問をしているはずなのにどうして殺されそうになってるの?……KO・WA・I★
しかしあーちは私の気持ちを知らずにシレッと返してきた。
「んー…その後に『メジャーな神隠し知らないから、ちゃんと教えて』って言ったら突然血走った目でガッと来られたの!」
そう言うとあーちは急に向かいに座る私に向かって目を全力でをかっぴらいて肩を掴む真似をしてみせてきた。……情緒不安定の奴が多いな。
「そこから強制的にお世話になった人達の走馬灯を見せられながら思いっきり高速で肩を揺すられまくったの。……あれは全身震えたよねー。でね、その時の揺れが万が一寝ている身体とリンクしてて、みーちが地震と思って起きたら隣のうちが人間離れした動きをしてたとするよ?絶対トラウマになるでしょ?だからさっきから起きてないか聞いてたの」
「寝てて良かった…」
……寝てて本っ当に良かったッッ!
思わず隣でエクソシストもビックリのあーちを想像してしまい、余りの恐怖で食べかけのホットサンドを置いて下を向いてしまった。
「揺れ死ぬのは流石に嫌だから、ストップって多神さんの腕をぺしって触ったら正当防衛みたいになっちゃったの」
「何やってんの!?」
「肩から手を離されたタイミングが丁度体重が前に乗ってる時で、制御出来ずに最高スピードのまま頭突き……てへ☆」
「ジダンかっ!」
あ、また神速のツッコミを入れてしまった。
あーちはなんかツッコまれて嬉しそうな顔してる!
……加害者が喜ぶな!申し訳なさそうな顔をせめて作りなさい!
そして、あーちはニコニコしながら、
「ジダン(頭突き)は多神さんの胸部に綺麗に入っちゃって、後ろに倒れちゃったんだよね」
と、ゲロった。
「あーちがヤってんじゃん!」
……お巡りさん!コイツです!!
「結果的にヤっちゃってるけど、うちは殺ってないから!……やばいっ!神を倒した人間ってブラックリストに載らないかな!?」
倒したって言っちゃってる……。もうクロだ。
「まぁ大丈夫か。一悶着あって打ち解けれたし。ほら、大喧嘩した相手と後に唯一無二の親友になるアレ的な」
「今度多神さんに会ったら謝ろう…」
マジで謝ろう。
多神さんはあーちと絶対に唯一無二の親友になんてなりたくないでしょ。……被害者なんだから。
マジですみませんでした!
……もう絶望だ。
このままだと一年と経たずして消されちゃうよ……あーちが。
「ジダンはこの際もう忘れよう。次に名前聞いたのね、そしたら『全部終わった暁に教えてやる』って言ってきたの!だから『分かるまで多神さんで』って言ったらめちゃめちゃ嫌な顔して来て、なら『匿名さんで』って提案したわけ。なのに結局『多神で良い』って言ってきたんだよ?しかもウジウジしながら。どう思う?」
「匿名さんは絶対嫌でしょ…」
普通に匿名さんは嫌でしょ。
…っていうかジダンを忘れるな。胸に刻んでおきなさい。
「みーちはラジオ聞かないから」
……そこはそういうツッコミじゃないだろ。
なんで多神さんをリスナーにしてるの?
DJあーちはうちの顔を見て、何かを思い出したのか続けて話し出した。
「そうそう。巫女さんっぽい格好に向こう行ったら勝手になったの。でね、多神さんの『山陰亭』って名前の書斎で会ったんだけど、その表札が立派な一枚板でね、道場破りして貰いたくなるやつだったって言い忘れてた」
「ねぇ、何しに行ったの?まじで」
思わず凄い細目で睨んでしまった。
あーちは道場破りって言うけどあれは老舗うどん屋の看板でしょ!
道場破りで貰える看板って大抵縦書きじゃん!
……って私も何考えてるんだ。
「色々あったけど、ちゃんと聞きたいこと聞いて来れたよ。みーちも今度行ってみなよ。竹と梅も綺麗だったし」
「親戚の家か!」
…『あーちより先に行ってるから知ってるわ!』とは口が裂けても言えない。
というかそんな気軽に行ったら多神さん、あーちのこと怒りでうっかり消しちゃいそうだよ。
アレだ、『ムシャクシャしてやった。だが後悔はしていない。』ってやつだ。
そんな、神に消されそうな人間No. 1候補のあーちが、消されそうになってるとも知らずに明るく言ってきた。
「そうだ、最後に怖い話をしたげる。お暇しようとした時に、何か聞き忘れてるなって思ったのね。で、みーちの顔が浮かんで、『さ』って言ったところで『参考文献は字数に入らないからな』って言われたの!めっちゃ怖くない!?一文字しか言ってないのに!」
「うん…そうだね」
私が去り際に多神さんに言っといたからだね。うん。
……っていうか聞くなよ!って言ったじゃん。
私は参考文献を聞いたあーちが怖いよ!
そんなあーちは急に思いついたのか、目をかっ開きながら焦り出した。
「…はっ!もしかしてこの貰った指輪に盗聴器的な機能が付いてるのかな!?それか心の中を読む機能!とんでもないの貰ってるよ!」
………。
「多神さんそんな暇な神様じゃないでしょ。あーちが言いそうな事を察知しただけだって。それに、そんなヤバい機能付けられないから」
……んなわけあるかい。
そもそもそんな機能付けたら多神さんあーちへのストレスで死んじゃうよ。
「むーん…そうかなー」
あーちはまだ納得いかないという顔をしているが、それよりも……
「そんな事より最初から気になってたんだけど、何でお椀で牛乳飲んでるの?」
こっちの方が正直食べ始めた時から気になってしょうがなかった。
……コップ使えよ。
思わず冷ややかな眼差しを向けてしまったが仕方のないことだろう。
「え?コップに膜が付くの嫌だし、牛乳飲み終わった後に別の飲み物入れると油分が浮くから」
……目の前でお椀で牛乳飲まれる方が嫌だって気付いて?あーち?
なんやかんやあって朝食は終わり、私はお風呂掃除、洗濯、食器洗いをして、あーちの日本史が纏め終わるのをのんびり小説を読みながら待つことにした。
あ、お昼は炒飯にしよう。
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