斯くして人は女に溺れる
テスト期間だというのに相変わらず我が家では落ちこぼれ達が怪しい集会を行っていた。もっぱらの話題は僕と東條のこの間のデートの件である。メンツは同人誌に自信ニキ勘九郎君とデリヘラー恭弥とヤニカス圭介と僕の四人だ。他の面々はテスト勉強であったり、バイトだったりと何かしら用事があるらしく、三人しか来れなかったそうだ。僕としては毎日来てもらう必要はないのだが。
「お前は俺がデリ嬢とにゃんにゃんやってる間に一体全体東條と何をやっていた」
「あ、このバナナ食っていい?」
真剣に問いかける恭弥に対し、勘九郎君はどこまでもマイペースだった。圭介も黙々とモクモク煙を吐き出している。こんな風に表現する辺り、実は僕は洒落が好きなのかもしれない。
「食っても構わんが金を払え」
「ほいほい」
「ええい話を逸らすな! さっさと答えんかい!」
「何と言われても普通に買い物をして飯食って酒飲んだだけだ」
僕に隠す所などないので堂々と言い切った。そもそも、東條とは何かが起こりようがないだろう事をわからん恭弥でもないだろうに、一体どうしてこんなに気にしているんだ。
「本当か? 本当に何もなかったんか?」
「ないと言っているだろう」
未だ納得がいかないといった様子の恭弥に、圭介が確信を突く質問をする。
「何お前、東條の事好きなの?」
「ち、違わい! 俺が好きなのはもっとこう清楚な黒髪のだな、こう、いるだけで人を和やかにさせてくれるような――」
「さて本日も始まりましたラジオ童貞ミッドナイトのお時間です」
長くなりそうな恭弥の理想の女性像語りに圭介が鋭く切り込んだ。
「お相手はわたくし圭介と」
「仮想恋愛と同人誌に自信ニキ勘九郎です」
素晴らしく息のあったコンビネーションだった。流れるような会話運びに恭弥は二の句を告げないでいた。
ちなみに童貞ミッドナイトとは誰かが童貞臭い発言をした際に突発的に開催される、悲しい程にくだらないラジオ風番組である。
「さて、本日は特別ゲストをご招待しております。ゲストはこの方」
「僕だ」
いつものくだらないこの流れに僕も乗る事にした。その方が面白くなりそうだ。
「以上三名でお送り致します」
「だあああああ! 無視すんじゃねえ!」
「元気がいいね恭弥。何か良い事でもあったのかい?」
完全にモードに入った勘九郎君が恭弥をナチュラルに煽る。そこに痺れる憧れる……なんて事はない。余計にやかましくするだけだ。
「そもそもだ! なぜにお前は東條と二人きりでお出かけなぞする事になったのだ」
「普通に東條に誘われた。何か裏があるのかと戦々恐々としていたけど、普通に遊んだだけだった。服プレゼントし合ったり、お揃いのストラップ貰ったり」
僕がそう言うと、恭弥は「むごごご」とよくわからないうめき声をあげながら頭を抱えてくねくねとした。
「お前それ無意識にやってる?」と圭介。
「何が?」
「いや、なんかお前はもうそのままでいた方がよろしい」
「え、何? すごい気になるんだけど。勘九郎君わかる?」
「余計な事言うなよ勘九郎」
「はいなー」
「ちくしょうのろけやがって……っ!」恭弥はなぜだかものすごく悔しそうだった。「なぜだ! お前がこの中で一番春が来るのが遅いと思っていたのに!」
「そうかな? それなりに順当な所だろう? 俺的にはお前が最後だと思うぞ」と恭弥に向かって圭介が言った。
「なぜだ!」
「いやお前だって、なあ?」圭介は明言する事なく勘九郎君に同意を求めた。
「まあ。だって女遊びって一番女の子に嫌われるじゃん」
「そんなん知っとるわ!」
「じゃなんでやってるのさ?」
「それはお前、人肌恋しい時だってあるだろう」
「人肌恋しい時多すぎだろお前」と圭介。
「恭弥っていつからデリヘル狂いになったの?」
僕の発言はこの場の誰もが思っただろう素朴な疑問に違いない。
「俺だって最初からこうだったわけではない。ある時俺は長年想い続けていた子に告白をした。その子はとても穏やかな子で、可愛かったが、特段男子に人気のあるような子ではなかった。メガネをかけていて、肩甲骨くらいまであるロングヘアの子だった。そもそも俺がその子と出会ったのは中学生の委員会だったんだけど、ほら、よくあるだろ? 健康委員会とか学級委員長とか全員何かしらに入らないといけないやつ」
「あーあったあった。めっちゃ懐かしいな」と煙草を吸いながら圭介。
「俺とその子は図書委員会に属していた」
僕は思わず飲んでいた酒を吹き出してしまった。恭弥が図書委員会などというお淑やかな方々が集まる組織に属していたなど信じられないを通り越して笑ってしまう。
「なぜ笑う」
「いや、恭弥が図書委員とか笑える」
「馬鹿野郎! 当時中学生だった恭弥少年はそれはもうとても純粋で純真な子だったんだぞ!」
「嘘乙」
五本目のバナナの皮を剥きながら勘九郎君が言った。気付かぬ内に彼はもう四本のバナナを食していたようだ。一房あったバナナは一瞬にして彼の胃袋に収まってしまったようだ。こうして我が家の食料は消えていくのだ。
「嘘じゃねえわ! ふぅ。まあいい、なんとでも言え。とにかく、図書委員で一緒になった俺はその子と活動していく内にいつの間にかその子に惹かれていた。席替えの時なども長井と一緒になれと祈りながらくじを引いたものだ」
「あ、その子長井っていうのね」と僕。
「あ」恭弥は誤魔化すように酒を一口飲んだ。「そんな事はいいんだ。幸いな事に俺は中学三年間ずっと同じクラスだった。そして、可能な限り彼女と同じ委員会に属しようと、やりたくもない本の整理を一生懸命やっていたのだ」
「やっぱり図書委員やりたくなかったんじゃねえか」圭介はツッコむ。
「そりゃそうだ。誰が好き好んであんなインク臭い部屋に何時間も拘束されにゃならんのじゃ。しかし、俺はそんな事はおくびにも出さずに、彼女には俺本好きだからさーとかなんとか理由をつけて図書委員をやり続けた。彼女も本が好きだったから、ずっと図書委員をやっていたしな。放課後とかに一緒に片付けして一緒に帰るとか、そんなんで俺はすげー満足してたんだよ」
「うわ、めっちゃ純情じゃん!」勘九郎君は遂にバナナを完食してしまった。「ところでこのせんべい食っていい?」
「もう好きにしろ」
僕は諦めていた。彼の食欲を抑える事など土台不可能なのだ。僕は彼の気が済むまで我が家の食料を提供する事に決めた。幸い勘九郎君は食った分のお支払いはしっかりとしてくれる人間だ。
「まあそんなこんなで中学も受験シーズンを迎える訳だ」恭弥は話を続ける。
「告白はしなかったのか?」圭介は尋ねる。
「恭弥少年にそんな勇気はなかった……」
「チキン乙」
五枚目のせんべいをボリボリと食べながら勘九郎君が言った。彼は食べる量も量だが、スピードもとても早かった。
「やっかましい! それだけ高尚な恋心を俺は長井に抱いていたんだよ!」
「で? さっさと続きを話せよ」そろそろ飽きてきたのか、圭介は煙草に火をつけた。
「まあその、別れるのが嫌だった俺は長井と同じ高校を選んだ」
「ストーカーやんけ!」僕は思わずツッコんでしまった。
「バッカお前、当時の俺にそんな邪な思いはなかったんだよ。でな、無事彼女と同じ高校に入学出来た俺は俺なりに彼女とお近づきになろうと努力をしたんだが、そのどれもが失敗に終わったんだ」
「ちなみに努力って?」と圭介。
「勉強すげー頑張って学年一位取ったり、スポーツ大会でMVP取ったり、同じ部活入ったり、とにかくめっちゃやったんだよ」
「待て。お前それすごい遠回りだし、最後に至ってはまたストーカーじゃねえか」と圭介。
「というか、恭弥の無駄に高いスペックはその時の名残なのか」と僕。
恭弥は残念な事にデリヘル狂いだが、運動も出来るし勉強も出来るし、見た目にもそれなりに気を使っているのでスペックだけは高いのだ。
「恭弥君女の子にモテるのに、なんで告白断るのさ」
勘九郎君はいつの間にかせんべいを一人で一袋完食していた。凄まじい早さである。
「そこが俺の甘酸っぱい初恋に繋がるのだ」
「話長えんだよ」
圭介は本格的に飽きてきたらしい。とても投げやりな口調だった。
「ちゃんと聞いてくりよ~けーいちゃん?」
「うるせえくたばれ」
しなだれかかる恭弥を鬱陶しそうに払いながら圭介は煙草をふかす。
「はよう話せ」
いい加減僕も飽きてきていた。さして好きでもない煙草を吸い始める程には。前置きが長すぎるのだ。そもそもなぜに恭弥がデリヘル狂いになったのかを聞いただけだというのに、なんで彼の初恋トークに付き合わねばならんのだ。
「皆冷たいのぉ」
「簡潔に話せ、簡潔に」煙を吐き出しながら言う。
「しゃあないのお、卒業式の日に俺は告白をする事を決意したんだよ」
「フラれたんか」と圭介。
「んにゃ、もっと酷い。式が終わり、ふらりと姿を消した長井の姿を追っていくと、彼女は校舎裏の人目から離れた場所にいた」
「ストーカー乙」
勘九郎君の発言に反応するでもなく、恭弥は苦渋に満ちた表情でその後の展開をポツリポツリと語りだした。
「彼女は男と濃厚なキスをしていた……。しかも、相手はいけ好かないクソ野郎だった」
「あー。そりゃご愁傷様だ」と圭介。
「あの野郎は何人もの女に手を出してるだかっていう噂があるようなクソ野郎だったんだ……。今思い出しても胸くそ悪い。ありゃ絶対に長井も騙されてた」
「彼女はその事を知ってて付き合っていたのではないのか?」と僕。
「わかんねぇ。ショック過ぎて、あの日俺は全力でチャリを漕いで帰った。そして、大学入学直前までずっと家で落ち込んでた」
「可哀想に」と勘九郎君。
「だが、ある時俺は気がついたらホテルで女と寝てた」
「は?」
何がどうなってそうなったのだ。事の成り行きが飛躍しすぎている。そうした僕の想いを圭介が代弁してくれた。
「待て待て。なんでそうなった」
「俺にもわかんねえ。ばあちゃん達から入学祝い金貰って、なぜか俺はデリヘルに電話をかけていた。今にしてみればあん時の兄ちゃん俺が初めてだと思って相当ふっかけてきやがった。八万はおかしい。どこの高級風俗だよって話だ」
「いやそんな値段はどうでもいいんだが、なんでそこでデリヘルが出てくる」
圭介の疑問はもっともである。僕も勘九郎君も間違いなく同じ疑問を抱いている。
「誰かに慰めてもらいたかったんだろうな。しかしだからといって親や友人に話すわけにもいかず。人肌恋しかったし、女に慰めてもらいたかったのだ」
「それが切っ掛けでお前はデリヘルにハマってしまったのか」と圭介。
「まあ、そうだな」
「恭弥よく女の子に告られるんだからさ、誰かと付き合おうとかは思わないの?」
勘九郎君が至極当然な質問をした。僕も度々疑問に思っていたのだ。なぜ恭弥は特定の誰かと付き合うという事をしないのかと。
「裏切られるのが怖い」
「完全にトラウマになっとるやんけ」
僕は思わず言ってしまった。
「うむ。寝取られたりなんだりってのが恐ろしすぎるのだ。その点商売女は割り切ってるから最初から裏切りの心配がない。それが良いのだ」
「自分の魅力で女を繋ぎ止めておく自信の無い男のセリフだな」
ここで圭介の神の左ストレートが炸裂した。恭弥はダウン寸前だった。
「じゃかあしゃい! 悲しくなる事言うのいくない!」
気が付くと、時刻は深夜二時を回っていた。明日は一限からテストがあるというのに、このままでは復習はおろか十分な睡眠すらとれないままにテストを受けるハメになってしまう。ただでさえ墜落寸前なのだ、これ以上単位は落としたくない。
「そろそろお開きにしよう。僕らは明日テストだ」
僕の提案を受けて恭弥以外の面々はおとなしく帰宅の準備を始めてくれた。泊まりで話すとか言い出さなくて本当に助かった。
恭弥にしても、今度真剣に話に付き合うという事でなんとかお帰りいただいた。果たしてそんな日が来る事があるのかはわからないが。
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