僕らの1LDK大学生活

山城京(yamasiro kei)

斯くも怪しきは百鬼夜行の始まり


「せっかくの夏なのだから海へ行こう」

 大学二年生の貴重な夏の昼間から僕の家で酒盛りをしている芳しい大学メンバーの六人の内の一人、デリヘル狂いのきょうこと、たちばな恭弥は唐突にそう言った。


「いいけど車誰出すん? 免許持ってんの一人しかおらんやんけ」

 そう言ったのはギャンブル狂いのしゅうりっち、もとい三井みつい秀一しゅういちだった。


 彼は関西弁もどきの言葉を話しているが、僕と同じ生粋の道産子である。パチ屋でよく絡まれるからという理由で髪を頭の悪そうな金髪に染めているが、どう考えてもそれが原因で絡まれているとしか思えない。眉毛だけ真っ黒なのも拍車をかけているように思う。


「その一人は教習所で逆走する男というね」

 半笑いになりながら言うこの男の名は酒井さかい結城ゆうき。彼はその名の通り大層な大酒飲みだった。彼の手には今もウィスキーのビンが握られている。彼の頭の中には酒を何かで割るという概念が存在しないようで、常にストレートでがぶ飲みしていた。


「あれは笑ったよな。教習所の人なんて言ったんだっけ?」

 と、大酒飲み結城に話しを振る畑谷はたや圭介けいすけ。彼はヤニカスだった。圭介はどこに行っても煙草の煙をモクモクと撒き散らしている。そしてそれは大学メンバーの集会所とかしている我が家にも及び、僕は煙草を吸わないというのに部屋干ししてある衣類に臭いが移ってしまったらしく、この間知人から煙草を吸い始めたのかと問われてしまった。


「酒井君酒井君! 逆走してる逆走してる! 戻って! 事故っちゃう!」ハンドルを握る振りをしながら話す結城。「教習所の人めっちゃ焦ってるけど俺、あ、そうすか、みたいな感じでね。それで単位落として無駄に金払って補習受けさせられたわ」


 その話しを聞きケタケタと笑っている鈴井勘九郎すずいかんくろう君。彼は非常にガッチリとしたプロレス体型であり、その見た目に違わぬ食欲と意地汚さを誇っているがこの中では比較的常識人だった。しかしながら残念な事に彼は同人誌に自信ニキである。彼にその手の話題を振ると、喜々として説明してくれるので僕らは自然とそういった方面の話題にも明るかった。


「海でバーベキューやりたいわ」

 勘九郎君、その意見にはまったくもって僕も同意だけど、運転手が逆走結城しかいないという時点でいつものようになあなあで流れていくんですよ。やれやれ、僕は溜息を吐いた。


「あーいいね、バーベキュー絶対楽しいべ」

 ヤニカス圭介に続いて続々と同意の声が挙がっていく。

「そんなんより水着姿のきれーなねーちゃんが見たいわ」

 同意の流れを断ち切ってそんな事を言うのはデリヘル狂いの恭弥しかいなかった。

「あのねえ、水着って意外と大変なんだよ? 君達はもう少し海に行ったら水着を着ないといけない女子の気持ちを考えるべきだよ」


 と言ったのは今まで黙々と酒を飲んでいた紅一点の東條とうじょうだった。彼女はその名に恥じない可愛らしい見た目をしているが、その実人間のクズを寄せ集めたこのような地獄に生息し得るだけの毒を孕んでいる。というよりも蠱毒の女王である。


 その気もないのに男を誑かし、散々貢がせた挙句「ごめんね、そんなつもりはなかったの」を女の子に耐性の無い男が集まるサークルで行い、数多のサークルを崩壊に導いてきたサークルクラッシャーの異名を持つ彼女はいわゆる女に嫌われる女だった。


 彼女はわざとそうした事を行い、哀れにも崩壊していくサークルを眺めるのが趣味らしい。悪趣味ここに極まれりである。


「え、なんで?」

 と純真な勘九郎君。やめろ、東條の話しなんて耳にしてはいけない。彼女の話しを聞いてしまったが最後、僕らは女の子に対して抱いている少なからずのアイドル的幻想をぶち壊してしまう事になるんだ。


「女の子だって毛の濃い子はいるんだよね。でも、男の子って露出の多い水着が好きじゃない?」


 そこまで聞いてこの中で最も女の子に対して幻想を抱いていないデリヘル狂いの恭弥が止めに入った。彼はこれから東條が何を言おうとしているのかわかってしまったのだろう。


「あー。やめた方がいいぞ勘九郎、またろくでもない話だ」

「なんでさ? 気になるじゃん。聞かせてよ」


 哀れ勘九郎君。彼は蠱毒の女王が張り巡らせた蜘蛛の巣に引っかかってしまった。かくいう僕もその一人である事に涙が止まらない。


「ビキニラインってあるじゃない? そこのお毛々の処理なんだけど、抜くにしても剃るにしてもやった後ってヒリヒリするじゃない? その状態で海に入っちゃうと……」


 そこまで聞いた圭介と結城はゲラゲラと笑い転げた。この二人は僕らの中でも特にゲラといえる程に笑い上戸だった。不覚にも僕も笑ってしまった。しかし、笑うのはいいのだけど、テーブルに酒と煙草の灰をこぼすのはやめていただきたい。君らが帰った後に掃除するのは誰だと思っているんだ。


「ほれみた事か。聞く必要のないろくでもない話だった」

 恭弥は笑いながらもまた一つ女の子の現実を知ってしまい、幻想の世界から弾き出された同人誌に自信ニキ勘九郎君を慰めていた。

「まあまあええやんけ。勘九郎も女の現実をまた知れたやろ。幻想なんて打ち砕かれるもんなんだよ」

「いや、まあそうだけどさ……笑えたけど聞きたくなかった」


 幻想を打ち砕かれた勘九郎君を蠱毒の女王東條は面白そうに眺めながら酒を煽っていた。全く、なんて女なのか。僕も彼女のせいで少なからず女の子に対する幻想が砕かれてしまった。


 これ以上酒を飲む気になれなかった僕は甘酒をたしなみながらどうしてこのような地獄絵図を作成するに至ってしまったのかを思い出す。


 そもそもの始まりは僕が一年生の時に同期の懇親会という名目の、建前上酒の無い飲み会で大酒飲み結城に出会ってしまった事に端を発する。


 当時の僕は、大学生活というものはお互いを高め合う事の出来る友人達と切磋琢磨していき、その過程で美しい思い出を数多く築いていくものだと考えていた。そのため、僕は足の引っ張り合いになりそうな人間とは馴れ合いになりたくないと考え、入学初日からアンニュイな表情をして常に睡眠不足を装っていた。私生活が充実していて、寝る間を惜しんで行動している事をアピールしたかったのだ。


 入学当初で、まだコミュニティが築かれていない状態では、僕もよく遊びに行かないかと声をかけられた。しかし僕は、例のアピールの一環ですぐに何も予定の書かれていないスケージュール帳を取り出し、ボールペンを片手にどこどこの日にちならなんとか行けるなどというふざけた事をのたまい、そんなに忙しいなら無理しなくても大丈夫だよとフラレてしまう事数回、気が付けば僕は大学で浮いていた。


 事ここに至って流石にマズイと考え始めた僕は、一念発起して懇親会に参加したのだ。変人として認識されつつある僕という存在を正しい形で皆にアピールし、あわよくばその場のノリで遊びに誘ってもらおうなどと考えていたのだ。


 しかしながら悲しい事に、懇親会とは名ばかりで、すでに形成されつつあったコミュニティの仲をより一層深める目的があったという事を僕は後になって知った。


 そのような状況で、もちろん声などかかってくるはずもなく、僕は隅の方でチビチビとオレンジジュースを舐めながら、何も書かれていないスケージュール帳を眺めている振りをしていた。


 早く終わらないかと時計をチラチラと眺めていると、酒臭い息を撒き散らしながら一人の男が僕の前に現れた。彼はおもむろに僕の隣に腰を下ろすと、僕に向かって手を差し出してきた。


 この男は何をしているのだろうと突然現れた男の対処に困りながら挙動不審にしていると「握手だよ」と言って僕の手を力強く握った。そう、この男こそが佐々木結城だった。


 彼はヘラヘラと締りのない笑みを浮かべながら僕に声をかけた理由を、聞いてもいないのにペラペラと話し始めた。曰く、人文学部に面白い人間がいるらしいと聞いた。やたら時間が足りないアピールをしたり、スケジュール帳を確認したりする奴で、口癖は眠いっていう奴がいると。あだ名は手帳マン。


 なんて変わった人間がいるのだろうか。もしそんな人間がいるのならこの目で見てみたいものだ。彼の言う通り、相当面白い人間なのだろう。


「お前の事だよ」


 なるほど、確かに言われてみれば僕はそうした行動を取っていたように思う。しかしいくらなんでも手帳マンは酷いと思う。そんなに手帳を眺めていた記憶は無い。


「そうすると、君は僕をおちょくりに来たのかい?」

「いやいや、面白い奴だって聞いたから友達になりたくてさ」


 僕の中には一つの迷いがあった。ここで彼と友人になってしまうと僕は当初予定していた爽やかで充実した青春色の大学生活を送る事が出来なくなってしまうのではないかと。


 この、見るからに軽薄そうな男は僕の足を引っ張りそうだ。よし、断ろう。そう思ったのだが、いつの間にか僕の口は「よろしく」と言っていた。やはりぼっちは辛かったのだろう。田舎から札幌を訪れた僕には大学内に友人がいなかったのだ。


 それからはあれよあれよと僕の周囲にろくでもない人間達が集まってきた。最初に結城の友人だった圭介。次に秀一、恭弥、勘九郎君と気が付けば僕は男の園にいた。


 大学から歩いて三分という場所に位置する我が家は彼らにとってすこぶる居心地が良かったらしく、常に誰かしらが僕の陣地を犯していた。彼らと付き合うようになってからというもの我が家の光熱費は跳ね上がった。それもそのはず彼らは平然とここが我が家であると言わんばかりの堂々さをもって風呂に入り、冷蔵庫の中身を貪るのだ。


 ところで、僕は結城程酒を飲まない。従って、ツマミに関する造詣も深くない。だが、スルメを炙るのにコンロの火を強にする必要はないと僕は思うのだが、その辺どうなのだろうか。後、人の家にデリヘルを呼ぶのはやめていただきたい。本当に。


 そうした日々を半年程過ごした頃だろうか。遂にというか、やっとというか僕も女性との関わりが出来た。講義のプリントのコピーをとらせてあげたのが切っ掛けで話しをするようになった子がいたのだ。


 その女性は人との距離が近いらしく、常に僕と彼女の距離は、ともすればすぐにでも手が触れてしまう程の近距離だった。そのせいか、彼女は僕に常に甘い匂いを振りまいていたし、いたずらっぽく微笑むその表情は非常に愛らしかった。


 彼女は僕と並んで歩いていても非常によく声をかけられた。相手は主に男性だった。小太りで、アニメのTシャツを着た方が多かった。失礼ながら、あまり女性にモテるようには見えない層だ。


 彼女はそんな彼らに「あ! ○○君、昨日言ってたアニメ見たよ! 主人公の子可愛いよね!」などと心の中では全く思っていないだろう事をのたまい、彼らと談笑していた。


 ここまで言えばもうおわかりだろう。この女こそが悪名高き東條美優だった。


 なぜ東條美優などという悪女すらも裸足で逃げ出す女郎蜘蛛の接近を許してしまったのかというと、それは一重に彼女の愛らしさによる所が大きいだろう。誠に遺憾ながら、この女は黙っていれば可憐な少女にしか見えないのだ。年齢よりも幼く見えがちな、それでいて凶悪なボディを誇る彼女の前では、経験の無い男などノックアウトされて然るべきなのだ。かくいう僕もその一人である。付け加えて、この時の東條は今日叫ばれて久しいサークルクラッシャーの異名を持っていなかったのだ。彼女曰く、この当時は下ごしらえの時期だったらしい。


 とにかく、東條美優という女からサークルクラッシャーというレッテルを剥がして見ると、そこには東條美優という可憐な少女しか残らないのだ。そんな彼女に優しく微笑まれてごらんなさい、これは堕ちても仕方ないと言わざるを得ない。


 かくして揃ってしまった地獄の釜に油を注いで喜びはしゃぐメンツ。デリヘルを愛し、デリヘルに命を注ぐデリヘラー恭弥、パンチの効いた風貌でパチ屋列伝に新たな一ページを刻み続ける秀一、酒瓶片手に歩いた道々にヘンゼルとグレーテルよろしくゲロを撒き散らす結城、見上げた空にはほら、ヤニのシャンデリアさ、アイラブユートゥナイトヤニが吸えればいいね、圭介、女性にアイドル像を抱き続け、わかりやすい同人誌の解説に自信ニキ勘九郎君、あたしの歩く道には夢破れた男達の屍、サークル絶対壊すウーマン東條。


 正気の沙汰ではない。しかしどういうわけか普通であるはずの僕はいつの間にかこの百鬼夜行の仲間入りを果たしていたのだ。誠に遺憾ながら。


 僕はどこで道を踏み間違えてしまったのだろうか、どなたか教えてください。

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