第23話 誰かの為の戯言を
「悪役令嬢ってジャンルをご存知か?」
「悪役令嬢?」
突然、何だ?
「一度した話だと思うけど? 詳しくはないけど、ヒロインの邪魔をするご令嬢の総称、と答えれば満足?」
「正解。君の時代では物語の主人公として流行っているみたいだね」
「ああ。らしいですね。詳しくはないですが、そんな話も流行っているとか、いないとか」
余りその手の話は読まないもので、今では恐らくリュウよりも疎いことだろう。
「俺は君が悪役令嬢だと思っている」
「それはお聞きしました。悪かったですね、可憐でもない女が己の運命に抗うように右往左往してなくて」
「おや、根に持ってる?」
「それとなくは」
可憐な少女の所で躓いている訳だからな。
「失礼。撤回するよ」
「結構ですよ。事実ですし。気にする方がどうかしている」
「おやおや、拗ねてしまったかい?」
「……私が拗ねたらこんなもんじゃないけど。凄く面倒くさくて、凄いネガティブな事しか考えないし」
「成る程、君のフィアンセになった時様に覚えておくよ」
「ならば、永遠に忘れてもらっても結構ですよ。で、その悪役令嬢がどうしたんだ?」
私が首を傾げると、リュウはうーんと小さく唸る。
「何か問題でも?」
「いや、これはただの戯言だと思って聞いてほしいんだが……。もし、この現実が物語だとしたら、明らかにこれは悪役令嬢のジャンルに区分される物語だ」
「……は?」
「そんな可哀想なものを見る目はやめてくれ」
目は口よりも物を言うからな。
仕方がないじゃないか。
「何を言ってるか理解に苦しむ。何だ? 悪役令嬢ものにカウントされるって、まさか私が主人公だとでも言いたいのか?」
アホらしい。
人生と言う物語を一人一人が主人公として歩いていると言う話ならわかるが、何故一人ピックアップ性について私がなるんだ。
「まあ、そうなんだけどね」
「冗談が過ぎる。んなわけないだろ。私を主人公とした所で華も無ければ、ドラマもないじゃないか。いい? 主人公と言うならば、アリス様と言う絶対的な方がおられるだろ?」
「君の着目点は毎回不時着だな」
「上手いこと言ってるつもりか? 笑えないな」
「愛する人には常に笑顔でいて欲しいのに、中々叶わない物だね。確かに、君には華はないがドラマチックな処は多々あると思うけど。それに、少しだけ気に掛かっていてね」
「何か?」
「あの騎士殿が君を模して作られた悪役令嬢を怪しんでいると言っていただろ?」
「ええ。私は、現時点ではなんとも言えないと思ってるけどね。フィンはそう睨んでるみたい」
「嗜めたんたんだろ?」
「勿論。可能性はあっても、それが答えではないから。怪しんでいるなら、情報もない現時点でピックアップは悪手過ぎる。怪しむのならば、全方面怪しむべきだ。でないと、私達は重要な事を必ず取りこぼす」
「君らしいな」
「一般論よ」
だってそうだろ。
人間、一つの事に集中してしまえばそれしか見えなくなる事の方が多い。
「だからこそ、あの時代に私は学園長を見落としていた。決めつけていた。たかが睡眠薬を飲んだふりをしていただけの、あの老人を。もっと早く気づければ、誰も死ななかったかもしれないのに」
あの過ちは、私の中で大きなシコリとなって残っている。
気付けたはずなのだ。
ヒントは至る所に散らばっていた。
分かりやすすぎたぐらいだ。だが、余りにも明け透けで、被害者の一人になったあのクソ野郎を、私は自分の固定概念というクソから外しきれなかった。
もし、外していれば……。
「あの子には同じ踵を踏ませないわ」
「強いな。そう言うところが主人公だよ、君は」
「はぁ? それとこれとは話が別じゃない?」
「まあまあ。僅かではあるが、王道を踏んでる箇所もあるんだよ。例えば、王子との接触を避けるとか」
「あれで喜んで接触してたら、ただのマゾヒストでしょ? どんな人間でもあれだけされたら避けるに決まってる」
それにあの接触を避けていた理由は、王子とアリス様をと言う物ではない。
ただ、普通に本心で。
「無理だなって思ったからよ。人として、話を聞かない人は生理的に」
非生産的な時間は好きじゃない。
誰だってそうだろ?
「逆ハーレムを作ってたのは?」
「できた記憶がないのだけど?」
「俺がいるじゃないか」
「ははは。チンケなハーレムだな。ハーレムの名が泣くぞ?」
「最後は王子でさえ君に求婚した」
「元々婚約者だ。ノーカウントだろ、あれは」
「認めないね」
「認める部分がないだけさ。で、それだけで私が主人公の悪役令嬢物語が繰り広げられていると?」
アホらしい。
「だから言っただろ? 戯言だと思って聞いて欲しいんだ」
「時間の無駄ではなくて?」
「君の計画の刺激になると思うけど?」
「ほぅ? どんな下らなさかお聞きしましょうか?」
「喜んで。先程言った話はひとまず置いて、君が主人公に向かないのは俺も予々承知だ。ドラマチックで言えば十分だけどね。けど、今回はそんな話じゃない」
「では、どんな話かしら?」
「物語としてだ。いいかい? 物語と言うのは、如何なる時も主人公を主軸にして動くものだ。君達の時代には群像劇と言う物もあるが、あれは一つ一つの要点に主人公たる中心がいるんだ。では、この世界は、いや。俺たちがいるこの世界はどうだろうか? 俺は思う。全てが君を中心にして回っていると。あの時代もだ。最初の君の転生時も、君がトラックにはねられると言う事故にあった所から始まった」
「でも、それは学園長の御子息もギヌスも同じでは?」
「君が元上司に押し出されられなかったら、彼等もまた事故にあわなかっただろ?」
「それは、そうだけど……」
確かに、あの二人は巻き込まれている。
私がいなければ、いや。私がもし数分、会場を出るのが早ければ、遅ければ。彼らは事故に巻き込まれることも無かっただろう。
「君が、中心でこの世界が回っている」
「いや、しかし、それは流石に言い過ぎでは? 例えば、アリス様はどうか? あの方を中心とは考えられない?」
「ほう? と、言うと?」
「あの次元の主軸も、元々は彼女のものだっただろ? 私は、ただそれを阻害したに過ぎない」
「そうなんだ。そこなんだよ、ローラ。君は、確かに勇ましい聖獣の様に彼女を身を挺して守ってきた」
「誰が獣だ」
「敬意を込めて聖を付けたつもりだけどね。話は戻すが、君の解釈は間違いだと俺は言い切れる」
「その根拠は?」
「君も考えている事だろ?」
「……」
考えている、か。
まったく。どいつもこいつも、勝手に人の脳内を仮定しやがって。
読まれる方は随分と不愉快だ。
「否定はしないのかい?」
「否定、出来ないからね。そうね、私のせいだわ」
私はリュウの前に座る。
「私がトラックに轢かれなきゃ、恐らく学園長の御子息は存在しなかった。ギヌスも産まれない。私も居ない。よって、事件は起きないし、起きた所でアリス様が操られてても王子とご婚約をされるだけの話になる。まあ、裏で操るのは学園長だろうけど、それが酷い世界になったかは怪しいわね。彼の目的は、息子の仇だ。私と言う邪魔とギヌスと言う剣を手に入れた事により、貴族を巻き込んだ話になったが、私とギヌスがいなければ話の終着点は王子の暗殺ぐらいでしょ? 私が居なければ、いや。私があの事故に遭わなければ、物語は実にスマートかつスムーズに幕を閉じていた」
「言い切るね」
「私が学園長なら、アリス様の出生を明かして彼女を操って裏から手を回し続けるのを選ぶし、それ以外を選択する奴はただの馬鹿よ。悔しいけど、あの男は馬鹿では無かったから」
「成る程。さて。以上の観点から、俺は君が主人公だと思っている」
「……私は違うと思うけど?」
「戯言だからね。食い違うさ。そして、俺は思う。今回の主人公も、君ではないか? と」
「……嫌な話だな。戯言でも、とても尺触る」
「君らしい。でも、君が主人公なら何故こんな世界に俺たちがいるのか」
「前回も私が主人公だったけど、意味なんてなかったんじゃない? 結局は死んだし」
「それでも、君の死によって世界は正常に動き始めた」
セーラの、最後の言葉。
「そう、彼女は言ったのだろ?」
「……ええ。確かに」
「ならば、前回の君の役割は、君の痕跡を消すことだった。君と言う原因から起きたイレギュラーの存在を、消して正常な歴史に戻すことが」
「結果論だ。誰も正常な歴史なんてわかんないでしょ?」
「でも、俺はそう思わざる得ない」
「……頭、大丈夫? 誰が正しい歴史なんて証明できるの?」
私が肩を竦めれば、リュウは薄く笑う。
「証明? それは、未来だろうね」
「未来?」
「まあ、戯言さ。そんなにも真剣に考え込まないでくれ」
「貴方が言い出したんでしょ?」
「そうだけども、本題はここじゃない」
「と言うと?」
「仮に前回の役割が世界を正常に戻す事だとする」
「ええ、仮にね。仮に」
「そう。仮にだ。と、なると、今回の君の果たさなきゃ行けない役得とは何だろうか?」
私の、役割。
「今回も、正常でしょ? 元の世界に全員を戻す。それが私の役割だ」
そうだ。
それが、私の目的であり、すべき事。
「本当に?」
リュウは私の頬を指でなぞる。
「君は、立派な悪役令嬢だよ。矢張り君こそが、この世界の主人公だ」
「……まだ、構想の段階だ。下手な勘ぐりは辞めてくれ」
「ははは。言ったじゃないか、戯言だと」
「では、その戯言はもう終わりよ。これ以上聞いても不愉快だ。時間の無駄にしかならない」
「そうだね。で、これからどうするの? 俺はそろそろ頃合いだと思うけど? そろそろ、俺は魔法の中身を知りたい」
私は深いため息を吐く。
まったく。
「同意見よ。リュウに見せてやるわ。魔法の正体とやらをね」
「楽しみにしているよ」
他人事だと思って。
まったく。私の友人も困った物だ。
はぁ。
本日何回目かのため息が口から漏れる。
あの夜の下らない戯言に耳を傾けるものだから、頭に残って仕方がない。
「ローラ、待ってくれ!」
「お話は終わりました。これ以上話すことは無い」
「僕にある!」
そう言って、王子が私の手を掴もうとした時だ。
「おい、汚い手で彼女に触るな」
その手を止める白百合の手が伸びる。
「フィン」
「ローラ様、大丈夫ですか?」
「ええ」
「ローラっ! 君とはまだ話が……っ!」
「話?」
「気にしなくていいわよ、フィン。行きましょう」
「……はい。これ以上ローラ様に迷惑をかけるなよ。次は、止めるだけじゃなくその手を切り落としてやるからな」
「では、王子。失礼致します」
フィンは私を王子から庇う様に肩を抱き歩き出す。
意外だな。
こんな才があるだなんて。
「ローラ様、大丈夫でしたか?」
「ええ。変なものに絡まれただけよ。まったく、タクトの幽霊を見たと喚くと思えば……」
「タクトの?」
フィンが眉を動かす。
「ええ。恐らく、自責の念に駆られた妄想ね。私に罪の告白をしたものだから、勝手に亡霊を作り上げて騒いで、無様ね」
「そう、ですか」
「それよりも、貴女の方はどう?」
「何も変わりなく、順調ですよ」
「それは良かった」
此方も、動かねばならない、か。
「ただ、一つ」
「何か?」
「アスランが魔法騎士の偵察に向かいました」
「アスランが?」
何故、アスランが?
「止めたのですが、どうも騎士団長として気にかかるらしく、恐らく行動していることでしょう」
「聖騎士団長も大変ね」
「申し訳ないです。今の私では、彼を止める事が出来ない」
「……いいのよ。謝らなくて。ただ、アスラン一人では随分と不安ね。彼らがどんなものか予想が付かないもの。そろそろ頃合いだと思っていたわ。フィン、アスランの補助に今から回れる?」
「私も、ですか?」
「ええ。そろそろ私達も動き出さねばと思っていたのよ」
もし、私が物語の主人公であるのらば。
「……今から追いつくかは分かりませんが」
なんて、酷い滑稽な喜劇の主人公なのだろうか。
「最悪、アスランを保護できる様に立ち回ってくれればいいわ。その代わり、アスランが持ってきた情報は必ず一速く私の元に」
なんて、最悪でクソの様な物語を紡ぐ主人公なのだろうか。
「わかりました。必ず」
「フィン」
希望を絶望を、混沌させる、悪しき悪魔の様な。
「何か?」
「貴女は、大丈夫?」
厚顔無恥でいられれば、幸せなのに。
それでも、私は気付いてしまう。
馬鹿のフリも、鈍感なフリも、どうしても出来ない。
出来るのは、私の愛した人達の幸せを願う事ばかり。
「……何がですか?」
「いいえ、何も。気を付けてね」
曖昧な笑顔のまま、私は彼女を見送る事しか出来なかった。
どうか、どうか。
この物語の幕引きが、血塗られた物でありますように。
次回更新は12/17を予定しています。お楽しみに!
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