第53話

「でもま中身はおじさんおばさんの言い争いとかどちらかと言えばしょうもねえな」

「ジュンヤ様! ようやくおいでなされましたか!? これはこれは、お見苦しいところをお見せしました」


むき出しだった敵意はどこへやら、その少年を認めたアキラは駆け寄ってこうべを垂れる。

少年、だ。おそらくまだ二十歳を超えてはいないだろう。

簡素な服装で顔には幼さが残っているが、赤茶のショートヘアが印象的だ。

身なりは七分丈なシャツにカジュアルなズボン。

これといって手荷物は無く、ラフな格好をしている。


「聞いてくだされジュンヤ様。あちらの者たちが我々の総意を無視するのです。このままではワタクシ、王都に戻れませぬ」

「あーあーあー、あんたらの主張は耳が痛いんだよ。アキラだったよな?」

「そうでございます」

「道中でもずっと言ってたが、俺はあんたらの目的に興味は無い」


ジュンヤはそう断言した。


「邪険に扱わないでくださいませジュンヤ様。我々人類の存亡がかかっております。是が非でもメア様を連れていかねばなりません」

「そう心配しなくたって、魔王は俺が倒しに行くって話でまとまっただろ。それでいいじゃねえか」

「ですがトモキ様の前例がありますので。我々としても出来る手は全て打たねばなりません」

「だからって、メアって……あの子供なんだろ?」


ジュンヤがメアを一瞥する。


「そうでございます。我々の希望!」

「それは聞いちゃいるが……あれで親元から引き離すとか勝手すぎだろ。ハルがいたら大激怒するぞ」

「だからこそでございます。王都にて教育を施し、将来立派な勇者となってもらうのです」

「……だから知らねえよ王都の都合なんて。腑に落ちねえ。先代だってこの村で育ったんだろ?」

「左様でしょう。だから、トモキ様はあと一歩届かなかった。ですから、何度でも申し上げましょう。メア様には然るべき時がやってくるまで、然るべき教育を受けていただくのです。我々がメア様に更なる力を、可能性を与えるのです」


アキラは興奮した様子で述べる。

対して、ジュンヤは対応するのが嫌そうなのが表情に出ていた。


「とにかく、俺は人さらいなんて興味ねえ。ただ、面白そうなヤツがいるなって驚いて来てみただけだ。どいてろ」


アキラの脇を通り過ぎ、ジュンヤは俺たちの前まで歩いてきた。

背後でチヨが息を呑むのが伝わってくる。


「なあおっさん……合ってるよな? あれ、随分な魔力だったはずだが?」


何故かジュンヤは困惑気味にこちらに訊ねてくるが、こちらとしても当然要領の得ない質問だった。


「……ジュンヤとか言ったな。お前さんも俺たちに用があるのか?」

「まあ、やりあってみりゃ分かる事か。おっさん、俺と勝負しろ」


少年は不敵に笑った。


「理由が必要ってんなら、じゃあ、俺がそこのメアって子を連れていくぞ」

「はあ? さっき興味無いって言い放ってたじゃねえか」

「別に今も興味はないね。王都が何と言おうと、俺は俺のしたいようにやるだけだ。で、おっさんと戦える理由になるってんなら、利用するだけだね。それでどうすんよ? 黙って引き下がってメアを引き渡すか、俺とやりあうかだ」


こんのガキがー! いきなり来て話を振り回しやがって。

ふたりの関係性がはっきりしないが、アキラのへりくだった態度や先の会話からして、目的が一致しているわけではない。

ジュンヤという少年が何を思って俺との対決を所望なのかも理解が追い付かないが、少なくともこいつは俺と戦えれば満足のようだ。

……そのくらいは安いんじゃね? やってやるよああ!


「ケンジさん、分が悪いです。その人は……」


俺はチヨの静止を背を向けたまま手を軽く上げて止める。


「大丈夫だチヨさん。……要はケンカがしたいってのか? ああ適当に相手してやるよ。だからメアは連れてかせねえ」

「よっしゃ! でも手抜きでも困るんだよな。じゃあ、おっさんが勝ったらおっさんの言うことをひとつ聞いてやるよ。負けたら俺の言うことを聞いてもらうって感じで」

「ほう。俺の要望としては、メアが連れていかれるのを阻止出来るなら、それでいい。ただし、お前も協力してもらう」

「ああ、面倒はご免だが、王都とそこの神官にお小言を唱えるぐらいはしていいぜ。もし俺が勝ったら……特に考えがねえな。おっさん、後で決めさせ――」

「ジュンヤー! ひとりで先に行くんじゃないわよこのバカー!」


ジュンヤの話は最後まで至らずに新たにやってきた少女によって遮られた。

半袖やショートパンツから伸びる四肢が細くすらっとしたいでたち。

しかし、女の子らしさが要所に現れている。

そして目立つのが長い金髪のツインテールだ。そんなヤツこの村には誰ひとりとしていなかったぞ!? 今はそんな場合じゃないけど嬉しくなった。

すごいマンガの世界じゃん! いや元の世界にもあり得たけど、この女の子は調和がとれているのだ。

それと、黒いマントに覆われた人間が背負われているのがかろうじて見える。遠巻きに正面からでは詳細が分からないが、足が見え隠れしていた。


「何も言わずに先行するなって自分がしょっちゅう言うくせに、いざそうなったらアンタが突貫してくなんて自己中心的なのは納得出来ないわ。それに相手がいきなり食って掛かってきたらどうするわけよ? いやアンタが簡単に負けるとかそんなのあり得ないけどね? いやね心配してるわけじゃないの。ただそうなったらアタシがモヤっとするというか、ほら最後まで見届けるって決めてるのだし? さくっと死なれるのもこちらとしては心の準備とか色々あったりね? アヤノも残念がるでしょうからね?」


とりあえずジュンヤを責めているような、心配しているような止め処ないいちゃもんに、俺たちは盛大に肩透かしを食らった。


「……なぁ少年、あれ、お前のツレでいいんだな?」

「……少年て俺の事か。俺はジュンヤだ。なんか、わりい」

「いや……青春、しろよ」


メアが、


「おねーちゃん、かみきれいっ!」


とはしゃぐ声を背に、とりあえず俺はサムズアップしておいた。

ただ心の奥底では思っている。リアジュウシスベシ、と。


「ッ!?」


唐突にジュンヤがその場から飛び退いた。俺は何が何だかわからずにその場から動かずにジュンヤを目で追ったが、それから特に何か起こることはなかった。

ただ、こちらを警戒したジュンヤと視線が交錯しただけだ。

目がマジだった。突然何故?


「いきなり仕掛けてくるのかと思ったぜおっさん。話の続きだが、殺すってのは目覚めが悪いんだ。負けを認めるか、倒れるまででいいか?」


殺すという言葉に俺の鼓動が早まったが、どうやらジュンヤにはそのような意思が無いらしい。

だが俺は違う。殺す。

このしばらくの期間に頭から排除していた思考へと埋没する。

向かい合うこの少年の首を絞める。腹に刃を突き刺す。

その時、一体どんな表情を見せてくれるだろうか? どんな目をしているだろうか?

絶望の淵に追いやる。死の際を覗く。俺の頭の中はそれでいっぱいだった。


「それでいいぜ。ただ、勢いで死んじまっても恨むんじゃねえぞ」

「そんな事にはなんねえよ。俺より強い奴なんて存在しないんだからな」

「いい加減にしなさいよそれー。覚悟決めなさい?」

「余計なお世話だよ! 木剣を出してくれ、ハル」

「はいはい分かりましたお人よし戦闘狂」


ハルと呼ばれた金髪少女は片手を下から上に払うように振ってその後に手を突き出したのだが、その手首より先が消失したように見えた。

かと思った次の瞬間には腕を引いていて、その手の先にはヒモで縛られた木の剣が数本ぶら下がっていた。


「アヤノ、ちょっと地面に降ろすわ。いい?」


それからその場にしゃがんで黒マントの人物を背中から降ろし、


「はい、ジュンヤ! そっちのおじさんもっ!」


ヒモをほどかれ抛られた木剣を受け止めた。


「ほらー、後ろのおばさんと女の子もー、危ないから下がっててー」


ハルの大声で振り返ると不安そうな表情のチヨと目が合って俺は無言でうなずいた。


「ケンジさん、無理はしないでください」

「はい。チヨさん、メアと一緒に下がっていてください」

「ケンジおじさん、がんばれー」


メアが笑顔で手を万歳する。

俺はいつものように手を伸ばそうとして、一瞬とどまってしまったが、気を取り直してメアの頭を撫でた。

そうだった。今はこの笑顔を守るために戦うのだ。


「おう、がんばってくる」

「……ええ。お気をつけてください」


それからチヨとメアが距離を取ったのを確認し、俺は柄をしっかり握って何度か素振りをした。

正直あまり要領は分からないが、元の世界より遥かに向上した身体能力に物を言わせれば競り勝てるだろう。

俺の方が体格的にも有利だ。後は痛みを耐える覚悟くらいか。もし土壇場でも歯を食いしばって押し切ってやろうじゃねえか。

気付けば騒ぎを聞きつけたのか、村人が結構集まっていた。みんなして固唾を呑んでいるようだ。


「準備はいいかおっさん」

「ああ、いつでもいいぜガキ」

「それじゃ、ハル、ジャッジは任せた。開始の合図を頼む」

「ええいいわよ。いくわよー、はじめっ」

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