第37話

『むしろ全力で、殺す勢いで来い』


殺す気で……今までに見た事の無い猛禽のような威光を据えた眼の男を――殺す。

この男の絶望した顔を想像する。


その顔が苦痛に歪むのが頭をよぎる。

全力でねじ伏せ、息の根を止める。

己の中で渦巻く黒い何かが弾けて広がり浸透していくような感覚。

自身の口角があがったような気がした。


同時にエネルギーの息吹を感じ取る。全身を巡ってたぎっていく。

燃え盛るようにパワーがみなぎってくる。

それを全身へと叩きつけるようにして、解き放つ。

勢いを前面に押し出し、


「っころしてやるううううううううううう!」


大声で叫びながら、限界を超えて腕に力を注ぎこんだ。

形勢は徐々にこちらが優勢になっていく。

無言のままこらえていたヒデヲの腕が少しずつ傾いでいく。


「しねっ、しねええええええええええええええええ」


再び暴言を吐き腕を押し込んでいく。

なおもヒデヲの手の甲は机に近づいていく。少しずつ、だが確実に。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!

その手を机に打ち付けてやる。

今日何度も繰り返し与えた痛みを、ヒデヲにも味あわせてやる!

更に自身の剛腕がねじ伏せ続け、もう少しで勝敗のつくその瀬戸際で、


「だははっ……凄いなケンジは」


ぽつりと放たれたひと言。

それによっていつの間にか力を注ぐことに無意識で伏し目がちだった視線を上げた。

捉えたヒデヲの表情は、無邪気に笑っていた。

口角が上がり、今が楽しいという様子が見て取れて、俺は後少しというところで呆気にとられてしまった。


「だがまだまだああああああああ」


ヒデヲが声を張り上げる。

それからはジリジリとヒデヲが巻き返してきた。

どこにそんな力が残っていたんだと思わせるラストスパート。

対して俺は先ほどまでの勢いはどこへやら、完全にヒデヲの勢いに呑まれた。


そしてあと一歩のところまで善戦したのだが俺は惜敗した。

周囲はいけ押せと喧騒に包まれていたが、決着がついた瞬間に更にどっと沸いた。

やれ、やっぱりヒデヲが勝った! 流石はローン村の真のドン!

でもトモキにはあっさり負けてたがな! などと騒ぎ立てている。

ヒデヲはその場で立ち上がって腕を掲げ、喝采を浴びていた。

少し間を置いて、俺も立ち上がった。


「おう、ありがとなケンジ! ケンジ?」

「……ちょっと、外の空気を吸ってくる」

「そうかわかった。またやろうな」


ヒデヲはややハイになったテンションで俺の肩をバシバシ叩いた。

俺は囃し立てる村人たちから逃げ出すようにそそくさとその場を後にした。




外は日中の陽光あふれる気温より肌寒かったが、全力を賭した後の熱を帯びた身体には丁度よかった。

大きく息を吸って吐いた。もちろん息が白くなるようなことはなかった。

ここにも冬が来て雪が降るのだろうか。でも、年中穏やかと聞いたからな。

きっと無縁なのだろう。


それにしても、


「負けたなぁ」


独りごちる。


ついFPSに集中している時のようなテンションになってしまった。

敵に向けて鉛玉をぶち込む時の心持ちだったぜクソファッキン。

今まではディスプレイに垣間見えた瞬間にボタンを押す。

たったそれだけで花々しく血を四散させて相手プレイヤーは倒れ消える。

次の瞬間には自分がそうなっているのかもしれないという一抹の不安と、それを遥かに上回る達成感。

互いの命を懸けた戦争。

手に汗握る一瞬が何とも言えない高揚感を与えてくれるのだ。

だが、生身で誰かと直接本気でやり合うなんて、子供の頃のケンカ以来だった。

そして敗れた。クソが殺せなかった!

いや勝てても殺すわけじゃないけどな落ち着け俺。


当然生身の人間を殺めた事は無い。

トリガーに実際に指をかけた事など無い。刃物を振り回したことも無い。

でももし、その時がやってきたら、どうする?


先刻、俺は魔物の命を絶った。胴を裂き、首を突き、そして切断した。

あれと同じ事がまたいつか訪れるだろう。

相手は魔物かもしれないし、もしかしたら人間かもしれない。

自発的かもしれないし、正当防衛かもしれない。

その時がやってきたら、俺はどんな感情で臨むのだろうか?

流れてくる夜風には圧があるように感じた。

遠くでは虫がジリリ、ジリリと鳴いていた。


……重く考えすぎか。それとも酔ってるだけか? 

まだ転生して二日目だ。もっと軽やかになるべきだな。

どうにもとりとめもない思考だし考えるだけ意味なんてない。

その時が終わった後で今みたいに後から意味が出来てくるだろうよ。


そろそろ戻ろうかと髭をなぞりながら振り返る途中で、ふと、視界に人影を捉えた。

酒場の裏手から出てきたのだろうか。

宵闇に微かに見えるそのシルエットは少しずつ建物からひとり離れていく。

酒場の喧騒から遠のいていく。


何故だか妙に引っかかった俺は、その後を静かに追った。

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