第69話 入学式

 学園長に頼まれたからには、しっかりと職務を全うするのが『ノブレス・エンジェルズ』だ。

 学園の2年生として、上級生として、入学式を盛り上げようと企画を始めた。


 基本としては、4人揃って壇上に上がり、ミリアが挨拶する。

 その中で、『ノブレス・エンジェルズ』の紹介をすればいい。それだけなのであるが……。


 入学式でのミリアの挨拶の段取りを、セイラ主導で決めていく。

 こういった公の舞台を企画するには、王族であり裏方に慣れたセイラが適役だ。


「まず、話す内容は、ミリアと私で決めておきます。

 学生っぽく、堅苦しくない内容にしましょう!

 それで、ルリとメアリーは、演出を考えてください」


「「演出?」」


「そう。ただ後ろで突っ立ってても面白くないでしょ。

 私たちも、お客様も、一緒に楽しんでもらわなきゃ! ステージを盛り上げるのです!」


「「おお!」」


 入学式と言う形式的な場で、セイラから楽しもうという発想が生まれるとは思いもしなかったが、ルリもメアリーも、楽しい事は大好きだ。すぐに意図を組み、企画に加わる。



 まさか異世界で舞台演出をさせられるとは夢にも思っていなかったが、ネタはいくらでもある。

 照明、火や水によるパフォーマンス。魔法を使えば何でもできそうな気がする。


「私にお任せください! 学園の歴史に残る様なステージを演出してみせるわ!」


(音は控えめにしておかないと怒られそうね。光のショーがテーマかしら?

 空飛べたら面白いけど、魔法じゃ無理だし、ワイヤーアクションってのも現実的じゃないわよねぇ……)


 ノリ的には、ミリアのコンサートでも開きそうな勢いだ。

 ミリアが少し、心配そうな顔でルリを見ている。


「ミリア、歌って踊る事、できる?」

「できる訳ないでしょ!」

 激しく拒否するミリア。

 ルリは、優しく、そしてイタズラっぽい顔で、微笑み返すのだった……。





 入学式の当日、学園の前は、貴族の馬車が続々と到着し、大混乱が起こっていた。

 もともと第2学園は、多くの来賓を迎えるようには造られていない。


 侯爵家、伯爵家、子爵家……。豪華な衣装で着飾った父兄が集まる。

 講堂は貴族の社交場そのものだ。

 混乱を助長しないようにと、ルリ達は控室で待機だ。




 入学式が始まり、出番が近づく。

 ミリアはさすが王族だけあって人前には慣れている。

 キッと目を見開くと、王女の表情になって立ち上がった。


 メアリーだけは、一人緊張しているようだ。

 ソワソワした様子で落ち着かない。


「さぁ、楽しんできましょ! いくわよ」

 ミリアの声で、舞台袖まで移動。出番を待つ。



「それでは、上級生代表からの挨拶です。

 クローム王国第三王女、ミリアーヌ様、よろしくお願いします」


 拍手の中、ミリアが壇上に進む。

 続いて、セイラ、ルリ、メアリーも壇上に上がり、後方に控えた。



「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。

 2年生の、ミリアーヌ・フォン・クロームと申します。本日は……」


 最初は、定型句のような挨拶をするが、それでは面白くない。

 少し話したら、ミリアからサインが飛ぶ。

 事前に決めていた、イベントスタートの合図だ。


「さて皆さん、学生同士、かたい話はここまでです。

 学園生として、最高に楽しんで欲しいので、わたくし流の挨拶をさせていただきます!

 だから、壇上に、注目!!」


 ミリアの声と共に、点灯ライトの魔法でステージを照らす。

 薄暗い講堂の中で、ミリアの周囲だけにスポットライトが当たった。

 ルリ達も、すばやく事前に決めていた位置、ミリアの両脇まで移動する。



「まず伝えたい事。

 学園内では、身分や立場に囚われずに、信頼できる人間関係を作ってください!

 一人では難しくても、仲間がいれば何でもできます。

 わたくしは、この一年間の学園生活でそれを学びました。

 今日は、お友達を何人か紹介させていただきますわ!」


 ミリアが、声のテンションを上げる。

「最初に紹介するのは、セイラ・フォン・コンウェル!

 ご存知の方も多いと思いますが、コンウェル公爵家のご令嬢です!」


 ミリアがパチッと指を鳴らすと、スポットライトがミリアの右側のセイラを照らす。

 セイラも王族、公爵家の娘だ。集まった貴族たちもそこまで驚く訳ではないが、次の瞬間……。


 セイラにスポットライトが当たりミリアからの紹介が終わると、セイラは制服をパッとメイド服に衣装チェンジすると、にっこりとほほ笑んだ。

 生活魔法の収納しゅうのう装着そうちゃくを組み合わせた早着替え。セイラとルリだけが出来る技だ。


 メイド姿に変わり、優雅な気品あるカーテシーで挨拶するセイラ。

 演出としての派手さはないが、誰もが目を奪われる光景となった。



「次に、リフィーナ・フォン・アメイズ!」


 スポットライトが当たり、ミリアが指を鳴らすのを確認すると、ルリは講堂の天井に無数の光る水球ウォーターを出現させる。


「「「ぉぉぉぉ」」」


 会場がどよめく。

 幻想的に浮かんだ水球水の玉を、まるで海の中にいるかのように揺らしながら、空中に浮かばせた。

 イリュージョンの舞台かのように、手を上下左右に動かして水球を操作するようなポーズで盛り上げる。



「もう一人、メアリーです!」


 スポットライトが当たると、メアリーが弓を弾く。

 もちろん、現れたのは火の鳥フェニックス

 3体の火の鳥フェニックスが行動の中をゆっくりと旋回する。



「わたくし達4人は、『ノブレス・エンジェルズ』という冒険者パーティとして活動しています。入学前までは魔法をまともに使う事すらできなかったのに、1年間の学びを通じて大きく成長することが出来ました。

 素敵な仲間を得て、皆さんもしっかりと学んでください。そして……」


 学園生活の楽しさなどを紹介するミリア。

 魔法の話と、学食の話が大部分を占めたのは、ご愛敬だ。



「……それでは、これにて挨拶を終わります。

 一緒に、楽しみましょう! それ!!」


 そう言うと、ミリアが大量の火球ファイヤーボールを放った。

 目標は、ルリが空中に浮かべている水球ウォーター


 ポン、ポンポンポン


 水球ウォーターを弾けさせると同時に、水を蒸発させる。

 事前に練習しておいた、ちょっとした花火のような演出だ。

 その周りを火の鳥が飛びまわり、幻想的なステージは、クライマックスを迎えた。


「「「おおお!!!」」」

「「「ミリアーヌ様ぁ」」」

 大歓声に包まれ、ミリアの挨拶は終了となった。




 ステージが終わると、控室に戻るルリ達。

 光のショーをこなし、笑顔で抱き合った。


「いいステージだったね、みんな驚いてたよ!」

「うん、ぶっつけ本番だったけど、思ってたより上手に出来た!」


 特に、水球ウォーターが弾けた時に水で会場がびしょ濡れにならないかと心配していたミリアとルリだったが、空中で消せた事を喜んでいる。

 4人が去った後、熱と大量の水蒸気で講堂内が蒸し風呂のようになったことは、もちろん気付いていない……。




 本当ならばこのまま寮に戻りたいのだが、入学式後の社交の場に、顔を出さない訳にはいかなかった。


 生徒、特に上級生の出席は強制ではないのだが、貴族家の出席は、事実上必須だ。

 中庭に簡単な食事が準備され、貴族や、貴族とつながりを持ちたい商人たちが集まっている。


『ノブレス・エンジェルズ』にグレイシー、ベラが加わった6人で、ルリ達はテーブルを囲んでいた。

 これだけ集まれば、絡みにくい雰囲気を醸し出せる。


 案の定、寄って来るのは社交会でもよく出会う知り合いの貴族が中心。

 欲に走った目をギラギラとしている人々は、近寄りがたい状態になっていた。


 遠巻きにこっちを見ながら、「あの6人とは必ず仲良くするのだよ」などと言われている生徒の姿が見える。




 ……周囲に注目すると、面白い光景が広がっていた。


「王家の方々とお近づきになれるなんて、金輪際ないと思えよ!」

 少し上流の貴族だろうか。息子に気合を入れている姿が見える。


 それを目的に、第1学園ではなく第2学園に入学させたのだから、どの貴族家も本気度が高い。



「リフィーナ様は一人娘で跡取りだからな。三男のお前なら、何のしがらみもない。ライバルも多いが頑張れよ!」


 もちろん、領地持ちが確定というルリの婿養子になれれば、普通の貴族にとっては大出世である。

 上位の貴族家からしても、子爵家を傘下に加えられる可能性もあるので、最優先で狙う事になる。



「いいか、うちはメアリー様狙いだぞ。最近力をつけているメルヴィン商会のお嬢様だが、御前試合では騎士団を一人で手玉に取った軍略家という話だ。それにさっきの魔法……」


 聞こえてくる貴族家のひそひそ話に、慣れていないメアリーはただただ小さくなっている。

 現実的に、平民が貴族家の正妻になるケースは少ないのだが、王族貴族と並んでも違和感のないメアリーの姿は、多くの貴族の目を引き付けるのであった。



「うふふ、メアリーの一番人気は本当っぽいわね!」

「やめてぇ~」

 意図せず貴族の社交の渦に巻き込まれてしまったメアリー。

 ルリと出会って、一番人生が変わってしまったのは……、彼女かも知れない。




『ノブレス・エンジェルズ』の、研修という名目の旅立ちの日は近い。

 そんな事つゆ知らず、王女をはじめとした令嬢たちとの出会いに沸き立つ貴族家の子息たち。

 運命は、彼らに、彼女たちにどういったイタズラをして来るのだろうか……。

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