第47話 軍師
冬休みが終わる数日前。
メルヴィン商会やメルン亭が、ルリ発案の新商品にバタバタとしている頃、アメイズ子爵家の王都の屋敷では、メイド三姉妹が話し合いをしていた。
「リフィーナ様の課題は、この屋敷の1階に教室のような場所を作る事。
そして、読み書き、計算、護身術のそれぞれで、誰が教師の担当をするかです」
「「うん」」
アルナの言葉に、イルナとウルナが頷く。
「私は護身術かな。勉強は得意じゃないから……」
「自慢げに得意じゃないと言われるのも困りものですが、仕方ないですね。
ウルナは読み書きと計算どちらがいいですか?」
「私は読み書きがいいです。計算は苦手で……」
ルリには、この世界で広めたいことが1つあった。
庶民の教育だ。
貴族や金持ちには学校という機関があるが、庶民で学校に行ける者は少ない。
教育が必要……。以前、孤児院と関わったこともあり強く思っていた。
そこに、空き家同然の広い屋敷が転がり込んできたのだ。
幸い、貴族街にありながらも端の方のため、平民が通えない立地ではない事も、ルリを後押しした。
週1回、生徒は12歳以下、身分問わず。
学費は月金貨1枚と高めに設定する。
(歴史の授業で習った寺子屋ってのに近いのかな?
10人くらい集まればいい収入にもなるし、三姉妹も暇をもてあそばないでしょうしね)
軽い気持ちで始めようとしたが、実際の教育には、教材・カリキュラムの作成や時間割の作成、生徒の募集、様々な準備が必要となる。
私塾の設立には時間がかかりそうだが、主に依頼されては断れない。
三姉妹の眠れない日々が、始まるのであった。
そんな三姉妹を後目に、ルリは必死に木を削っている。
作っているのは、サイコロ。
(テレビもスマホもネットも無いと、ボードゲームくらいしか思いつかないのよね。
しかし、サイコロ作るのって意外と難しいわね……)
そう、正確な立方体を木から削り出すのは、素人には難しい。
少しいびつではあるが、サイコロを完成させると、あとは盤面だけだ。
紙を何枚か合わせて、すごろくのボードを作ると、三姉妹を集めてやってみた。
「はい、3マス戻る~」
「え~、罰ゲームですかぁ!」
「うぎゃぁぁぁ、振出しに戻ったぁ~」
(これならミリア達とも遊べそうね!)
その後、私塾の事など忘れ、暇さえあればすごろくを楽しむ三姉妹の姿が頻出するのは、当然の話である。
そして、学園の授業開始が迫ったある日。
ルリ達『ノブレス・エンジェルズ』は西の森へと魔物討伐に来ていた。
「宿泊施設、完成しましたのね」
「ギルドの出張所もあるよ~」
西の森の入口には、小さな村ができており、冒険者の姿も見える。
「さぁ、早くいくわよ!」
「はい!」
ミリアとメアリーは、冬休みに行われたルリとセイラの冒険話を聞いて、身体を動かしたくてたまらない様子だ。
角ウサギ、メッシュボアやワイルドベアを適当に狩りながら、4人は森の奥へと進んでいった。
「セイラ? この森をずっと行くと、リバトー領に着くの?
それで、さらに進めば盗賊のアジトがあった森?」
「うん。地図上ではそういう事になるわね」
ルリは、アジトの森を思い出しながら、セイラに質問する。
あまりいい噂を聞かなかったリバトー領。
そして、盗賊団にしても全員を壊滅できたかは分からないのだ。
「あの盗賊たち、仲間とかはいなかったの?」
「騎士団が探索してるけど、今のところは見つかってないわ。
国外に逃げられてたら、追いかけようもないし……」
共犯者は衛兵や商人も含め、悉く拘束された。
それでも、まだ潜伏している者がいるのかもしれない。
しかも、隣のエスタール帝国に逃げ込まれて入れば、王宮にはどうしようもなかった。
(今考えても仕方ないわね……)
思考をやめ、再び森の奥へと歩き出す。
「いる! 多いわ! 200メートル先に、30。
たぶんウルフ系ね」
「久々に腕がなるわね!」
セイラが魔物の発見を知らせると、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
そう、『ノブレス・エンジェルズ』にとって、数体の魔物では一瞬で終わってしまい、ミリアは暴れたりなかった。
「待って、左側、300メートルにも、数10。
30の奥にもいるわね」
「多すぎるわね。逃げる?」
ルリは撤退を提案する。
「だめ、30体がこっちに移動し始めた。距離180! 追いつかれるわ。
かなり危険……。まずいかも知れない……」
ウルフだとすれば、200メートルの距離は数十秒だ。
セイラは逃げきれないと判断する。
いくら何でも数が多い。
「迎え撃つわよ!」
ミリアが鼓舞するように声を上げた。焦りが少し収まる。
「待ってください!」
「「「ん?」」」
そこに、メアリーが、らしくない大きな声で待ったをかけた。
「まずは態勢を整えましょう。あの大きな木に移動しませんか。背後を隠せます」
メアリーの提案に、黙ってうなずく3人。
「ミリアと私は木を背に。セイラとルリは30体に正対してください。
大丈夫です。接敵まで10秒は余裕があります!」
「「「はい!」」」
突然のメアリーの的確な指示に驚きつつも、それが最善と思って返事する。
「間もなく目視できます。
ミリアは広範囲の呪文を敵のど真ん中に打ち込んでください!
みんなで生き残りましょう!」
「わかったわ!」
「セイラはその場で、魔法を抜けてきた敵と対峙。
ルリは、合図したら2時方向10メートルに氷の壁を作ってくれる?」
「う、うん」
セイラが敵と対峙するのは理解できたが、ルリはいまいち意図が分かっていない。
「ウェアウルフね。目視したわ!
思いっきりいくわよ! プラズマ、放電!!」
バチバチバチバチ
前方のウェアウルフの群れに電撃が走る。
土煙が上がり、視界が遮られた。
「ルリ、
「
ぴきぃぃぃん
言われた場所、2時方向10メートルに氷の壁を作る。
その瞬間。
どごん、どごどごん
電撃を逃れて走り出したウェアウルフが、どんどん氷壁に激突した。
「「「すご!」」」
「セイラ、そっちも来るわよ。
ミリアはセイラが止めたウェアウルフを個別撃破!」
「「はい!」」
メアリーから次々と指示が飛ぶ。
セイラとミリアも、素直に従った。
ガシッ
ドス
ドシュ
セイラが突進を止め、ミリアがとどめを刺していく。
30体のウェアウルフが、次々と沈黙していく。
「セイラ、他の魔物はどう?
近づいてきてるのいる?」
「右後方、80メートルに数10、同じくウェアウルフね。近づいて来てる。
前方は100メートルに数10、こっちは動いてないわ」
「ルリ、右後方をよろしく。
ミリアとセイラは目の前の敵を殲滅したらルリと合流ね!」
「「「はい!」」」
ルリは
「ルリ、セイラ達が行くまで持ちこたえて。
足止めしてくれればいいから、無理しないでね!」
「わかった!」
「
メアリーの指示通りに、遠方から氷槍をウェアウルフに飛ばす。
距離があるので精度は落ちるが、突進の速度を落とさせることは出来る。
「「加勢するわ!!」」
最初の30体を仕留めたミリアとセイラが加わる。
「プラズマ、放電!!」
バチバチバチ
「仕上げよ!」
「「「はい!」」」
ミリアの魔法に続き、2本の剣を構えてルリが突撃。
バシュ
バシュバシュ
残ったウェアウルフを退治し、戦闘が終了した。
「やったわね!」
「今回は少し焦りましたわ!」
ミリアとセイラが安堵の表情をする。
「「「それはそれとして、メアリーどうしたの!?」」」
「えへへ、うまくいきました!」
メアリーが笑顔で答えた。
「すごかったよ、メアリー。
あの氷壁とか、何であそこにウェアウルフが来るって分かったの?
それもタイミングまで!」
「うん、ミリアの魔法とウェアウルフの習性を考えたらね。
あそこに突っ込んでくると思ったんだ!」
「「「えええ、すごい!!」」」
メアリーは、ずっと見ていた。
強力な魔法を使いこなすミリア。
鉄壁の防御を誇るセイラ。
魔法も近接戦闘も器用にこなすルリ。
3人の得意な事、性格、全てを、ずっと見ていた。
「私、戦えないから。後ろで隠れてる事しか出来なかったから。
だけど今まで、ずっとみんなの戦闘を見てたの。それで……」
「「「それで?」」」
「ミリアだったらこう動くだろうなぁとか、セイラだったら……とか考えてたら、何となく先が予想できるようになったの……」
「「「おおお!!!」」」
軍師メアリーの誕生であった。
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