第31話 それぞれの想い
……その頃。
とある国にて。
「他に報告はないのか! 小娘一人攫ってこれんとは……」
王は、苛立っていた……。
このまま戦争を仕掛けたのでは、勝算は薄い。
その為の奇策、王女の誘拐……。
弱みさえ握れれば、領土の一つ二つなら攻め入り取り込めると考えていた。
砂漠が広がる、荒れた領土しかない国に残された道は、他国への侵略。
自国には無い、豊かな領土への侵略。
それを手に入れるためなら……手段は択ばない。
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……同じ頃、クローム王国、アメイズ領。
リフィーナの父、ジョルジュは焦っていた。
領主が死に、妻が跡を継いだ……。
飾りと化している妻が領主である限り、自分はやりたい放題のはずだった。
義父を殺し、娘は攫う。
現領主である妻と、次領主となるリフィーナを操れれば、未来永劫、安泰になる計画だった。
しかし、娘が出てこない。盗賊からの連絡もない……。
幸い、王国からの査問で疑われることはなかったが、娘の行方がわからない。
ジョルジュに気の休まる日は無かった。
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一方、クローム王国、王宮内。
国王レドワルドは、突如現れた不思議な少女に惹かれていた。
妻と娘の信頼を一瞬で勝ち取った少女。
奇抜な発想で、数々の新しい文化、料理を広めていく少女。
……その実は、死んだと思われていた令嬢であり、冒険者でもある。
王族に相対しても怯まない精神力を持ち、リンドスの街では『白銀の女神』と呼ばれた英雄。
今まで出会ったことのないタイプの少女を、どうやって王宮、つまり自分の配下へと引き入れるか、全力で思案していた……。
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第2学園の学園長室では……。
学園入学までは2週間。学園の寮に入るまでは10日ほどに迫ったある日。
学園長、グルノールは不敵な笑み浮かべていた。
(第三王女に伯爵家の嫡男。他にも入学希望者が続々と……。
今年の生徒は面白そうね。
ふふふ、トラブルメーカーがあっちにもこっちにも……)
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片や王都の冒険者ギルドはと言えば……。
王族、貴族が奔走している中、稀に見る忙しさに沸いていた。
ルリが時々持ち込む魔物の数々。
それに触発された引退間近の冒険者たちが、依頼に積極的になったからだ。
さらに、新規の登録者も増えた。
未成年の少女が次々と依頼を達成する様子は、若者たちには憧れの対象となったのだ。
実際の所ルリは、小遣い稼ぎのために、アイテムボックスに収納されている大量の魔物を、あたかも今日狩って来たかのように納品していただけなのであるが……。
(依頼達成率100%の白銀の女神ねぇ……。
しかもどうやったら王都に来て1ヶ月のDランクが王族の指名依頼を受けられるようになるのかしら……。
うふふ、将来が楽しみだわ……)
王妃、第三王女からの指名依頼を処理しながら、ギルドマスターのウリムもまた、不敵な笑みを漏らしていた。
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そんなある日。
王都、第三王女誘拐事件のあった脇道の近く。
ルリは商会長の娘メアリーと一緒に、とあるお店の前に居た。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます!
メルン亭2号店、本日オープンです!」
メルヴィンが高らかに口上を述べ、入り口前のテープを切る。
そう、ルリが企画していた、イタリアン・レストランの開店だ。
メニューは窯焼きのピザとパスタを中心に、お酒に合わせたアンティパスト。
大人の隠れ家をイメージし、バーカウンターと個室を用意した。
カップルはもちろん、貴族のお忍びでも使いやすいだろう。
最初の客は、企画者のルリとオーナーの娘メアリー……ではなかった。
「お姉さまぁぁぁぁ!
こんな面白そうなイベントにわたくしを呼ばないなんて、どういう事ですの?」
「「王女様ぁぁぁぁ!?」」
突然の王女の来訪に戸惑う商会長たち。
「ちょ、ミリア……さま……。
どうしたのですか? こんな所に……」
「どうしたもこうしたもありませんわ。
メルン亭に行ったらここだって言うから、急いで来ましたのよ!」
本当に走ってきたのだろう。
後方には、息を切らした衛兵の姿が見える。
「それとルリ姉さま、わたくしはミリア。友達なんだから呼び捨てって決めましたよね!」
「そうね、ミリア……さん。せっかくだし入りましょうか。
ピザ、ぜひ食べて欲しいわ!」
平民が開くお店のオープニングに王族が駆け付けることなど有り得ないのだが、華々しい初日を迎えることが出来た『メルン亭2号店』であった。
3人で席に座り、ガールズトークが花開く。
自然と学園の話になった。
「ところで、もうすぐ入寮ですわね。お二人とも準備は出来ておりますの?」
「はい、と言っても簡単な衣服と文房具程度ですから。
足りないものがあっても、いつでも取りに来れますし……」
メアリーが答える。
ルリも同じようなものだが、全て収納に入れてあるので準備は必要ない。
「学園生活、楽しみですわね。
わたくしは、もっともっと学びたいですわ。それに、お友だちも増やしたいですわ!」
「そうですね。そのための学校ですからね。
あれ? でもミリアさんはまだ学校には早いのでは?」
「いいえ、わたくしも今年入学することにしましたの。
お二人と一緒ですわ!」
「そうですか、ではお互い頑張りましょう!」
ルリもメアリーも、まさか王女が第2学園に入学するとは思ってもいなかった。
なぜかかみ合った会話にはなっているものの、同じ学生の身分として、切磋琢磨していこうと言う話だと信じていた。
波乱に満ちた学園生活が待っている事など、想像すらしなかったのだった……。
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食後、別れた3人。
ルリは、職人街へと向かっていた。
ミニ浴衣風ローブの製作者、ララノアのお店である。
「こんにちは!」
「ルリちゃん、ちょうど良かったわ。例の、出来てるわよ」
ララノアが奥から持ってきたのは、白地に緑色の刺繍が施された、ミニ浴衣風のローブだ。
「ローブと帯がコカトリスの羽と皮ね。
かなり頑丈よ、竜の炎だって耐えるかも知れないわ。
インナーは竜の鱗でスケイルアーマーを作ったの。
アラクネの糸で縫い合わせてあるから、軽くて使いやすいと思うわ」
一目で並の素材ではないことが分かるが、派手過ぎない刺繍が洗練された印象を与え、嫌味のない美しさを醸している。
「調節するからちょっと着てちょうだい」
言われるままに、ルリは着替えた。
肌に馴染むかのように軽い、ボディラインに合わせて縫われている鱗のスケイルアーマー。
ローブを着て帯を締めると、身体に力が漲ってくる。
「どう? 動きやすいでしょ。
高ランクの素材だとね、魔力が多く含まれているの。
だから、防寒・防暑に加えて、運動能力強化の付与がしてあるのよ!」
「すごい! すごく動きやすいです!」
頷きながら軽くジャンプしてみると、いつもより高く飛べた。
(これなら、女神様の鎧は封印ね。
あれ着て『白銀の女神』とか呼ばれる心配も、なくなるのね!)
新しいローブも既に伝説級なのだが、手元の素材で作れてしまっていることから、ルリは普通のローブと変わらない認識でいる。
「ルリちゃん、これなら伝説の勇者とかになれるんじゃない?」
「いえいえ、そんなつもりは無いですから。
私は普通の女の子として、ちょっと周りの人を守れたらいいだけですよ!」
ララノアは自身の最高傑作とも呼べる伝説級の素材で作られたローブを見ながら、「あなたが普通で済むわけないでしょ」と小さく囁くのであった。
「でも、元気そうで良かったわ。
先週泣きながら店に来たときはどうしようかと思ったもの……」
---そう、一週間前にもルリはララノアを訪ねていた。
第三王女の誘拐の翌日の事だった。
「ララノアさんごめんなさいぃぃぃぃ。
ローブが破れちゃって……。
ナイフで刺されて、穴が開いてしまいましたぁぁぁぁ……」
突然店に現れ泣き出した少女が、ローブをララノアに渡した。
刺突の跡があり、血がにじんでいる。
「うわ、よく無事だったわね……」
「私、守り切れなかったんです。刺されて気を失っちゃって……。
もし他に敵がいたら、あの子を守れなかったかもしれなくて……」
そう、もし他に敵がいたら、最初に倒した敵が他にも生きていたら、ミリアーヌを守れなかったかもしれない……。
そう思うと悔しかった。もっと強くなりたいと思った……。
ルリをなだめつつ、ララノアは口を開く。
「それで? これを直すのがいい? それとも……。
もっと強い防具で、守る力を得たい……?」
「……強くなりたいです……」
ルリは涙をぬぐい、力強い眼差しでララノアを見た。
「そか。じゃぁ作ってあげる。ルリちゃんの為のローブを……」
そうして製作が決まった、ルリの為の、新しいミニ浴衣風のローブ。
デザインは同様で、防御力を増す方向で決まる。
「ただねぇ、手元の素材だけじゃ少し足りないわ。
しばらく時間がかかりそうねぇ……」
(そうだ! あれ、使えるかな?)
思い出して、アイテムボックスから昔集めた素材、森の泉の魔物素材を取り出す。
「こういうの、使えませんか?」
「うん、え? これコカトリスの羽じゃない。それに皮も!」
真っ白な羽に目を丸くし、うんうんと首を縦に振るララノア。
「使えるわ! かなりの防具、作れるわよ!」
「あとは、こういうのとか、硬そうですし使えませんかね?」
ヒュドラの鱗を取り出してみた。
「!!!
えと、これって竜の鱗よね。しかも上位種……?
どうしたのこれ!?」
「あ、あの、旅に出た時に持たされまして……」
女神に持たされた、嘘ではない。
「あはは、ごめんね。経緯は聞かないのがルールよね……」
ララノアは素材に視線を移している。
「ローブの表面はコカトリスで……、インナーは鱗ね……。
胸当ては……あーしてこーして……」
自分の世界に入ってしまった……。
しばし待っていると、ララノアの意識が戻ってくる。
「よし、1週間で仕上げるわ!!」
そう言うと、ララノアはさっさと奥の工房に戻ってしまう。
「よろしくお願いします!」
大きな声で伝え、店を後にした。
それが、一週間前の出来事だった……。
---
それぞれの思惑が渦巻く中、時間は刻々と過ぎていく。
ルリの学園生活で、どんな冒険が待ち受けているのか。
当然、ルリは知らない……。
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