人族を見限った兄妹は魔王様に忠誠を誓いました ~最凶兄妹「「魔王様に栄光あれ!」」魔王「いや待て、やり過ぎだぞ!?」~

原初

プロローグ

 ――ああ、どうしてこうなってしまったのか。




 目の前の光景を見つめながら、幼き少女はひとり儚い吐息を漏らした。




 丘の上から眼下の平原を見下ろす少女の瞳に映るのは、目を覆いたくなるような……一言で言い表せば、『地獄』だった。






「くははははははっ! ははははははははははっ! いいぞいいぞ! もっとだ……もっとぉおおおおおおおおおおおおお!! 血ぃをぉ見ぃせぇろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」




「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスゥウウウウウウウウウッ!!」






 轟音、爆音。絶えず何かが壊れる音が響き渡る戦場に、二つの狂声が上がる。




 巨大すぎる殺意と、殺戮の愉悦に酔ったその声は、敵味方問わずその心に恐怖を叩き込む。




 そして、それを発する者……二人の少年と少女は、凄惨な笑みを血に染め、戦場に死をまき散らしていた。




 色素のない透明に近い白髪と、血で出来た結晶の如き深紅の瞳。そして目鼻立ちの整った相貌は良く似ており、二人の間に血縁関係があることをうかがわせる。




 少年――兄であるアディアは戦場を緩やかな足取りで闊歩し、片手を額に当てて哄笑を上げている。その周りでは、地面から唐突に飛び出してきた漆黒の杭がアディアに向かってきた敵に突き刺さり、出来の悪いオブジェを大量生産している。




 少女――妹であるアリアは神出鬼没に戦場を移動し、相手に気づかれる前にその首を手にしたナイフで掻っ切っていた。彼女が通った後には、自分が何をされたのかも分からず、きょとんとした表情を浮かべたままの首がいくつも転がっている。




 最初に三千はいた人族の軍隊は、すでに半数以上が屍となって地に倒れ伏していた。




 千を超える人族の死体……否、すでに『肉片』と呼ぶべきそれを作り上げたのは、まだ幼いと称していい二人の少年少女。その異様な光景は、正しく地獄がこの世に顕現したかのよう。ならば、それを成した二人は、悪魔か悪鬼に違いない。






「くひひひひっ! 逃げ惑え逃げ惑え! 最も……どこにも逃げ場など、ありませんがねぇえええええええええええええッ!!!」




「アハぁ……汚い悲鳴……。ねぇ? もっともっと……あなたたちの、絶叫コエを聞かせてぇえええええええええええええええっ!!?」




「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいい!!? に、逃げ……ぎゃぁああああああああ!!?」




「だずげで……だ、だれが……だ、だすげ……ぐあああああああああああああッ!!?」




「い、いやだぁ……死にたくなぁい……死にたくな――――かへっ?」




「き、貴様ら! 逃げるな! 敵前逃亡は重ざ…………あ?」






 向かう者は一人残らず惨殺され、二人の悪鬼羅刹が聞いているだけで精神を蝕んできそうな狂声をあげる。それを目撃した人族の軍隊は見事なまでに混乱の坩堝と化していた。隊列は崩れ、士気は底辺を突き抜けてもなお下がり、恐怖と悲鳴が伝播する。指揮階級の者が声を上げるも、幼き悪魔はそこらの兵士の命と一緒くたにそれの命も奪い去っていく。




 そして、ついに軍隊の三分の二が物言わぬ肉塊と化し、恐怖と混乱が最高潮に達した時……軍隊という形は無くなり、ただ命惜しさに逃げるだけの暴徒と化す。




 血と涙とその他諸々の液体をまき散らし、苦しみに藻掻く仲間に目もくれず、他の逃亡者を犠牲にすることも厭わず、ただただ自分が生き残ることしか頭にない彼らの姿を見て、元は国のために外敵と誇り高く戦う兵士だったと誰が分かるだろうか?




 今の彼らは……ただただ、醜い。その一言に尽きた。




 そして、それを見て殺戮の体現者たるアディアとアリアは……嗤っていた。






「くひひひひっ! 素晴らしい! ああ、素晴らしすぎて涙が出そうですっ! そうは思いませんか、我が愛しき妹よ!」




「ええ、我が最愛のお兄様。この上なく素晴らしい光景です。ワタシたちを貶し、脅かし、ゴミ扱いしてきた人族ゴミムシが! この世で最も汚らわしく愚かで醜い姿を曝している! アアぁ、胸の疼きが止まりませんわぁ……!」




「ええ、確かに。このまま永遠に見ていたい気もしますが……魔王様をこれ以上待たせるわけにはいきません」




「そうですわね。少しはしゃぎすぎでした……それではお兄様? 最後は、こないだ二人で考えた『アレ』でフィナーレとしましょうか」




「おお、流石は我が妹。それはいい考えです。私とアリアで作り上げた『洗脳系精神崩壊魔法』の威力を見せつけてやりましょう」






 まるで無邪気に遊ぶ子供のような、非常に透き通った笑みを浮かべながら……とてつもなく物騒なことを言う二人。




 そして、どちらからともなく手を合わせた二人が、すっと瞳を閉じて言葉を紡ぎ始める。






「『さぁ、始めましょう。逢魔が時の饗宴を』」




「『さぁ、幕開けましょう。血濡れの悲劇を』」






 それは力ある言葉にして、人族に対する呪詛。




 二人の身体から、膨大な魔力が漆黒の光となって噴き出す。






「『決して逃れられぬ戦慄の舞台。貴方はそこに立っている』」




「『さぁ、脚本に従って、愉しい物語を創りましょう』」






 放たれた魔力は戦場から逃げようとする人族たちの一人一人に絡みつき、その体に染み込んでいく。






「『ワンス・アポン・ア・タイム、貴方は戦士。何にも負けぬ、勇敢な戦士』」




「『千の敵にも立ち向かい、万の障害を打ち倒す、屈強な戦士』」






 その魔力によって人族たちは戦いを生業とする者ならだれでも使える『身体強化魔法』を強制的に発動させられ、さらに脳のリミッターが外され本来の意味での全力……体が壊れることを前提とした力が出せる状態になる。






「『戦いこそが貴方の喜び、戦いこそが貴方の願い、戦いこそが貴方の生涯』」




「『ならば、貴方の成すべきことはただ一つ。戦って戦って戦って、ただひたすらに戦い続ける』」






 今度は『精神干渉魔法』によってありとあらゆる思考が『戦い』に塗り潰され、そのことしか考えられなくなる。強制的に狂戦士状態にされた者たちは逃げる足を止め、強く強く己の武器を握りしめ、赤色に光る瞳であたりを睥睨した。






「『その剣で、その槍で、その身体で、その魔法で、ありとあらゆるを殺しなさい』」




「『さぁ、目を開いてよくご覧。そこには、倒すべき敵がいます』」




「「『やるべきことはもう……分かるでしょう?』」」






 そして、それが更なる地獄が始まる合図。




 最後に発動した『認識阻害魔法』によって、二人の魔力を浴びた者たちは『敵味方の区別』がつかなくなり、目に映るモノを全て『殺すべきモノ』だと認識するようになる。




 そうなってしまえばどうなるか……答えは明白。






「『存分に楽しみなさい』」




「『狂乱と殺戮の宴を』」




「「『信ずるものを冒涜し、悪徳を成せ。【背徳者に貌は無くイゴーロナク、ただ享楽を貪る口があったコラプション】』」」






 アディアとアリアがそう言い放った瞬間、先程まで逃げ惑うばかりだった者たちは、屈強な戦士に相応しい雄叫びを上げ……『近くにいた味方へ』と武器を振り上げた。






「ォオオオオオオオオ!! 死ネェエエエエエエエエエエエエエエ!!」




「ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」




「ゴロス……ゴロスゥウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」






 悪魔のような二人によって、ただ戦うことしか許されず、自分が戦っている相手が何なのかすら分かっていない兵士たちは、外敵を倒すために鍛えた技で、一緒に国を守ろうと誓った仲間をその手に懸ける。




 今、手にした剣でその首を切り落としたのは、かつての上司か部下か、はたまた親友だったのか……。




 同じ釜で飯を食った仲間を、困難な闘いを切り抜けてきた戦友を、中には将来を誓い合った恋人を殺した者もいた。しかし、理性を失い闘争心と敵愾心だけで動いている彼らはそれに気づくことが出来ない。この状況では、それはかえって救いと言えるかもしれないが……。






「嗚呼……素晴らしい。それ以外の言葉が出てきません」




「ええ、お兄様。まさしく至上の光景と言えるでしょう」






 そして、アディアとアリアはそんな景色を見ながら、とても満ち足りたような笑みを浮かべていた。




 アリアはアディアの胸元にそっと寄り添い、甘えるように頬を押し付け目を細める。アディアはそんな妹の頭を優し気な手つきで撫で、クスリと穏やかな笑みを口元に刻んだ。




 血飛沫が舞い、肉片が宙を泳ぎ、人のモノとは思えない叫びが木霊する中、この二人の周りにだけ桃色の空間が形成されていた。




 地上に地獄を生み出した者としての姿からは程遠いアディアとアリア。場の空気をまるっと無視した二人の様子に、一部始終を眺めていた少女は、大きな……それはもう、大きなため息を吐く。






「いやもう……本当に、どうしてこうなってしまったのか……。元はびっくりするほど仲が良いだけの、普通の人族の兄妹だったのに……」






 どこかげっそりとした表情を浮かべた少女は、ため息と同時にそんな言葉を漏らした。ふと空を見上げれば、悪魔も泣いて逃げ出しそうな悪鬼羅刹の類になる前のアディアとアリアの姿が浮かんだ気がした。




 そして少女――『現魔王』バラクエル・リリン・イブリースは現実逃避をするように過去に思いを馳せる。




 始まりは、ちょっとした気まぐれ……本来ならば宿敵であったはずの人族の兄妹を、『死にかけていて見てられなかったから』という理由で助けた『あの日』。




 そして、バラクエルの運命を大きく変えた日の事を……。




 バラクエルの見つめる空は、分厚い雲に覆われている。それを見て、彼女は小さくつぶやいた。






「…………そういえば、『あの日』もこんな天気だったな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る