第三十六話 苛立つ息子と一行の到着

Szene-01 スクリアニア公国、ヴェルム城


「母様」


 スクリアニア公爵夫人のザラは、ヴェルム城の廊下で呼び止められた。


「フォルター、どうしたのですか血相を変えて」


 ザラの長男であり、次代スクリアニア公国を率いるフォルターは、茶色の強いクセっ毛を振り乱して夫人に駆け寄った。


「あのような話を黙って聞いてたら駄目だ! なんであいつの言いなりなんだよ!」

「あら、そのような言葉を発するように教えられているのですか? 教育係を変えましょうね」

「いい加減にしろよ!」


 フォルターは、下ろした腕の先で両手を握り締めて震わせている。

 フォルターの妹であるケイテは、最寄りの侍女に隠れて様子を見ていた。


「あんなヤツの言いなりになんてならなくていいんだ。出身がどこであろうと公爵夫人なのは間違いないだろ?」


 ザラは勢いの止まらないフォルターの前でしゃがみ、ハネているクセっ毛を少しでも整えようと撫でる。

 兄が撫でられているのを見て、ケイテもザラの前へと駆けて行った。


「ケイテも来てくれた。ちゃんと優しく育っているのなら、教育係は変えない方が良さそうね」

「なあ、なんで断らないんだよ。あんなの命を捨てろって言っているのと同じじゃないか」

「あなたの父であり、この国を治めている立派な方をそんな風に言ってはいけませんよ」

「あんなのが父親だなんて耐えられない。カシカルド王国の王は女なんだろ? あいつを消して母様が治めればいい」


 ケイテが身を隠す場所を貸していた侍女が歩みより、三人に小さな声で話しかける。


「お話し中申し訳ございません。公爵がお部屋を出られるかもしれないとのこと。お話は場所を替えた方がよろしいかと」

「ありがとう、すぐに移るわ。急いで私の部屋へ行きましょう」


 ザラは二人の背中に軽く手を当てて、その場を去った。


Szene-02 カシカルド王国、カシカルド城門


 ダン一行はようやくカシカルド城の敷地入り口に到着した。門番が役目を果たすべく両側から槍を交差して、ダンたちの歩みを止めた。

 ダンは左右にいる門番の顔をしっかりと見てから、名を名乗った。

「ローデリカ陛下から謁見依頼をいただいたダン・サロゲトと言う。連れも招待を受けた六人だ」

「長旅ご苦労さまでした。陛下が首を長くしてお待ちです。ささ、お通りください」


 一行の足を止めた槍をすぐに持ち上げると、門番は片手を敷地内へと向けて通るように促した。

 城壁の回廊で監視をしていた兵士が、改めて歩き出した一行を視認する。


「到着したようだ。陛下にお伝えしないと」


 兵士は狭い回廊の中を早歩きで抜けてゆき、居館前の広場を女中と歩いていた侍女に合図を送った。


「あら、到着したのね。みなさん、陛下のもとへ向かいますよ」


 王室付き侍女と侍女付きの女中二人は、早歩きのまま向かう先を王室に変更した。


Szene-03 カシカルド城内、道上


 ダン一行は、複数の門が設けられている敷地内の道を、それぞれの門番に引率されながら徐々に居館へと近づく。

 それに連れて、到着の連絡が伝わる相手がローデリカに近い者になればなるほど、忙しなく動くことになる。

 そしてローデリカに直接連絡を伝える侍女に届いた今、いよいよローデリカ本人に伝わる。

 侍女から一歩下がった左右に女中が付くと、侍女は王室の扉を叩いた。


「陛下」

「よし、準備を」

「は、はい――」


 ローデリカは首を長くして待っていたせいか、侍女の様子でダン一行の到着を察知したらしく、次の行動を指示した。

 侍女と女中の三人は、ローデリカには見えないが扉の前で丁寧に礼をしてからその場から去った。


「来た、来た! ダン、久しぶり。いえ、何か違う。もしかして……ダン!? ダンが来ることはわかっているのだから変ね。いっそ抱き着いちゃおうかしら。ああ、でもヘルマがいるしそれはまずいわよね。あー、どうしよ。アウフの娘ちゃんにも会えるし、ヨハナにも。私、どうしたらいいのかな」


 ローデリカは王室で一人、歩き回りながら顎に手をやったり、突然止まっては胸に手をやってみたり、落ち着かない様子で素の自分を出していた。

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