第三十四話 単刀直入

Szene-01 レアルプドルフ、二番地区内泉広場


 鐘楼の音が響く中、ルイーサとヒルデガルドは泉広場でエールタインを待っていた。


「とうとうこの日を迎えたわね」

「ルイーサ様と探し歩くのはとても楽しかったです」


 座っていても背筋を伸ばしたままのルイーサ。

 その横でヒルデガルドは一緒に歩いたことを思い出しているのか、微笑んでいる。


「鐘は鳴り終わったけれど、まだ来ないわね」

「鳴り終わったばかりですし、ゆっくり待ちましょう」

「焦ることはないわよね。もう何度か会っているのだし」

「……今回で三度目かと」


 ルイーサはちらっとヒルデガルドを見てから元の姿勢に戻す。


「初めて会うわけではないのだから、もう知り合いなのよ」


 ヒルデガルドは静かにすることを選んだらしい。

 その時、腰の小鞄がごそごそと動いた。


「どうしたの……ありがとう。ルイーサ様、お見えになったようです」

「あら、そう。ちゃんと来てくれたのね」

「お知り合いですから」

「そ、そうよ。知り合いの約束を黙って破るような人ではないわ」


 出そうになった言葉をグッと飲み込んだヒルデガルド。

 半開きになった口を閉じる。

 小鞄を少しだけ開けて木の実を一つアムレットに渡してあげた。


「エール様、あちらですよ」

「あ、ほんとだ。お待たせしました」


 エールタイン達が泉に到着した。

 一瞬ホッとした表情をしてすぐに戻すルイーサ。

 立ち上がってエールタイン達に挨拶を返す。


「私たちも先ほど着いたところだから大丈夫よ」


Szene-02 ダン家


「おや? 二人の姿が見えないようだが」


 ダンは魔獣討伐関連の話をするために町役場へと向かう支度をしていた。

 同行するヘルマにエールタイン達のことを尋ねる。


「どなたかと約束があったそうで、待ち合わせ場所へと向かわれたそうです」

「約束……誰だ?」

「ヨハナが言うには見習い剣士様から誘われたとか。いつの間にか知り合いができるようになったということは、いつの間にか立派な剣士様になられているのでしょうね」

「是非とも立派になって欲しいものだな……そのためには俺も引っ張り上げないといけないわけだが」


 ヘルマがクスッと笑う。

 元が垂れ目なこともあり、笑うと優しさがあふれ出しているように見える。

 それに対し戦闘では真逆になる。

 エールタインはその差を知っているため、ヘルマのことは優しさよりもカッコよさについて語る事が多い。


「まだエール様から目が離せませんね」

「そりゃそうだろ、見習いだぞ。剣士にもなっていないのに目を離せるわけがないだろう」

「そうでしたね。エール様が成長されるのはとても嬉しいことなのですけれど、なんだか遠い所へいってしまうのではと感じることがあって……」


 支度が整ったダンがヘルマへ振り返る。


「正直に言うとな、ティベルダが来てからはお前と同じことを思う時がある。あいつは一人きりでは無いと感じていればどこまでも突っ走れるヤツだ。思う存分走っていけるように、俺もたっぷり可愛がってやりたいよ」

「ダン様……」


 エールタインを育ててきた二人は、魔獣討伐という久しぶりの戦闘がこれまでのことを振り返るきっかけになったようである。


Szene-03 二番地区、泉広場


「ところでお話って何ですか?」


 エールタインはルイーサたちの横に座り、早速本題に入ろうとしていた。


「あなた話が早いわね。そういう人は好きよ」

「え!?」

「……え?」


 エールタインがルイーサの顔を見て突然驚いた。

 それを聞いてルイーサは疑問に思う。


「何か?」

「ルイーサさんの目って、オレンジなんですね! 金色だと思っていました」


 ルイーサの目はオレンジ色だ。

 光の差し込み具合で金色に見える。

 エールタインは光の当たっていない状態で真正面からルイーサを見たことが無かったために気づかなかったようだ。


「よく言われるわ……オレンジの目はあまりいないものね」

「えっと、オレンジ色の目をした人を知っているので同じだなあと思って」

「あら、そう」


 ルイーサは目が気に入ってもらえたと思ったのか、よく見えるよう片耳に髪の毛を掛けた。


「その髪の毛もとてもきれいな金色。ルイーサさんは美人ですよね」


 軽くウェーブが掛かった長い金髪はよく目立つ。

 それも目の色が金色に見える要因なのかもしれない。


「いきなりそんなに褒めないでよ。なんだか困るわ」

「気に障ったのならすみません。ただ素直にきれいだなって思ったので」

「私ね、回りくどい事は嫌いなの。あなたが素直な迷いのない人で嬉しいわ。私の目に狂いは無かったということね」


 何のことだか分からないといった様子で首を傾げるエールタイン。

 素直に質問をする。


「目に狂いは無かったって……どういうことですか?」


 ルイーサは少し小さな声で顔を赤らめながら答えた。


「単刀直入に言うわよ。あなたのことが好き、なの」


 そう言われたエールタインは勿論のこと、ティベルダも主人と同じように驚いてヒルデガルドは俯いた。


「……あ、ありがとうございます」


 エールタインは座ったままペコリとお辞儀をした。

 するとティベルダがエールタインの背中にがっちりと抱き着く。

 主人の横から顔を出し、鬼の形相でルイーサを睨みつけている。


「う~」


 ティベルダは唸り声を出し始めた。


「何よ、あなたたちの仲が良いことは分かっているわ。でもそれはそれ。私はエールタインさんが好き。それだけよ」

「うーっ!」


 ティベルダの唸り声が跳ね上がる。

 エールタインは従者の限界を感じたようで、頭を撫でて宥めすかした。


「好かれるのは嬉しいんですけど、どういった感じで? ボク、身内からしか好きと言われたことが無いからよく分からなくて」


 ルイーサは撫でられて静かになっているティベルダを注視しながら問いに答えた。


「その子も身内なのかしら。奴隷なのでしょ?」

「うちは……えっとダン剣聖の家では奴隷も身内として扱うようにしているので」

「あら、私の家でもそのようにしているわ。最近は奴隷を身内として迎えるような風潮になりつつあっていい傾向よね」


 エールタインはルイーサの話を聞いて両手をパチンと叩いた。


「素敵! そうなんだ! 同じ考えの人で良かった。ボクとしては奴隷という言い方も変えて欲しいんですよ」


 思わぬエールタインの反応に少し驚いたルイーサだが、好きな人が自分の話したことに気を良くしてもらったことが嬉しかったようだ。


「とても喜んでもらえたようで何よりだわ。ところで早速なのだけど、私の気持ちに答えて欲しいの。これからは私を特別な人として扱ってもらえないかしら」

「特別な人?」

「そうよ。友達というよりは……恋人ぐらいの扱い、にして欲しいの……」


 ルイーサは張りのある声から徐々に小さく照れた言い方になりつつ、この話で一番口にしたかったことを伝えた。

 その途端、主人に撫でられ続けているティベルダが再び唸り出した。


「うー! 私のご主人様は私のモノっ! 恋人ですって!? そんなの私がいるから必要ないです!」


 エールタインはルイーサに続いてティベルダに驚いた。


「ティベルダ!? 落ち着いてよ。いまボクにくっついているのはティベルダでしょ?」


 ティベルダはエールタインの背中を抱きしめ、脇から顔を出したまま主人の顔を見上げた。

 従者の見上げる顔を見下ろして注意をするエールタイン。


「お話を聞いているんだからそれを邪魔したらだめだよ」

「うふ、うふふふ」


 二人のやりとりを見ていたヒルデガルドが突然笑い出した。

 もう一人の主人が従者に尋ねる。


「どうしたのよ」

「すみません。ティベルダさんがなんだか、アムレットみたいに思えてしまって」


 ヒルデガルドは必死にこらえつつも、抑えきれない笑いがもれていた。


「アムレット? 何ですかそれ」


 ティベルダはこっそり見せてもらったが、エールタインはまだ知らない。


「ヒルデガルド、教えてはまずいでしょ?」

「ティベルダさんにはこの前見せたので」

「あら、驚かなかったのかしら」

「はい。私からではなく、ティベルダさんが先に気づきまして」


 ルイーサがティベルダへ振り返るとエールタインの背中に隠れてしまった。


「ふっ。その子も東地区出身なのかしら?」

「そうですけど……よくわかりましたね」

「アムレットというのは……教えていいわよね?」


 ヒルデガルドは手のひらを見せる仕草でどうぞと答えた。


「この子が飼っているリスのことなの」

「魔獣を!?」

「小さい声でお願いね。そのリスに気づいたからわかったのよ」


 エールタインはこれまでの話でヒルデガルドが笑った理由に気づいたようだ。


「ティベルダが魔獣扱いされちゃったのか。でも大丈夫なんですか?」


 ヒルデガルドは小鞄を開けてアムレットを見せた。


「噛みついたりしないのかな」

「この子は魔獣を手懐けることができるの。しっかりと教え込ませているから大丈夫よ」


 ヒルデガルドの能力なのだが、ルイーサが自慢げに説明をする。


「大丈夫と言われても警戒してしまうな。見ているだけなら可愛いけど。そうか、ティベルダは可愛いってことなんじゃないの?」


 主人の背中に隠れていたティベルダが再び顔を出す。

 可愛いと言われて喜んでいるようだが。


「魔獣といっしょにしないでください! もお、エール様まで」

「ごめんゴメン。それにしても魔獣を手懐けるなんてすごいですね」

「声は小さくして」

「あ……すみません」


 見習いデュオ同士の会話は思いのほか弾んでいた。

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