25 決着
ナイア・リュングベリは俺が『
どうやら何らかの罪で落ちてきたらしいが――本人は冤罪だと断言していたが、俺としてはあまり信じてはいない――、具体的な罪の内容までは聞いていないため不明である。
ナイアが何か呪文のようなものを唱えると、ニーナ・シンフォニアの身体が光に包まれる。
しばらくして現れたのは、俺の良く知るナイア・リュングベリという少女の姿だった。
ニーナ・シンフォニアの容姿は紫紺の長髪に赤い瞳というものだったが、ナイアの容姿はそれとは大きく異なっている。
本来の彼女の容姿は水色の長髪に青い瞳だ。
それに、髪や瞳の色だけではない。
そもそもの容貌や体型などもまるで違っている。恐らくは何らかの魔術か
「本物のニーナ・シンフォニアはどうした?」
少なくとも、俺が学園に来たときには既に入れ替わりは終わっていたはずだ。
ニーナは初対面の時点から俺に殺気をぶつけてきていたし、メリルの方はどことなくニーナに怯えていた――メリルの怯えに気付いたのは、街で遭遇して喫茶店に赴いたときだったが。
両者の反応が演技である可能性も考慮していた。
しかしニーナが敵で、メリルが脅されていたという現実の構図と一致している以上、あれは演技ではなかったのだろう。
「ふふ、ニーナ・シンフォニアは元々『
「そうか……」
それを聞いて、メリルがショックを受けたような表情を浮かべた。
無理もない。ニーナ――正確にはニーナに成り代わったナイアだが――が言っていたように、彼女とニーナは学園に入って以来の友人であったのだ。
あれがナイアの嘘ではなく、純然たる事実であることは、彼女たち二人を疑っていたために二人の過去の情報を調べた際に判明している。
「だが、どうしてお前がここにいる? お前は――『
「そうだね、私は『
そこで一旦言葉を区切ると、ナイアは頬を染め、どろりとした眼差しでこちらを睨む。
「キミだよ――キミに逢うために、『
「そんなにお前に恨まれるようなことしたか、俺……?」
記憶にない。
ない、が――まあ、どうでもいいか。
こうして敵対した以上、ナイア・リュングベリという存在は俺にとって敵でしかない。
躊躇う必要などなく、叩きのめせばいいだけの話だ。
俺の呟きを聞き咎め、ナイアが爆発した。
「恨んでる? 当たり前でしょ――私を捨てて『
「……はぁ?」
「どうして私に何も言わずに、勝手にいなくなったのよ!」
「別に、それをお前に言う必要があるか?」
ナイアとは『
彼女が『
それに、伝えたら伝えたで、自分も着いて行くなどと言われそうで面倒だと思い、何も言わずに『
実際にこの反応からしても、そのことを伝えていたら俺の予想通りの反応をしていただろうと思った。
「……なんなの、あなたたち? 痴話喧嘩なら私のいないところでやってくれないかしら?」
「そんな良いものじゃねぇよ」
リリーが呆れたように首を振った。
「――ねえ、どうして王女様と楽しそうに話してるの? 私が折角こうして逢いに来たのに」
ぞっとするような声色で、ナイアは囁いた。
「別にお前は俺がいなくても『
「そういうことじゃないッ!」
ナイアが絶叫した。
同時に彼女の背後が歪み、そこから黒一色の、巨大な腕のようなものが現れる。その先端には鋭い鉤爪が煌く。
ナイアの得意とする、洗脳した他者を経由した幻想の具現化。
それによって生成された巨大な腕型の使い魔――
「――もういい。王女様は殺して、アークを『
「お断りだ。後、その名前で呼ぶんじゃねぇよ。俺の今の名前はノアだ」
「煩いッ!」
爆発した。
『
だが――その僅かな時間があれば十分だ。
俺はリリーとメリルの首根っこを抱え、横に跳躍して攻撃を回避。
漆黒の腕が地面に叩きつけられる。
床が抉れ、大穴が開く。衝撃の余波で前方の壁と床が爆音と共に吹き飛んだ。
「――開け、邪悪の門」
更に詠唱。
ナイアの周囲に、教室を埋め尽くすような数のおぞましい怪物が次々と現れる。
牙を持つ十三本足の蛸や、巨大な一つ目を持つ蝙蝠。
そして、海産物をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだような正体不明の怪物など――巨大な怪物共が、総数十匹。
「『
俺は術式を綿密に制御し、先程の
大気が歪むほどの重圧。
一瞬だけ拮抗したものの、怪物の一匹はすぐに耐え切れずに潰れた。
それを連続して三度ほど。十体のうち、三体が潰れて動かなくなる。
しかしナイアは笑みを絶やさず、すぐさま追加の怪物を顕現させた。
「ちっ……キリがないな」
詠唱を含んだ完璧な『
だがそんなことをした暁には――俺以外のほとんどが耐え切れずに死んでしまう。
リリーの魔力量から推察できる魔術耐性ならばぎりぎり耐えられるだろうが、それ以下の生徒たちでは無理だ。目の前の怪物と同じ末路を辿ることになる。
「ふふ、どうするのかな、アーク? 諦めて大人しく私に捕まろう? 私と『
「断る」
「ふうん――そう」
ナイアが苛立たしげにこちらを睨みつける。
召喚者である彼女の感情の高ぶりに応じてか、異形の怪物共がおぞましい雄叫びの合唱を響かせた。
「ひっ……」
メリルが怯えたように頭を抱え、やがて気絶した。
無理もない。碌に
俺ですら、恐怖こそ感じないものの、見ているだけで気分が悪くなるような光景だ。
だが、リリーは身体を恐怖で震わせながらも、メリルを守るように怪物共の前に立った。
王女の癖に精神力が強すぎる……。
「さあ――蹂躙なさい、『
教室で眠っている生徒たちが呻き声を上げた。
見るだけで精神を削る姿形をした怪物の群れ――それをナイアの精神操作によって強制的に想像させられているため、彼らの精神にはかなりの負荷が掛かっているのだろう。
短時間なら問題ないが、この状態が長時間続いた場合には精神に後遺症が残る可能性すらある。
実際、『
見知らぬ大半の生徒についてはどうでもいいが……。
しかし、学園にはアイリスや妹もいる。早急に片を付ける必要があった。
「ちっ――
時計の針が停止する。
全てが止まった世界の中。
俺はナイアと、彼女に召喚された
二十二秒後。
時計の針が動き出す。
「ぐっ……」
気色悪い
……毒とかないよな。普通に倒れてる生徒に掛かってるんだが。
これと同時に、ナイアにも同じ数の『
しかし、彼女の場合は重圧によって教室の床に押し付けられてはいるものの、
――大量の人間を同時に洗脳して操るという怪物じみた真似を可能とする彼女の魔力量は、非常に膨大だ。
そのため、それに比例して魔術に対する耐性も高い。
「ぐっ、どうして……ッ」
「これがお前と俺の力の差だ」
否――時間停止の魔術
だが、相手に弱みを見せる必要はない。
ナイアに
ともあれ、ナイアは『
倒れ伏すナイアを睥睨し、俺は宣言した。
「俺の――勝ちだ」
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