11 王女の目的
俺が掴んでいたリリーの肩を離すと、リリーは警戒するように距離を取って俺を睨んだ。
「で、大丈夫か?」
「……一応、助けてくれたことには礼を言うわ」
「礼を言うような表情じゃないけどな」
「ええ、私にとっては正直ありがた迷惑だったもの」
俺は慎重に倒れ伏す襲撃者に近付き、何度か蹴って完全に気絶していることを確認した後、リリーの方へ振り返った。
リリーは倒れ伏す男を見て、こちらを見ると、苦々しげに舌打ちした。
「で、あなたが新しい護衛だったってわけ?」
「そういうことだ」
「ふうん。てっきり普通に来ると思ったら、私に説明せずに隠れて護衛するだなんて……お父様の差し金かしら」
「俺の正体に予想付いてたんじゃないのか?」
「え? ああ……あれはあなたが『
「ああ、そういう……」
当たらずとも遠からずという感じであるため苦笑い。
『
「それで、あなた一体何者なのよ。あんな、私でも見たことも聞いたこともないような魔術を……」
見たことがないのは当然だ。
何しろ公爵家であるオルブライト家が、俺の魔術が使えない原因についてありとあらゆる伝手を辿って調べた際にも、時空魔術に関する情報など何一つなかったのだ。いくら王女といえど、知る由もないだろう。
「ただの護衛だよ」
「ただの、なわけないじゃない。これでも魔術師の端くれとして、私とあなたの魔術師としての技量がどれだけ隔絶してるかは理解できるつもりよ。一体あなたみたいなのがどうして護衛なんか……」
リリーは溜息を吐いて、襲撃された際に地面に落としていた鞄を拾い上げ、汚れをはたき落とした。
「にしても……折角の機会をよくも潰してくれたわね」
リリーの行動には不審な点が多い。
今朝遭遇してから今までの僅かな会話の中でも、口こそ悪いものの、そこまで――護衛を再起不能にして拒絶するほど棘のある性格だとは思えなかった。
そんなリリーがどうして頑なに護衛を拒絶するのか。
加えて、帰宅の途中にあえてこんな人通りの少ない、いかにも襲撃に向いた道を通っていたこと。
更に、襲撃者に対して無抵抗で降伏したこと。自尊心の強いリリーの性格からすると、抵抗しないというのは不自然だ。
そこから察することのできるリリーの目的――それは、襲撃者に捕まること。
もっと言えば、襲撃者がリリーをどこに連れて行こうとしているのかについて考慮すると――恐らく、相手が『
『
大陸の中央部に広がる巨大な大穴で、周囲には特殊かつ極めて強力な結界が張られている。
そのため、『
『
実際には出入り口は僅かにだが存在するが、しかしその全てが厳重に管理されており、現在では主に凶悪な犯罪者に対する流刑地として利用されている。
つまり、端的に言えばすさまじく危険な場所というわけだ。
とてもではないが王女が訪れることができるような場所ではない。
「――それで、お前はどうして『
「ふん、あなたにそれを言う必要があるかしら?」
「まあ、ないな……」
どんな理由があるにせよ、あんな場所に護衛対象が連れて行かれるのをみすみす見逃してしまっては護衛として失格だろう。
「ただ、理由は気になるな。あんな掃き溜めみたいな場所に王女が一体何の用がある? 言っておくが、物見遊山で行くような場所じゃないぞ」
「何よあなた、『
「……別に、一般常識だろ」
「まあ、そうね」
多少引っかかっているようだが、それ以上の追求はしてこないようだ。
無理もない。『
『
僅かに存在する出入り口である亀裂も、外側は国家に、内側は『
また『
王国や『
まあ要するに、俺が以前に使った亀裂は、結界の機能によって既に修復されており使えないため、リリーを『
尤も、あのときの亀裂が未だに使えたとして、『
「まあいい。帰るつもりならさっさと帰れ。見つかったなら仕方ない、このまま護衛させて貰うぞ」
「なんでよ」
「仕事だからだよ。正直隠れて追跡するのは面倒なんだ」
「はぁ、勝手になさい……けど、そいつどうするつもりなのよ」
「ん……? ああ、こいつか」
俺は足元で倒れる襲撃者を蹴飛ばした。
「そうだな……。やっぱり気が変わった。俺はこいつに聞くことがある。『
「良く分かっているじゃない。けど、いいのかしら?」
「何がだよ」
「普通に私は帰るわよ? まだ襲撃者が残ってないとは限らないけど、護衛はしなくてもいいのかしら?」
俺は一瞬逡巡したが、結局リリーを帰すことにした。
「……あー、まあ今日のところは大丈夫だろ、たぶん」
「そう、じゃあ帰らせてもらうわね」
言って、本当にリリーは颯爽と路地を抜けて行ってしまう。
リリーとしてはこれで本当に『
全く、護衛対象の方に守られる気がないというのは本当にやりにくい。
「……やっぱり追加人員の申請は必要だな。俺だけがこんなクソ面倒な任務をさせられるなんて間違ってるぜ、全く」
相変わらず伏したままの襲撃者を見て、俺は嘆息した。
「――おい、気絶した振りしてないでさっさと起きろよ」
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