転校生は【魔術師】の少女
「にひひ、びっくりしたでしょ? 天王寺翔真くん」
その日の放課後、武庫川奈留は待ってましたとばかりに、帰宅しようとしていた翔真へと話しかけた。
「びっくりしたも何も――何がどうなっているのかさっぱりわからない。君はいったい、何者で、どこからやってきたのか――たしか、異世界って――」
「おっと! ちょっと待った!」
翔真が言い終える前に、奈留は慌てたように彼を制止した。
奈留は制服の袖を引っ張るようにして、強引に人気のない廊下の奥端へと翔真を連れ出す。周囲に誰もいないことを確認し、彼女はふうと軽く息を吐いた。
「あぶないあぶない。一応、
「それは朝に聞いたよ――それにしても、『
翔真の言葉に、奈留は少し呆れたように上目遣いで翔真を見つめた。
「夢か幻か――って、あのねぇ」
奈留は人差し指を掲げ、指をくるくるとリズムをとるように回しながら説明を始めた。
「このあいだの出来事は、紛れもない現実も現実だよ。そう、あたしは
レシノミヤって街の出身で、街では『レシノミヤに咲く奇跡の花』とまで称されるほどに高位の――うん、レベル3クラスの魔術師さ。
どこかで聞いたことのあるような自己紹介をし、奈留は続ける。
「その目的ってのは、
奈留の説明を聞きながら、翔真は口許に手をやった。目覚めの悪い夢のように朧げにしか残っていなかった、召喚時の記憶を掘り起こしていく。
「【
やっと思い出してきたか、気づいてきたか――と言わんばかりの様子で奈留は勢いよく頷いた。
「そう――やっとこさ【
おまけ呼ばわりされ、翔真はげんなりしたような表情で呟いた。
「おまけって――誰のせいでこんなことになったと思ってるの。
今回の件で、なんだかよくわからない変な手枷やら足枷みたいなのを嵌めさせられて、しかもこれ全然取れないから、僕は今もずっとそのままだ。
さらに変な声に身体は乗っ取られるし、身体の主導権が戻ったと思ったら、今度はすごい痛みに襲われて――そこから先の記憶は無いけど、とにかく散々な目にあったよ――」
「そう、そこなんだよねっ!」
いきなり大きな声を出してぐいと詰め寄る奈留。その豊満な胸元が目の前に飛び込み、掌で触ってしまいそうなほどに近づいてきたので、翔真は思わず上半身を仰け反らせた。
「あの時、|魔術師でも
今のあなたの言葉に、そのヒントが含まれていたような気がする――あなた、なんて言った? 変な声って? 身体を乗っ取られる? それって、どういうこと?」
奈留は更に翔真へと近づく。子供と大人の中間のような未成熟な、しかし整った美しい顔立ちが鼻先まで迫り、見開かれた碧眼はじっと興味深げに彼の顔を覗き込む。
「それは――」
翔真は少し躊躇ったあと、観念したかのように訥々と語った。
「僕の中に【僕】じゃない【俺】がいる。
異世界に転送される時、僕は【俺】の声を聞いた。
そして、【俺】は僕の中に入ってきた。
鋼のバケモノに襲われた時、【俺】は僕の中から声をかけ、こう言った。
――【俺】に代われ、と――。
【俺】は【僕】から僕の意識を奪い取って、青い髪の女の子に右腕の枷を断ち切らせて、封印されていた力を使った。
そして【俺】は、こう名乗っていた――『俺は【
翔真の言葉を聞き、奈留は考え込むかのように腕を組みながら呟いた。
「ふーむ――覇王アシャ――ねぇ。要はそいつが、あなたに取り憑いてしまったってことか。っていうか、そいつ――なんなんだろう――?
少なくとも、
考え込み唸る奈留をよそに、翔真はふと疑問を抱いた。
「そういえば――あの時の出来事が本当のことだったのなら、僕はどうして、
「ああ、それは【
尤も、安全機構と言ったところで――大怪我や死にそうな時に自動的に発動させるなんて都合のいいことはできないけどね。大怪我したら元の世界へも大怪我したまま戻されちゃうし、死んじゃったら召喚対象が存在しなくなったことになるので、その屍体は元の世界に戻ることすらできない。
そういう意味では、この間の出来事は危なかった。あの時は慌ててたから召喚先の座標軸がブレブレで、いくら細かい制御ができないとはいえ、まさか敵の支配地から近いイクセの大草漠に墜ちるとはね――敵がすぐに来たのもそれが原因だよ。
そう、あたしの不用意で雑な召喚のせいで、
長々と自分で言いながら自分で納得しているかのようにうんうんと頷いている奈留に、翔真は呆れたたように溜息をついた。
「なんか……あんまり反省しているように見えないんだけど」
「なっ――!? 失敬な。あたしが召喚対象をミスっちゃったせいで、アナタがわけのわからない何かに取り憑かれて、あげく【
「えぇ……そんな恩着せがましく言われても……」
困ったように眉を潜める翔真を気にも留めず、奈留は早口で捲し立てる。
「そうだ! アナタだって、一生その外せない枷を着けたままってわけにもいかないでしょうし、もう一度あたしの【召喚】に応じてくれれば、もしかしたらその枷を解除する方法か、せめてヒントだけでも得られるかも!」
悩ましげに呟きながら、奈留は横目でチラチラと翔真の様子を伺う。まるで【一緒に異世界に来い】とでも言わんばかりの様子に、翔真は目の前で喋り続ける金髪の魔術師が何を目論んでいるのかを朧げながら察しつつあった。
段々と押し売りのようになりつつある奈留の口調に戸惑いつつも、翔真は不承不承小さく頷いて見せた。
「まぁ、そこまで言うなら――いいけど。但し、この間みたいに危ない目にあうのは勘弁だよ」
翔真の回答に奈留は目を輝かせた。彼女は翔真の手を取り、ブンブンと力任せに振り回す。両腕の枷がガチャガチャと鈍い音を響かせるも、それを掻き消さんばかりの声で奈留は言った。
「もっちろん! 前回の召喚で座標軸の固定は安定して出来るようになったはずだから、次はちゃんとレシノミヤの街に直行だよ!」
「う、うーん――? それなら安心――かな?」
翔真は彼女の怒涛のペースに押されて、軽い目眩を感じていた。ふらふらと足元がおぼつかなくなりそうな彼に、奈留はトドメを刺すかのように言葉を付け加えた。
「あっ、そうだ。アナタが、
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