第26話 NO TIME TO PRAY⑧

 ぽっかりと空いた祭壇の穴から鉄梯子を伝って、ふたりが降りたところは長年、人が立ち入ったことのない洞窟だった。

 どこからか風が吹いているのか、生温かい風がフランチェスカの頬を撫で、ふわりと金髪が後ろになびく。


 「んー! これぞまさにTHE洞窟って感じね!」


 胸のポケットからヘアゴムを取り出すと髪を後ろにまとめる。


 「この先に、ザビエルの秘宝があるんだ……」

 「あら? ビビったの? クァン」

 「む、武者震いさ!」


 強がるクァンにフランチェスカがくすっと微笑んでから前を向く。


 「さぁ、お宝があたしたちを待ってるわよ!」


 意気揚々とフランチェスカが腕を振り上げ、先へと進み、クァンがその後を追う。


 仄暗い洞窟の横穴の天井からは鍾乳石が氷柱のように垂れ、洞窟内は湿度が高いためか、じめじめとしている。


 「ふぅ……」とフランチェスカが額の汗を拭うと、「わっ!」と後ろでクァンが頓狂な声を。


 「どうしたの!?」

 「なんか足下に見たことない虫がいた!」

 「なによ、虫ぐらいで大げさね」

 「だって、でっかいクモみたいだったもん!」

 「男の子なんだからガマンしなさい。さ、前に進むわよ」


 クァンが「うう……」と歯を食いしばり、ひょいっとよけて進む。


 「それにしてもスゴいわね……この洞窟。どこまで続いているのかしら?」と頭にかかった蜘蛛の巣を払う。

 「下手したら日本まで続いてるんじゃない?」

 「そんなのカンベンしてほしいよ……」


 あははとフランチェスカが笑う。


 「ね、クァン。どうしてザビエルはこの上にあんなものを建てたのかしら?」

 「そんなの、おいらが知るわけないよ……宝を守るためとかじゃないの?」

 「そこなのよね。あたしが疑問に思ったのは。宝を見つけたにも関わらず、それを持ち帰らないなんて……普通は持ち帰ってあの教会みたいな建物に納めるものなのに」

 「きっとデカくて重いから運べなかったんだよ!」

 「本当にそれだけかしら……?」


 と、いきなりフランチェスカが立ち止まった。くるりと後ろを向く。


 「どうしたの?」

 「……ううん、なんでもない……気のせいだったみたい」


 首を振って、歩き始める。


 気のせいかしら? 誰かに見られているような気がしたけど……。


 ふわりと風が吹いたので先を見ると、綿菓子のような巨大な蜘蛛の巣が行く手を阻んでいた。

 風に吹かれるたびにゆらゆらと揺れる。


 「風が吹いてるところを見ると、この先に通路があるみたい。クァン、バックパックからピッケル取ってくれる?」


 クァンからピッケルを受け取ると、ヘッドと呼ばれる部分から左右に伸びたブレードで蜘蛛の巣を払う。

 案の定、その先には通路が。

 ピッケルをベルトに差し込んで、前に進むと一層開けた空間に出る。

 ちょろちょろと水が流れる音がしたので、見るとすぐ横の岩壁から地下水が染み出している。

 見上げるほどに高い天井、目の前にはアーチ状の岩石による天然橋――だったものがあった。

 橋は途中で崩れ落ちており、とてもではないが渡れそうにはなかった。

 ヘッドランプやライトで照らしても底は見えない。

 試しにと小石を落とす。少ししてから微かに着地の音。どうやら奈落のように深い。


 「まいったわね……ここから先は進めないわ」


 見回してみるが、他に道はない。


 「どうすんのさ?」


 クァンの疑問には答えず、フランチェスカは前方の橋の岩壁を見やる。


 「ここから向こう側までだいたい8メートルくらいはあるみたい」と目測。


 そう言うなりバックパックを降ろして、中からロープを取り出す。

 そして自分の腰に巻き付け、先端を手頃な鍾乳石に結びつけた。

 二度三度引っぱって強度を確かめる。


 「うん! これなら大丈夫ね!」

 「ねえちゃん、まさかとは思うけど……あそこへ飛ぼうってんじゃないよね……?」

 「そのまさかよ」

 「うぇっ!?」


 驚いて目を見開くクァンをよそにフランチェスカは洞窟に戻る。

 前方の岩壁と手前の足場を見比べ、うんと頷く。


 「これならなんとかいけるかも……!」

 「無茶だよ! ねーちゃん!」

 「どいてて、いくわよ!」


 助走をつけて、足場の縁ギリギリまで走ると、フランチェスカは跳んだ。

 闇のように広がる奈落を下に見ながら、腕を伸ばす。

 だが、腕一本ぶん足りない。


 「ねえちゃん!」たまらずにクァンが目を手で覆う。


 「くっ……!」


 ベルトから素早くピッケルを取り出すとシャフトを壁にめり込ませた。

 がりがりとチタン製の刃が壁を削り、下へと落ちそうになるが、辛うじて止まった。

 ほっとフランチェスカがひと息つく。


 「ねーちゃん大丈夫!?」と上からクァンの声。


 「大丈夫よ! このままよじ登ってロープを張るから、それを伝ってきて!」


 †††


 手頃な鍾乳石に結びつけ、ピンと張られたロープを伝って、ようやくふたりとも反対側にたどり着いた。


 「さすがに肝が冷えたよ……もうあんな無茶はしないでよ」

 「ん、ごめん。でもなんとかなったでしょ?」


 さ、探検開始よ! と目の前の洞穴へと入る。


 「ねぇクァン。宝っていったいなんだと思う?」

 「んー……金塊とかかな? おいらのとーちゃんは始皇帝が隠した財宝じゃないかって言ってたけど……」

 「始皇帝? それって中国で最初の王様になった人よね?」

 「うん。始皇帝は中国各地から集めた金銀財宝を大きなお墓の中に保管したって。ここにはきっとその一部が隠されてるんだよ」

 「あり得るわね。もしかしたら不老不死の秘薬だったりして……」


 その時、洞窟内がぐらぐらと揺れはじめた。


 「また地震!? ていうか、前回より強くなってない!?」


 ふたりは壁に手をついて体を支える。少ししてからようやく治まった。


 「皇帝のたたりってワケじゃないわよね……?」

 「やめてよ! ねえちゃん!」


 クァンがフランチェスカに文句を言ったとき、手にしていたライトが奥のほうにあるものを照らし、ちかりと光が反射した。


 「ねえちゃん、奥になにかあるよ!」

 「行ってみましょう」


 奥へ進むと、そのなにかがふたつの明かりで浮かびあがってきた。

 恐らくは金属製の――十字架がはめ込まれていた。そして左右にはふたつの洞穴が。


 「どっちへ進めばいいのかしら?」

 「なにか書いてあるよ」


 ライトで照らされた先には十字架の下、石版があった。文字が彫られている。


 「ラテン語だわ。読んでみるわね。ええと……」


 『聖人の道を辿れ。決して盗人ぬすびとの道を辿るなかれ』


 「なにそれ?」

 「たぶん、正しい道を進めってことね。そうじゃない道は、罠がしかけられてるのかも……」

 「で、でも正しい道ってどっちなのさ?」

 「いくら見習いシスターのあたしでもわからないわよ……ん?」


 フランチェスカがなにかに気付く。ヘッドランプが右の洞穴の上を照らす。


 「なにか彫られているわ……ええと『Gesmus』、そしてこっちは『Dismas』ね」


 うんと頷く。


 「わかったわ。の答えが」




⑨に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る