第26話 NO TIME TO PRAY⑥

 

 兄貴分と子分が車で連れられた一方、クァンはフランチェスカに祖父と父から話して聞かされた昔話を聞かせていた。


 「で、おいらのずーっとずーっと前のじーちゃんはその宝を守る鍵を作ったんだ!」

 「へぇ、すごいじゃない! それでその鍵はどこにあるの?」

 「それが、もともとは昔、家にあったんだけど、教会が管理保管するからって持ってかれちゃって……」


 そこまで話すとしゅんとなる。


 「そうなの……」

 「でも、どこの教会に保管されてるかは知ってるよ! シスターのねえちゃんなら、頼めば貸してくれるかも……!」

 「そういうことね。オッケー。ザビエルの末裔であるあたしに任しといて!」


 どんとフランチェスカが胸を叩く。


 †††


 ――セナド広場。コロアン島からバスで30分ほどで着けるその広場は周りをコロニアル様式の建物で囲まれ、黒と白の波模様の石畳で敷かれた広場をふたりは歩く。

 マカオはもともとポルトガルに占領されていたため、その名残で西洋風の建築物と中国の文化が入り混じるその風景はなんともレトロでエキゾチックだ。

 鍵が納められているという聖ヨセフ修道院の聖堂はセナド広場から歩いて10分ほどのところにある。

 すこし小腹が空いてきたので、ふたりは噴水に腰かけてマカオの名物、エッグタルトをほおばった。


 「んー美味しい!デリシオーソ! マカオに来たからにはこれを食べないとね!」

 「ひさしぶりに食べたけど、やっぱうめぇや!」


 ふたり同時にほぅっと溜息をつく。


 「そういえばさ、クァンはどうしてそこまで宝を探したいの? あたしはゲーム……あ、いやなんでもない」

 「うん……おいらの家の食堂はかあちゃんととうちゃんが働いてたんだ。でもとうちゃん事故で死んじゃって……。

 だから、おいら宝を見つけて、かあちゃんを安心させてやりたいんだ」

 「そう……んじゃ、そうと決まったら宝探しに出ましょ! でも聖堂に行く前に寄りたいところがあるの」

 「いいけど、どこへ?」

 「あたしね、もしかしたら洞窟のある教会がわかったかもしれないの」

 「え」

 「あのラテン語で書かれた日記に『パウロのもとに』って箇所があったでしょ? パウロは聖人の名前。それを英語読みすると……」

 「知ってるよ。ポールだろ?」

 「そう! マカオでポールという名前が付くところと言えば――」

 「聖セントポール天主堂」とクァンが後を続ける。

 「ご名答!」

 「あの日記にパウロって名前があったから、じーちゃんたちもねえちゃんと同じ結論にたどり着いたんだよ。でも……」


 そんなふたりの会話を噴水を挟んで聞く二人組がいた。


 「兄貴、お宝は聖ポール天主堂にあるみたいですぜ」

 「しっ、様子を見るんだ。ヘマしたら今度こそ、俺たちの命はねぇぞ」


 ボスと別れたふたりはセナド広場を歩いているとき、たまたまこの二人組を見かけたのだ。

 クァンとフランチェスカのふたりが立ちあがってその場を離れたので、兄貴分と子分は慌てて後を追う。


 †††


 聖ポール天主堂。1582年から建てられ、1602年に完成した建築物だ。

 目の前にあるそれは立派な装飾が施されたファサードがそびえ立っている。

 だが、1835年の火災によって聖堂は崩れ、現在ではファサードがその名残を残すのみである。


 「見てのとおり、壁しかないんだよ。宝は消えてしまったか、別のところに保管されてるのかも……」


 クァンの言うとおり、ファサードは裏側へ回ると鉄柱とコンクリートで支えられていた。正面の見事な装飾とは反対に裏側は文字通り、なにもない。

 だからか、観光客の姿もまばらだ。


 「確かに……何もないわね」


 フランチェスカがそう言いながら石床を歩く。かつてここには祭壇や天井の高い聖堂があったのだろう。


 「あたしね、もうひとつ思いついたことがあるの」

 「今度はなにさ?」

 「さっきの日記のくだり、『パウロのしたもとに』なんだけど、あれ、もとじゃなくて、したと解釈するべきじゃないかと思うの」

 「この下にあるってこと!? それならまだ宝はあるかも……!」


 でも、と続ける。


 「どうやって探すのさ?」

 「それを今から探すのよ」


 フランチェスカはファサードの裏側を見上げる。

 そして地面を見渡す。入り口から歩いて、かつての聖堂を頭の中にえがいていく。

 左右に分かれた長椅子、その真ん中を歩き、その奥には祭壇、壁には十字架――。

 かつてこの聖堂にはイエスだけでなく、聖人パウロもたてまつられていたことだろう。

 この場合、聖人は――


 フランチェスカは聖堂の祭壇があったであろう場所から右に曲がって、壁際――といっても今はないが――歩く。

 ぴたりと立ち止まった。

 そこはかつて壁際であったろう場所、そして聖パウロを奉まつる像か、聖櫃せいひつが置かれていたかもしれない場所でもあった。

 そこへフランチェスカがかがむ。そしてあたりの石床を仔細に調べたはじめた。

 周囲の観光客はガイドブックやスマホに夢中になっており、彼女に注意を払う者はほとんどなかった。


 「ねえちゃん、なにを」

 「しっ。静かに……」


 タイル状にはめ込まれた石床のひとつに手を当てる。そして砂を払った。


 「クァン! みて!」


 クァンがフランチェスカが指さすほうを見る。

 そこにはうっすらとだが、文字がかろうじて読めた。


 『IHS』


 Hには十字架が重なっていた。そして文字の下には十円玉大の穴が開いている。


 「これ、イエズス会の紋章だわ」

 「やっぱり宝はこの下に……!」

 「みたいね。で、この穴は見たところ、鍵穴のようだわ」


 鍵穴と聞いてクァンの目の輝きが一層増す。


 「ねえちゃん、鍵を取りに行こう! でも鍵があるヨセフ修道院の神父は頑固だから聞いてくれるかどうか……」

 「あたしに任せて。いざとなったらザビエル家の名前を出せば、おとなしく渡してくれると思うわ。でなきゃ、いっそのこと力ずくで……」


 フランチェスカがスカートに付いた埃を払いながら、立ちあがるとふたりで階段を降りた。


 †††


 セナド広場から歩いて10分ほどのところ。石段を上ると、見えるのはクリーム色が映える教会――聖ヨセフ修道院の聖堂だ。

 なおこの聖堂はフランシスコ・ザビエルの右腕の骨が納められていることでも有名である。


 「どうぞどうぞ! お持ちください! あなたのような方ならば、安心して委ねられます!」


 頑固だという神父はフランチェスカたちが入るなり、態度を一変させておとなしく鍵を渡した。

 それは鍵というにはあまりにも奇妙なものだった。黒塗りの十字架をしたそれは、縦棒の下の先端がこれまた奇妙な形に削られていた。


 「ええと、本当にいいのですか……?」と拍子抜けしたフランチェスカが聞く。

 「はいっ。どうぞ御自由にお持ちください!」


 そう答えた神父はしきりに汗を拭く。


 「よかったじゃん! きっと普段の行いが良いからだよ!」

 「なんだか釈然としないけど……ま、これは借りておくわね」と見習いシスターが礼を言うと、神父はひたすらへこへこと頭を下げる。

 ふたりが礼拝堂を出ると、神父はふーっと深い溜息をつく。


 「あの、これでよろしいのでしょうか?」


 ちらりと柱のほうを見る。そこから兄貴分と子分が出てきた。


 「よしよし。それでいいんだ」

 「これで私の命は見逃してくださるので……?」

 「うるせぇ! 命が危ねぇのはこっちも同じなんだよ!」


 聖ポール天主堂で立ち聞きし、先回りして神父を脅した兄貴分が声を荒げ、聖堂に響いた。


 †††


 「これで宝探しに行けるね!」

 「まって、クァン。人の目があるから日中はマズいわよ。深夜にファサードのところで落ち合いましょ。これあなたに預けるわね」


 鍵をクァンに渡すと、フランチェスカは広場のほうへ向かう。


 「ねえちゃんどこ行くの?」

 「準備したいものがあるの」




 30分後、ベネチアンリゾートホテルの前でシャトルバスが停まると、乗客がぞろぞろと降りたつ。

 はたしてそのなかにフランチェスカはいた。

 エスカレーターで3階のフロアに移動すると、そこはベネチアンの名前に相応しい光景が広がっていた。

 青空を模した高い天井の下には人工の運河が流れ、ゴンドラが客を乗せていた。

 運河の左右には一流ブランドからコスメ、ファッション専門店が軒を連ねている。

 入口でもらった地図を見ると、お目当ての店はすぐそこだった。


 「ようこそいらっしゃいませ。なにかお探しでしょうか?」


 アウトドア用品店のスタッフがこれまた一流ホテルに相応しい接客で流暢な英語で対応してくれた。


 「欲しいものがあるのだけど」


 ヘッドランプ、懐中電灯、丈夫なロープを数束、ナイフ、ピッケルなどなどを買い物カゴに入れ、最後にそれらを入れるバックパックを手にして会計を済ませる。


 「お買い上げありがとうございます。ええと、不躾だとは思うのですが、お客様がご利用になるのですか?」


 無理もない。目の前に立つ客は修道服に身を包んだシスターなのだから。


 「そうよ」と答え、少ししてから続ける。


 「宝探しハンティングよ」





⑦に続く。

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