第23話 『Sorella dell'apprendista in Italia』⑤
「そんな! もうどうにもならないの!?」
宿屋の電話ブースにてフランチェスカがそう声をあげる。
「シスターフランチェスカ、誠に心苦しいのですが、当委員会としても何とかしたくても財政難で厳しいのです……」
「でも歌の才能があるシスターがいるんですよ? まだ見習いですけど、彼女の才能を閉じ込めておくなんてもったいないですわ」
「しかし……実績はないのでしょう?」
ぐっと言葉に詰まる。
「実績なんか! これから作ればいいだけでしょう! 困っているひとを助けるのがあなたたちの仕事でしょうが!」
「申し訳ありません……どうか、ご理解を」
最後まで聞かずにガチャンと受話器を荒々しく戻す。ブースのガラス扉を開けると、アンナが心配そうにこちらを見つめていた。
「お、お姉様」
「ダメ。教会委員会に頼んでも金がない、実績がないとダメの一点張りよ」
これだから、委員会は……!
「頭にカビの生えた年寄りどもに何を言ってもムダよ。新しいことに拒否反応を示すんだから!」
ぷんすかとフランチェスカが不満をぶちまけ、アンナがおどおどする。
「はぁ……なんだかバカらしくなってきたわ。ね、アンナ。散歩に出ない? 気晴らしにさ」
「はい! 案内します!」
「決まりね」麦わら帽子を頭に乗せる。
†††
昼過ぎのなか、石畳をふたりの見習いシスターが歩く。
「ここにはじめて来たときも思ったけど、のどかなとこね」
「私、こういうところ好きなんです。都会より、田舎が好き」
「そう、あたしは都会派だけどね。それにここネットも通じないし」スマホを取りだすが、やはりネットには繋がらない。
石壁の上から子羊が顔をのぞかせて「メェ~」と鳴き、それにフランチェスカがあっかんべーする。
やがて道が開けてきた。
目前に地中海がどこまでも広がり、昨日見たシチリア島も見える。
「絶景ね。くやしいけどこればかりは現実のほうがいいわ。ネットの画像じゃ、においや肌触りまでは感じられないもの」
ひゅうっと潮風が吹いて麦わら帽子が飛ばされそうになるのを慌てて押さえる。
たまにはこういうところもいいわね……。
都会の喧噪からはずれた村の海岸沿いをしばし歩く。あたりは潮騒の音とカモメのみゃあみゃあと鳴く声だけだ。
さざ波の音が耳に心地よい。
アンジロー、いまなにしてるかな……?
「お姉様?」
アンナの声ではっと我に返る。
「なんでもないわ。そろそろ戻りましょ」
†††
教会へ戻るアンナに別れを告げて宿屋へ戻ると、カウンターの奥で怒鳴り声が聞こえてきた。
宿屋の主がコックを叱りつけているらしい。壁にふたりのシルエットが浮かび上がり、主が怒鳴るたびにコックの影がへこへこする。
フランチェスカがやれやれと首を振りながら階段を上がろうとする。
その時だ。彼女の頭にアイデアが閃いたのは。
――これだわ!
だだだっと降りて電話ブースに入ると、財布から一枚の名刺を取り出す。
番号をプッシュして五回目の呼び出し音でやっと出た。
「はい。どなたで?」
「あたしよ。昨日乗せてもらった」
「ああ!
「そうよ。ねぇこの辺りにネットカフェみたいのはないかしら? パソコンを使いたいの」
「パソコンですか? それならレッジョ・ディ・カラブリアに行けばあるかもしれませんぜ」
「OK。すぐにタクシーをこっちによこしてちょうだい」
それから「大至急でね!」と付け加える。
フランチェスカが県都レッジョ・ディ・カラブリアに着いたのはそれから1時間後であった。
†††
日本。スマホの着信音で目を覚ました安藤がベッドから身を起こして「ふぁい」と寝ぼけて電話に出たのは朝の6時半。
「アンジロー? よかった。通信が繋がって」
「フランチェスカさん? いくらなんでも早すぎないですか? まだ6時半ですよ?」
「ごめんなさい。あたしいまイタリアにいるの。それでお願いがあるのだけど……」
「イタリア? なんで」
安藤の疑問には答えず、単刀直入に用件を話す。
「あなたのお兄さんの力を借りたいの」
⑥に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます