第21話 HAPPY VALENTINE!


 バレンタイン・デー。

 その起源はローマ帝国時代にまで遡れる。当時は家庭と結婚を司つかさどる女神ユーノーの祝日であった。

 男と女、それぞれ生活を別々にしていた彼らは祭りの前日にくじ引きでパートナーを決め、祭りのあいだを一緒に過ごして恋に落ちたカップルはそのまま結婚したという。

 しかし、ローマ皇帝クラウディウス2世の命令により、士気の低下を防ぐために兵士たちの婚姻は禁止された。

 それを見かねたキリスト教の司祭、ヴァレンティヌスは悲嘆に暮れていた恋人同士を内密に結婚式を挙げた。だが、ある日皇帝の耳に入り、ヴァレンティヌスは結婚式を挙げることを禁じられた。

 それでもヴァレンティヌスは結婚式を挙げ続けたので皇帝の怒りを買い、処刑された。

 祭りの前日が2月14日だったため、バレンタインデーとして選ばれた。



 現在。アンジローこと、安藤次郎はジャンパーを羽織って外を歩いている。

 吐く息が白くなるほどその日は寒かった。ジーンズのポケットからスマホを取りだしてラインを開く。


 「あんたに用があるから教会まできて!」


 学校から帰宅してフランチェスカからいきなりのライン。

 その下には可愛らしいキャラがこちらを指さして「絶対よ!」のスタンプ。

 30分ほど前に安藤は「了解」と返信して、今こうして教会へ向かっているというわけだ。


 またゲーム貸せって言われるんだろうな……。


 だが、教会へ行く前に寄るところがある。ぴたっと安藤が歩を止めたところは神代神社だ。


 「来てくれたんだね!」


 安藤が境内に入るなり、神社の巫女、舞が声をかけた。


 「お久しぶりです。なにか俺に用があるとか……」


 学校からの帰り、舞とばったり会った。挨拶を交わしたのちに舞が少しだけでいいからあとで来るようにと言われ、こうしてやってきたのだ。


 「その、べつに大事な用ってわけじゃないんだけどね……」


 はにかみながら舞が「ちょっと待ってて」とそそくさと社務所兼住居へと向かうと、境内には安藤ひとりだけとなった。

 5分ほど経ったころ、安藤がふわあっとあくびをしたときに舞が戻ってきた。小さな、風呂敷に包まれたものを手にしている。


 「おまたせ! はい、これ」

 「え? あ、ありがとうございます……」

 「生ものだからね。なるたけ早く食べるんだよ」


 それじゃ、あたしはお務めがあるから……と言ってその場を去る舞の頬には心なしか、赤くなっている。


 「なんなんだ……?」


 ぽりぽりと頬を掻いて包みを見下ろす。


 「ま、いいか……それよりフランチェスカさんのところに行かないと……」


 †††


 10分後。


 「遅い!」


 教会に着くなり、彼女の第一声がそれだった。


 「すみません。ちょっと用事があったので……」

 「あたしよりも大事な用事があるんだ? ふーん」

 「や、べつにそういうわけじゃ……!」


 困惑する安藤を見てフランチェスカがクスッと微笑む。


 「ま、いいわ。それよりこっちきて」


 見習いシスターに急かされて入ったのは教会の隣に位置する住居だ。そのキッチンへと通される。


 「そこ座ってて」


 指さしたテーブルに座ると、フランチェスカは冷蔵庫からなにかを取り出すところだ。


 「じゃん!」と言って出されたのはカップに入った菓子の類だ。


 「なんですか? これ」

 「クレマ・カタラーナっていうあたしの国のスイーツよ」


 食べてみて、とスプーンを受け取る。

 表面はカラメルだろうか。わざと焦がして焼き色をつけてある。

 スプーンを差すとパリッと音を立てて、どんどん中へと進む。そして、すくって口のなかへと運ぶ。

 焦がしたグラニュー糖の甘味がやさしく舌を包んだかと思えば、ほのかなシナモンとレモンの香りが鼻をつき抜け、ブリュレ独特の口当たりが広がっていく。


 「美味しい……!」

 「よかった!」

 「ん? これチョコの味もしますね」

 「牛乳と卵黄と一緒に砕いたチョコも入れてみたの」


 チョコ入れるのはじめてだったから不安だったけどねとウインク。

 フランチェスカが見守るなか、安藤は次々と口に運び、あっという間に平らげた。


 「ごちそうさまでした」

 「グラシアス! それよりここに来る前、どこか行ってたの?」

 「あ、そうだ。神代さんからもらったんですよ」

 「まいまいから?」


 舞から受け取った小包を解く。そのなかから出てきたのは木箱を模した発泡スチロールの小箱だ。


 「なんだろ?」


 ぱかっと蓋を開けると、そこにはこぶし大のおはぎがふたつ。


 「おはぎかぁ」

 「なによそれ?」

 「もち米をあんこでくるんだお菓子ですよ」


 懐かしいなと安藤がぱくりと食はむ。たちまちあんこの優しい甘味が広がっていく。


 「フランチェスカさんも食べます? ちょうどふたつありますし」


 だが、当のフランチェスカは顔を真っ赤にしていた。


 「帰って!」

 「え? でも」


 問答無用で教会から追い出される。


 「フランチェスカさん、どうしたんですか!? あんこ好きじゃないんですか?」

 「バカ!イディオータ! もう知らない!ケ セヨ!」と扉越しに怒声。


 「いったいなんなんだ……?」


 帰路につく安藤が今日はバレンタインデーだと気づいたのはそれから2時間後であった。




次話に続く。


後書き

欧米のバレンタインデー事情




「欧米でもバレンタインデーってありますよね?」


「もちろん! だけど日本と違うのは男も女もお互いにプレゼントを贈るわね。だからホワイトデーってのはないの」


「そうなんすか!?」


「そもそもチョコを作ったり、あげたりしないのよ。日本でチョコが広まったのは当時のお菓子メーカーが考えたものだし」


「なんか夢のない話すね……」


「ま、ホワイトデー期待してるわよ? もちろん3倍返しでね!」

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