第20話 Pequeña Francesca③

「ママっ! ひどくない!? フリアンにいさんがわるいのにぃ……!」


 母であるフローレンティナの部屋に入るなり、フランチェスカが抱きつく。風呂上がりなので石鹸の良い香りがする。


 「よしよし、フランチェスカ」と娘の頭を撫でる。

 そして顔を上げて息子のほうを見る。


 「ダメじゃない、フリアン。おにいちゃんなんだから」

 「だってこいつが……!」


 フリアンが抗議しようとした時、ノックの音。


 「失礼します。お食事の用意が出来ました」とメイドが頭を下げる。


 「ありがとう。ほら夕飯の時間よ。行きましょう」


 椅子から立ちあがってふたりの子の頭を撫で、部屋から出る。


 あたしのママ、フローレンティナは病弱だけど、いつも優しい。辛いことや嫌なことがあったらママが慰めてくれる。

 だからあたしはママが好きだ。


 †††


 「――わたしたちの心と体を支えるかてとしてください」


 食堂にてアルフォンソが食前の祈りを唱え、最後に「アーメン」と締めくくるのがザビエル家の食事風景だ。

 燭台の明かりの下、長テーブルにはパンと豆のスープ、サラダや卵料理などといった質素な食事が並ぶ。

 そのなか、フランチェスカは豆をスプーンですくうとパムパムに食べさせようとしていた。


 「そんなの食べるわけないだろ」とフリアン。

 「パムパムがたべたいといったの!」

 「ぬいぐるみがしゃべるかよ!」

 「食事中だ。静かにしなさい」アルフォンソがぴしゃりと言って、一拍間を置いてから続ける。


 「ヨハネ伝第14章1節を」

 「「“あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい”」」ふたりが同時にそらんじてみせた。

 「よろしい」


 アルフォンソがワインを傾け、ふぅっと息を吐く。


 「フリアン、もう12歳になるな。そろそろ神学校セミナリオに入る年だ」

 「はい、父のように立派な神父になってみせます」


 その答えに父が「うん」と満足げだ。


 「フランチェスカ、お前も立派なシスターになるよう、神学校に行くんだよ」

 「あたし、シスターになりたくない!」


 娘のその一言は周りをざわつかせた。


 「フランチェスカ……お前はいま、何を言ったかわかってるのか?」

 「だってなりたくないものはなりたくないもん!」

 「黙れ!」


 バンッとテーブルを叩く音が響く。がたりと音を立てて椅子から立ちあがる。聖フランシスコ・ザビエルの肖像画を背にして。


 「フランチェスカ、我がザビエル家は聖フランシスコ・ザビエルから綿々と続く聖職者の一族だ。お前はその意味をわかっているのか!」

 「なんでシスターにならないとダメなの!? ほかにやりたいことあるんだもん!」


 目から大粒の涙をこぼしながら抗議するが、それが聞き入れられようはずもない。

 「来い!」と泣きじゃくる娘の手を取って食堂を出る。フローレンティナの制止も聞かずにずんずんと廊下を進み、フランチェスカを部屋のなかへ入れるとたちまち錠が下ろされた。


 「だして! パパ、だしてよぉ!」


 小さな拳でどんどんと何度も叩く。

 「朝まで出すな」鍵をメイドに手渡す。部屋からは依然として扉を叩く音が響く。


 †††


 どのくらいの時間が経ったろう? 時計のない部屋ではわからない。まだそこまで経ってないのか、それともすでに1時間以上は経っているのか……?

 窓から月明かりが差すなか、フランチェスカはひとり、しゃくりあげながらドアの前に座る。


 「……あたし、こんなところイヤだよ……」パムパムをぎゅっと抱きしめる。


 「こんなとこでて、どこかとおくへ……」


 ふと見上げると窓が目にはいった。月光で窓枠の影が十字架のように伸びている。


 「ね、パムパム。ここからにげよ? パムパムといっしょなら、あたしこわくないよ」


 そう言うとすっくと立ち、窓のほうへ歩く。十分後、カーテンを裂いてロープ代わりにしてフランチェスカは窓から外へと飛び出した。



④に続く。

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