第14話 HEAVENS JUSTICE BOYS②

 

 「で? それであたしに用って?」


 カラオケボックスの個室にてフランチェスカがクリームの乗ったメロンソーダをちゅーっと吸う。

 彼女の前にはポテトチップス、チョコレートといったスナック菓子が献上品よろしく並んでいた。


 「実はシスターに折り入って話が……」とマッシュヘアー。

 「俺たち音楽をやりてぇんす!」単刀直入に言うパンクヘアーの隣でモヒカンがこくこくとうなずく。


 「あのさぁ、いきなりそんなこと言われても話が飲み込めないんですけど? こっちだってヒマじゃないんだし」

 「まあまあ、フランチェスカさん。話をきくだけでも……」彼女の隣で安藤がなだめる。



 放課後、いきなり教室にパンクヘアーの男が入ってきたかと思えば「安藤ってヤツはいるか?」と開口一番がそれだった。

 不良からカツアゲされると早とちりした安藤はもちろん逃げ出そうとした。だが、パンクヘアーが安藤の前で土下座したので、ひとまず話を聞くことにした。


 「あんた美少女シスターの彼氏なんだろ!? 頼む、彼女に会わせてくれ!」と懇願され、しかたなくフランチェスカをここカラオケボックスの個室に連れてきたのだ。


 別に彼女とは恋人って関係じゃないけど……。


 「だいいち、あんたたち自己紹介がまだでしょ? なんて呼べばいいのか、わからないと話にならないわよ」


 見習いシスターのもっともな言葉でマッシュヘアーとパンクヘアーが頭を下げる。


 「すんませんっ! 俺、ギターを担当してるジュリアンこと中浦っす! リーダーやってます!」とパンクヘアーが名乗った。

 「ジュリアン?」

 「そっす! 活動したり、ライブのときはその名前で名乗ってます。まぁ芸名みたいなもんすね」


 で、こっちが、と隣のマッシュヘアーの肩に手を置く。


 「キーボードやってるマルティノの原っす!」

 紹介された原が「よろしくです」とぺこりと頭を下げた。

 最後に大柄なモヒカンヘアがぽそぽそと図体に似合わないか細い声で喋る。


 「ドラム担当のマンショっすと言ってます。あ、ちなみにこいつの本名は伊東です」と原が代弁した。

 「自己紹介くらいハッキリしゃべんなさいよ!」とフランチェスカがイラつく。

 「でもこいつドラムの腕は確かなんすよ。それにサングラス取るとほら、つぶらな瞳してんすよ」ジュリアンこと中浦がサングラスを取ってみせる。

 「なに、そのベタな設定!?」

 「んで、俺たちのバンド名が『ヘブンズジャスティスボーイズ』!!」


 三人がそれぞれ決めポーズを取る。ぱちぱちとフランチェスカが拍手した。


 「うんうん、スゴいスゴい。スゴくいいとおもうよ?」と棒読み。

 「ふ、フランチェスカさん」

 「で、用ってのは? 音楽やりたいって言ってたけど、そんなのライブとかやればいいでしょ? 別にあたしを呼ぶ必要なくない?」


 とすんと足を組んで腕も交互に組む。聞く耳持たないのポーズだ。


 「そ、それはおっしゃる通りですが……実は」


 マッシュヘアーの原がこれまでのいきさつを説明する。


 「廃部になったいま、学校で俺たちが演奏できる場所がないんです……」

 「だから俺たちはもう神にすがるしかねぇんすよ!」と横からパンクヘアーのジュリアン。

 「それでお力や知恵でも貸していただければと……」とマルティノがマンショに代わって答える。


 はぁ……とフランチェスカが溜息をつく。


 「あきれた! そんなことであたしを呼ぶなんて! あいにくと、神さまもあたしもヒマじゃないのよ」


 すっくと立って「メロンソーダごちそーさま」と部屋を出ようとしたので、三人があわてて引き止める。


 「待ってください! まだ話は終わってないんす!」

 「パフェおごりますんで!」


 †††


 「しょーがないから少しだけ付き合ってあげるわよ。それにパフェで釣られるほど、あたしは安い女じゃないわよ」

 「いや、パフェ食いながら言わないでください」と横から安藤のツッコミ。

 「と、とりあえずはこれ聴いてください。俺たちの演奏を撮ったものです」


 マルティノがスマホを取り出す。そして動画を再生させる。

 音楽室らしき場所が映った。メンバーたちがそれぞれ楽器のセッティングをしているところだが、画面内には4人いる。ベースを手にした長髪の男だ。


 「やっと使わせてくれた音楽室で撮ったものなんです。曲はコピーですけど」とマルティノ。


 「いよぉーし! チューニング完了!」


 スマホの中でギターのジュリアンが叫ぶ。

 次にドラムのマンショがスティックでカウントを取ろうとした時だ。

 画面がいきなり揺れた。スマホが落ちたのだろう。


 「おい! スマホ落ちたぞ!」


 慌ててマルティノがスマホを置き直す。そのグダグダ感にフランチェスカがジト目で睨むのも無理はなかった。

 ここから! ここからなんす! とジュリアンが画面を見るよう促す。

 あらためてマンショがスティックでカウントを取り、「スリー!」のかけ声と同時にシンバルが叩かれ、マルティノが叩きつけるようにキーボードを弾き、ジュリアンが激しくコードをかき鳴らす。大音量で響くなか、ベースの男は冷静にテンポを一定に保ち、メロディを奏で、メンバーの音を支えるかのようにピックを動かす。

 荒削りだが、その力溢れる音はフランチェスカが思わず頭を上下に動かしてリズムを取るくらいだ。

 やがて曲が終わりに近づき、4つの楽器が同時にフィニッシュを決めた。

 フランチェスカが拍手する。今度はお世辞ではない。


 「スゴい! スゴいじゃない! まるでサチモスよ! なんで目立ってないのか理解出来ないほどよ」


 フランチェスカが興奮してまくしたて、三人が「「あざーっす!」」と頭を下げる。

 「でもこの動画にはメンバーが4人いるわね。ベースはどうしたの?」


 さっきまでの空気ががらりと変わった。


 「ベースは……千々石ちぢわは……」

 「よせ! ミゲルのことは言うな!」とジュリアンが止める。

 「ベースのミゲルは辞めたんす。今はこの三人だけなんす」

 「そう……でもこのレベルなら文句ないわよ。ええと、問題は演奏する場所がないのよね?」

 「はいっ! それもあるんすが、一度だけでいいんで、多くの観客の前で演奏してぇんす! 路上ライブじゃ少ないんで……」ジュリアンががばっと頭を上げる。

 「勝手なお願いだというのは承知してます。どうか力を貸していただけませんか? 卒業の前に、一度だけ演奏したいんです!」


 マルティノの隣でマンショが深く頭を下げる。

 フランチェスカがふーっと溜息をつく。


 「とは言ってもねぇ……あたしシスターといっても見習いだし……だいいち場所のアテなんて」


 「あ」と昨日の買い物帰りで見た成人式のポスターが頭に浮かんだ。


 そういえば、あのポスターって演目を募集してたわね。


 「ちょっと待っててね」と言うとおもむろにスマホを取り出して、少し操作してから電話をかける。

 二度目の呼び出し音で「はい」と出た。


 「初めまして。ミカエル教会のシスター、フランチェスカです。今度行われる成人式で演目を募集しているとポスターで知りましたが、まだ空きはありますでしょうか?」


 三人のメンバーと安藤の前でフランチェスカが担当者のやり取りを見守る。


 「はい、はい。ひとつだけ空いているんですね? わかりました。よろしくお願いします」


 フランチェスカが三人に向かってOKサインを出し、ハイタッチしたので「しーっ」と静かにするよう言った。


 「ああすみません。こっちの話でして……それで何でしょうか? え、演目の内容ですか? それは……」


 ちらりと三人を見る。すぅっと息を吸ってから話す。


 「聖歌隊による賛美歌の演奏です」



③に続く。

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