第10話 DATE OR ALIVE 後編

 教会の最寄り駅から電車で20分ほど揺られ、ホームに降りたつとそこは秋葉原だ。


 「聖地キター!」


 駅から出るなりフランチェスカがはしゃぐ。彼女にとってはエルサレムと同じくらい神聖なものだろう。

 フランチェスカが「はやくはやく!」と安藤の腕を引っぱる。

 駅前の広場に出るとロボットアニメをコンセプトにしたカフェとアイドルカフェが見える。

 フランチェスカがスマホを取り出すとおもむろにシャッターを切る。


 「うん! よく撮れてる! 永久保存と」


 反対側の電気街口を出ると、アキバといえばイメージするであろうラジオ会館に着いた。

 フランチェスカが目を輝かせて指さす。


 「これ! これよ! あたしの好きなアニメに出てたやつ!」


 そう言うなりビルの前に立つと、作中キャラのポーズを取り始めた。


 「アンジロー、撮って撮って!」


 はいはいと安藤が彼女のポーズ姿をスマホのカメラに収める。


 「あたしが思うに、あの作品ってTSモノとしては名作なのよね」

 「TS?」

 「タイムスリップのことよ。遅れてるわね」


 次に向かったのはやりたいことのひとつめ、タピオカドリンクだ。トナカイが目印のカフェに入ると、黒糖味がオススメだと店員に勧められたのでふたりとも同じものを買って外に出た。

 太いストローでフランチェスカがずぼぼっとタピオカを吸い込む。


 「んー美味しい!デリシオーソ! 黒糖の優しい甘味とマッチングしてるわね」

 「ホントっすね。ブームになるのもわかりますよ」


 ふたり並んで歩きながらタピオカを味わい、空になったときにはフィギュア販売で有名なビルに着いた。

 エレベーターで上がると古今東西のフィギュアが所狭しと並んでいた。美少女、ロボット、モンスターなどなど……。

 わああとフランチェスカが目を輝かせてショーウィンドウ越しに食い入るように見つめる。


 「魔法少女のだわ! やっぱりクオリティー高いわね」


 フィギュアに興味のない安藤は「そっすか」と空返事。


 「あたしもこういうフィギュアとして飾られる日が来るんじゃないかしら?」

 「……それこそ偶像崇拝すね」


 ふと視線を感じたので安藤が後ろを振り向くと、いかにもオタクな面々がこちらを見ていた。

 ハァハァと鼻息荒い者もいれば、スマホで写真に収めようとする不逞な輩もいた。


 「フランチェスカさん、さっさと退散しましょう……」

 「なんでよ? まだ見たいものあるんだけど」

 「いいから!」


  フランチェスカをなんとか引っぱって、ふたつめにやりたいことを終え、昼食を摂ろうとすると、肉やスパイスの良い匂いがふたりの鼻腔をくすぐった。

 見ればケバブサンドの屋台があった。肉がくるくると回転しながら炙られている。


 「こんにちは!メルハバ! ラッシャイラッシャイ!」


 ノリの良いトルコ人の店主に勧められるがままにケバブサンドを購入し、ぱくりと口に運ぶ。


 「「おいしー!」」と異口同音。


 トルコ人店主がウインクしてサムズアップする。

 ケバブサンドで腹を満たした後は安藤の提案で渋谷へ向かうことになった。


 「いまオススメの映画やってるんすよ。席押さえといたんで」電車内でスマホを操作しながら安藤が言う。

 「どんな映画なの?」隣に座るフランチェスカが安藤のスマホを見ようとする。

 ふわりと石鹸の良い香りがしたので安藤がどぎまぎする。


 「げ、劇場版のアニメっす……」

 「ふーん、面白いの? これ」

 「や、前評判が良さそうだったから……」

 「前評判が良くても本編がダメなのはいっぱいあるわよ」


 駅に着いてハチ公前広場を抜け、映画館にてチケットを発券して指定の席に腰を落とす。


 「さて、これまでに数え切れないほどアニメを見てきたあたしだけど、果たして鑑賞に耐えられるかしら?」


 映画は2時間ほどで終わった。エンドロールが流れ、監督の名前が出たところで照明がつく。


 「まあまあだったんじゃないかしら?」

 「ラストで大泣きしてたくせに……」


 映画館を出て、いよいよ最後にやりたいことのクレープを食するために駅へ向かおうとした時だ。


 「あ、待って。その前にコンビニ寄りましょ」


 数分後にフランチェスカはコンビニで購入したバスクのチーズケーキをイメージしたケーキを頬張っていた。


 「んー美味♡」

 「よく食べますねぇ……」

 「あら? 人はパンのみにて生きるにあらず(マタイ伝第4章4節)と聖書にも書かれてるわよ?」

 「それ絶対そんなつもりで言ったんじゃないと思うんすけど……」


 安藤もチーズケーキを頬張る。


 「ん、美味い!」

 「でしょ!」

 「そういえば、バスクってフランチェスカさんの生まれたところでしたっけ?」

 「そうよ。でもやっぱり本場のほうが美味いわね」

 「そんなに美味いんすか?」

 「もちろん! それこそ天にも昇るくらいにね」


 渋谷駅から原宿駅まではひとつ隣なのでさほど時間はかからない。


 「……すっごい人だかりねぇ。まるでバレンシアのラ・トマティーナトマト祭りみたい」


 駅から降りて竹下通りを初めて目の当たりにしたフランチェスカが呆然とする。


 「観光客とかが多いですからね。クレープ店は奥のほうですよ」 


 安藤が先に進んだのでフランチェスカが後を追う。

 やはり密集したなかを進むのは重労働だった。「すみません、すみません」とかきわけながら目的地目指して進む。


 「フランチェスカさん、大丈夫ですか?」

 「なんとか、ね。パンプローナの牛追い祭よりはいくらかましよ」


 海外からの観光客がどっと押し寄せてくる。体格が大きいのでまるで壁のようだ。


 「フランチェスカさん! 手を!」


 安藤がはぐれないよう、フランチェスカの手を握る。


 「しっかりつかまって!」

 「あ、う、うん……」


 思えば安藤と手を握ったのはこれが初めてだ。安藤自身は気づいていないだろうが、その力強い手で握られるのは悪い気はしない。むしろ安堵感さえあった。

 目的地のクレープ店には10分かけてようやくたどり着いた。

 イチゴとキウイとバナナ、それとたっぷりのクリームが入ったクレープをぱくりとかじる。


 「これでミッションコンプリートね!」


 もむもむと咀嚼するフランチェスカが満足そうにうなずく。


 「……そりゃ良かったっす」隣で安藤がぜぇぜぇと喘ぐ。


 「さて、これで今日やりたいことは全てやったし、帰りましょ」


 竹下通りを出て、駅に続く横断歩道を渡ろうとした時、通りの入り口近くで人混みが出来ていた。

 銀行の前で人だかりと警察官が無線で連絡を取っているのが見えた。緊迫した空気が漂っている。


 「下がって! 下がってください!」

 「――現在、現場で容疑者一名が人質を取って立て籠もっています」


 ――銀行強盗!


 見ると銀行内で目出し帽を被った男が女性行員の首筋に包丁を当てていた。

 刃が触れる度に悲鳴があがる。


 「うるせぇ! 静かにしろ!」


 そして外のほうへ首をめぐらすと一気にまくし立てた。


 「逃亡用の車を持ってこい! さもないとこの女の命はねぇぞ!」


 ひぃっとまた女性行員の悲痛な悲鳴。


 「た、大変すよ。フランチェスカさん……」


 安藤がそばのフランチェスカを見る。彼女はきっと銀行強盗を見据えていた。


 「――アンジロー、ちょっとここで待っててくれる?」そう言うなり、踵を返して走り出した。

 「フランチェスカさん!? どこ行くんすか!?」


 だが彼女はそれに答えず、近くのカフェへと入った。


 こんなときになに考えてんすか……!


 数分後、銀行強盗はしびれを切らしはじめていた。


 「遅ぇぞ! なにやってんだよ!? この女の命がどうなってもいいってのかよぉ!?」

 「時間がかかっているんだ! もうすぐで車が来るから……!」警官の一人が拡声器で答える。

 「うるせぇ! モタモタしてんじゃねーよ! お前もピーピーわめくな!」と人質に怒鳴る。

 「くっ……! このまま時間が過ぎては人質の命が危うい……だが、どうすれば」

 「私がかわりに人質になります」


 凜とした声に警官たちが振り向く。そこに立っていたのは修道服に身を包み、ヴェールを被ったフランチェスカだ。カフェのトイレで着替えたのだろう。

 突然のことに警察官も野次馬もざわめく。もちろん安藤も例外ではない。


 フランチェスカさん……!


 「し、しかし無関係のひとを巻き込むわけには……」

 「わたしは見習いシスターですが、聖職者のひとりとして、この惨状をほうってはおけません。それに、人質は限界が近づいています」


 見習いシスターの冷静な判断に警官の一人が「うむー」と唸る。


 「お願いします。早くしないとあの強盗がなにをしでかすかわかりません」ずいっと力強い目で見つめる。

 見つめられた警官がごくりと唾を飲んだ。


 「……わかりました。危ないときは助けを求めてください」


 フランチェスカがこくりとうなずく。そして強盗の下へと歩く。


 「今から人質交換をする! だからそのひとを解放してやってくれ!」

 「はぁ!? なに勝手なことを」


 自動ドアが開き、そこからフランチェスカが入ってきたので、強盗が刃先を彼女へと向ける。


 「く、来るな……! 近づいたら、この女の命は……!」

 「落ち着いてください。人質の交代に来ました」人質の女性に「大丈夫ですからね」と安心させる。

 「こ、交代だぁ?」

 「はい。ずっと人質を取って疲れてきたでしょう? 私は聖職者です。ですからおとなしくあなたに従います」そう言って手を組んで祈りを捧げる。


 ……こいつなに考えてやがる? だがいい加減この泣きわめく人質に飽きてきたところだ。


 「……いいだろう。こっちに来るんだ」


 人質を解放してフランチェスカにこちらへ来るよう手招きする。

 女性行員が「ありがとうございます!」と礼を言って銀行から出る。


 「よーし、良い子だ。おとなしく……」

 「主はこうおっしゃいました。“わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである”(マタイ伝第9章13節)」


 その後、警官たちと野次馬の目の前で信じられないことが起きた。

 銀行強盗が自動ドアのガラスを破って道路に転がり込んだのだ。


 「……な、あ?」


 なにが起きたかわからない強盗の前に警官たちが拳銃を構えたので、降参のポーズを取る。


 「容疑者確保しました!」


 銀行内ではフランチェスカが手を組んで「神よ、どうかあの罪人に憐れみを……」と十字を切り、「アーメン」と締めくくる。


 その日、シスターが銀行強盗を撃退したという投稿がSNS上でバズったという。


 「あー疲れた! でも楽しかったわ」

 「そりゃ何よりっす。でも最後はヒヤヒヤしましたけど……」


 夕暮れのなか、ふたりは教会へと並んで歩く。フランチェスカは着替えるのが面倒なのか、修道服のままだ。

 やがて教会が見えてきた。扉を開けようとすると鍵はかかったままだ。


 「よし。マザーは来てないようね」


 トートバッグから鍵を取り出して解錠する。


 「それじゃ、またね」

 「はい、あ、あのフランチェスカさん!」

 「ん? なに?」

 「今日楽しかったっす! よかったら、また遊びに行きましょう!」

 「……ん。そうね、また遊びに行きましょ」


 手を振って別れを告げ、安藤は駅へと歩く。初めてのデートが出来て顔をほころばせながら。


 一方、フランチェスカは扉に背中を預け、ふぅっと溜息をひとつ。


 また遊びに行きましょう!


 「~~ッッ!」


 安藤の言葉を思いだして顔を赤らめながら、嬉しさで両腕をぶんぶんと振る。


 数日後。


 「フランチェスカ、これはどういうことですか?」


 マザーが新聞を手にフランチェスカを問い詰める。記事には『お手柄! 美少女シスターが強盗撃退!』の見出しがでかでかと書かれている。おまけにフランチェスカが祈りを捧げる写真も掲載されていた。


 「あ、あの、それは成り行きでといいますか……」


 両手の人さし指をくるくるとこねるフランチェスカにマザーがふぅっと溜息をつく。


 「あなたは仮にも聖職者なのですよ? それを自覚しなさい」

 「は、はい」

 「罰を与えます。覚悟はいいですね?」

 「はい……どんな罰でも甘んじて受け入れます」


 フランチェスカがぎゅっと目を閉じる。脳天に来るであろう激痛に耐えようとして。

 だが、脳天に下されたのはぽこんという軽い衝撃であった。


 「……え?」

 「こんな危ないことはもう二度とするんじゃありませんよ。あなたになにかあったら大変なんですからね」


 仕事に戻りなさいとマザーがくるりと踵を返す。


 「…………はい!」


 見習いシスターが元気よく答える。



次話に続く。

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